高嶋秋穂さんの詩誌時評『歌誌』『No.032 角川短歌 2016年09月号』をアップしましたぁ。柏崎驍二(かしわざき ぎょうじ)さんの追悼特集を取り上げておられます。昭和十六年(一九四一年)岩手県生まれで平成二十八年(二〇一六年)に七十四歳でお亡くなりになられた歌