おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

かごのとりこ、とりこのかご(前編)

 

 つぎのゆめで、あたしは、いきなり、いつわりのまじょのしろにはいっていきました。

 えへっ、すごいでしょ。

 どうやったかって?

 かんたんです。

 「きょうは、ゆめでいつわりのまじょのおうちにいく」

 そんなふうに、こころにちかってねたのです。

 ほんとに、それだけ。

 あたし、わかったんです。びょういんとか、よびだすまじょとか、ほんとはいらなかったんだって。

 これまで、あたしはいつわりのまじょをどこかでおそれていたのです。ちかづくのがこわかったから、わざととおざけていた。わざととおまわりしていたのです。なんとか、いつわりのまじょと、まっこうしょうぶしないでおこうと、さけていたのです。それでいながら、じぶんはいろいろがんばってるんだって、じぶんをなっとくさせようとしていたのです。

 でも、それはぜんぶにげることでした。じぶんをいつわることでした。だから、あたし、もうにげないってきめたんです。そして、こんや、ちょくせつ、じかに、もろに、いつわりのまじょのふところにとびこんでいったのです。

 

 「ああらぁ、まあぁ」

 あたしをみて、まじょはおどろいたこえをあげました。きょうは、きふじんモードのようで、いちだんとはなやかなむらさきのドレスをみにまとっていました。

 「よぉくこれたわねぇ、おちびさん」

 いつわりのまじょは、あたしがこどもなので、なめきっているようでした。

 「とりかごはどこ?」

 とにかく、たんとうちょくにゅうに、あたしはたずねました。もうまわりくどいことはぜーんぶやめです。あんまり、ズバリのしつもんをしたので、いつわりのまじょがいっしゅんめをしろくろさせたほどでした。

 「あっちよぉ」

 いつわりのまじょが、にしのほうをゆびさしたので、

 「ああ、こっちね」

 あたしは、ひがしのほうへむかいました。

 「それから、まえ、それともうしろ?」

 「もちろぉん、まぁえ、よぉ」

 あたしは、うしろにすすみました。するとそこにはのぼるかいだんと、くだるかいだんがありました。

 「これは、のぼるの? それとも、くだるの?」

 「とうぜぇん、のぼるのよぉ」

 あたしは、ためらいなく、かいだんをくだりました。くだってくだって、はてしなくつづくかいだんをおりていきました。

 そして、みつけたのです。

 「さがしてもむだよぉ。あんたのぉさがしてるひとはぁもうすてたんだからぁ」

 あわてておいかけてきたまじょが、こえをかけてきました。それはよかったと、あたしはむねをなでおろしました。いつわりのまじょが、すてたっていうからには、まだここにいるっていうことになるからです。

 さいしょのきんいろのとりかごのなかには、うつくしいおうじさまがうつろなめですわっていました。まるで、しんでしまったひとのようでした。でも、いつわりのまじょがすがたをあらわずと、めをキラリンコンとかがやかせてたちあがり、

 「おお、わがいとしのセニョリータ!」

 と、こえをあげました。セニョリータっていったって、おばさんだよとあたしはおもいました。だって、きょうはきふじんモードだったからです。でも、ふりかえってみてびっくり。そこには、わかいむすめモードのいつわりのまじょがいたからです。かわりみのじゅつです。さすがだといわざるをえませんでした。

 「おやまあ、おうじさま。おげんきでしたか」

 いいえ、あなたにあえないあいだ、わたしはうつろで、くうきょで、からっぽで、しんだもどうぜんでした。でも、こうして、またおあいできて、てんにものぼるこころもちです」

 おうじさまは、とりかごからてをさしのべました。まじょは、そのてをはっしとにぎって、おうじさまのめをみつめました。

 「それにしても、おそうございますわね」

 「なんのことでしょうか?」

 「ほら、あれですわ。あなたとのけっこんにそなえて、あたしドレスをしんちょうしたともうしあげたでしょう?」

 「ああ、そうだった」

 おうじは、「けっこん」ということばに、ぴくりとはんのうしました。

 「そうだったね。そのドレスにふさわしいほうせきを、わたしのくにからありったけはこばせる、そういうやくそくだったね」

 「そうですとも。でも、どうしたのかしら。もうみっかもまっているっていうのに」

 「ああ、うつくしいひめよ。どうかきにやまないでおくれ」

 おうじさまは、きづかうかおになりました。ほんきで、このまじょのことをしんぱいしているようなのでした。

 「はやがけのうまでも、このおしろまではよっかかかるのです。だから、あすにはとどくことはまちがいありません」

 「まあ、ひどい」

 いつわりでむすめになっているまじょは、ほおにりょうてをあてて、おおげさにかなしむそぶりをみせました。

 「え」

 なんのことかわからず、おうじはとまどいました。

 「どういうことでしょうか、ひめぎみ。わたしはいま、なにかまちがったことでももうしましたか」

 「あなたのあいは、そのていどのものだったのですね。わたくしかなしゅうございます」

 「どういうことでしょう」

むすめをえんじるまじょは、ここぞとばかりおうじをせめました。

 「だってそうでしょう。あたしをよっかもまたせて、あなたはへいきだっておっしゃるんですもの。つまり、あなたとあたしのあいじょうには、へだたりがある。よっかぶんもきょりがあいたままなんだってことでしょう?」

 まったくわけのわからないへりくつです。いや、へりくつですらないようにあたしにはおもえました。でも、いつわりのこいのとりこになっているおうじさまには、むすめの、ひつうなかおやみぶりだけでじゅうぶんにこたえるようなのでした。

 「ああ、すまない、いとしいひめよ。わたしはなんという、こころないことをいってしまったのだろう。たしかにそうだ。あなたにあげるといったいじょう、そくざにそれは、あなたのてにわたらねばならなかったのだ。それなのに、どういうことだ。わたしときたら、わたしのくにがとおいからしかたがないなんて」

 いえ、おうじさま、それはとうぜんのことなんですよ、ってあたしいってあげたかった。そもそも、このひとに、そんなたいせつなものをあげることじたいがまちがってるんですけどね、って。でも、おうじさまは、とてもそんなこころのよゆうがあるようにはみえませんでした。

 「どうしたらいいのだろう。わたしはなんとむのうなのだろう。ひめをこんなにかなしませてしまうなんて」

 おうじさまは、じぶんのかみのけをかきむしってなげきました。

 「もういいのよ、おうじさま」

 ふいにやさしいこえになったむすめが、なみだをふきながらいいました。なみだっていったって、もちろんいつわりのなみだです。

 「あなたのおきもちは、しっかりとどきました。まだ、あなたとあたしはしっかりつながってるって、いまかくにんできました。だからだいじょうぶ。もういちにちまちましょう。あなたのくにの、はやがけちゅうの、はやがけのめいばが、あなたのくにの、ありとあるほうせきをもってかけつけるのを、ゆびおりかぞえてまちましょう」

 「おお、なんとこころやさしきひめ」

 どこが? ってあたしとしてはききたかったけど、おうじさまはもうそういうモードにかんぜんにとらわれていて、ぎもんのよちはどこにもないようなのでした。

 「だから、わたしはあなたにむちゅうなのだ。ねてもさめても、あなたのことしかもう・・・」

 「ごめんあそばせ、おうじさま」

 きょうみをうしなったあたしが、となりのかごをみにいったのにきがついて、まじょはとりつくろったえがおを、おうじにむけました。

 「またおめにかかりましょう。わたくし、そろそろおけしょうをなおしにまいりませんと。いつだって、おうじさまにさいこうのわたしをおみせしたいものですから」

 「ああ、そうか、いいともいいとも。そして、ありがとう、おんにきるよ、わがいとしのひめよ」

 おうじは、なみだをながし、こみあげるかなしみやせつなさをぐっとこらえ、むりにほほえみながら、てををふりました。

 

 「じゃあねえ、いとしいおかたぁ」

 おうじのすがたがみえなくなるまで、むすめはえがおでてをふっていましたが、すがたがみえなくなったとたん、

 「ちっ」

 と、にがむしをかみつぶしたようなかおでぐちりました。

 「つかえねえなあ、まったく。これで、とどいたほうせきが、ちんけなもんだったりしたひにゃあ、そくざにポイだな、ありゃあ」

 なんという、きたないことばづかいでしょう。かりにも、ひめとよばれるひとがくちにするせりふとはおもえませんでした。

 あたしが、あきれてなにかいおうとしたときでした。

 「おお、うるわしのわがマドンナよ」

 しゃがれたこえがひびきました。ほうせきをちりばめたとりかごにはいっている、おうさまのかっこうをしたろうじんでした。ほんとうは、それほどとしをとってもいないのかもしれませんが、しんろうとくのうで、ずいぶんとふけこんでいるというかんじでした。

 「ああらぁ、おひさしぶりぃですわねえ」

 おほほほほ、とわらったのは、さっきまでのむすめではなく、きふじんのほうでした。みごとにとりつくろって、ことばづかいまできちんとかえているのでした。

 「ほんっとうに、やくしゃね」

 あたしは、かわりみのはやさにだつぼうでした。いつわりのまじょ、というかんばんにいつわりはないということでしょうか。

 「あらぁん、なんのことかしらねえぇ、おちびさぁん」

 しらばっくれて、きふじんはくじゃくのせんすで、ぱたぱたとじぶんをあおぐのでした。

 「いったいどうしたというのだ。をこんなにながいあいだ、ほうっておくなんて。かしんのひとりであったなら、をいちびょうまたせただけでそくざにくびをはね、おおおくのおんなであったなら、をごびょうまたせただけできりすてているものを。そなたときたら、をいっしゅうかんもまたせたのだぞ」

 「それはそれはぁさぞさぞぉ、おしあわせでしたことでしょう」

 きふじんは、まったくどうじることなく、そんななぞめいたことばをかえすのでした。

 「なんだと、どういうことだ。かしんであれば、がいかればどげざしてゆるしをこい、おおおくのおんなであれば、ゆかにふしてなきくずれようものを。そなたは、なぜそのようなよゆうのえみでをみることができるのじゃ」

 「あたりまえですわぁ、おうさまぁん。あたしとぉあなたはぁあいしあっているのでしょうぅ」

 「それはそうだ」

 「しかもぉん、それはぁ、しんじつのぉあいですわよねぇん」

 「うむ」

 「だとしたらぁん、おしあわせではぁん、ないですかぁん」

 「ん?」

 おうさまにはちんぷんかんぷんなようでした。もちろん、あたしもかんぷんちんぷんでした。

 「だってぇん、あえないじかんがながければながいほどぉ、おたがいにあいてのことをよりつよくおもうことができるではありませんかぁ。あいをかくにんしぃ、たしかめぇ、それがほうせきのようにぃたしかなものとしてぇ、そこにあることをぉなっとくできる。そうではありませんかぁ? あたくしぃ、このいっしゅうかぁん、かたときもぉおうさまのぉことをおもわないときはなくぅ、じぶんのぉあいのつよさぁ、ふかさぁ、おおきさをぉ、つよくつよくぅじっかんしましてよぉん。おうさまだってぇ、そうですわよねぇ?」

 「それは」

 「ほらぁ、そのようにぃ、おやつれになってぇ。それこそぉ、わたたしへのぉあいのぉしるし。わたくしぃとてもぉうれしゅうございますわぁん」

 「そうか」

 おうさまのかおが、ほころびました。しろいくちひげのはえたかおがほほえみでゆるみました。

 「そういうことだったのか」

 どういうことだったのでしょう。あたしにはよくわかりませんでしたが、おうさまにはなにかきづくところがあったようでした。あるいは、きづいたようなきにされただけなのかもしれませんが。

 「で、まだですのぉ」

 たんとうちょくにゅうに、きふじんはおうさまにといかけました。

 「え、なんのことだ?」

 さいしょ、わけがわからぬふうであったおうさまでしたが、

 「ああ、あれか、あれのことか」

 とすぐになっとくしたようでした。

 「あれなら、いまにじゅっとうのぞうにはこばせておるところじゃ」

 「まあ、ぞうですってぇ?」

 きふじんは、とんでもないというふうにおどろきのこえをあげました。

 「だってしかたがないじゃろう。わがくにがほこる、ごくじょうのわかがえりのみずをみたしたすいそうだぞ。あれをはこべるどうぶつは、ほかにはおらぬではないか」

 「でもぉ、ぞうはおそいわぁ。まるでかめみたいにぃ」

 「いや、かめよりははやかろう。ただ、にもつがおもいだけに、ほかのどうぶつでは、はこぶことができぬのだよ。そして、どんなにむちをくれてやったところで、ぞうはぞうだ。うまや、おおかみのようにはしることはできぬ。それは、どうりというものだろうが」

 もっともです。そもそも、こんなおんなに、きちょうなわかがえりのみずをあげるひつようなんてないのですし。

 「まあぁん、ひどいぃ」

 きふじんは、あたまがくらくらしてよろめきました。いえ、もちろんいつわりのよろめきです。えんぎにきまっています。

 「おお、どうなされた。わがマドンナよ」

 とりかごのさくをつかんで、おうさまが、こえをあげました。

 「だれかおらぬか。わがマドンナが、わがマドンナが」

 とはいえ、ここはおしろではありませんから、あわててかけつけるかしんのひとりもいないのでした。

(第16回 了)

 

* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

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■ 遠藤徹さんの本 ■

贄の王 姉飼 角川ホラー文庫

 

 

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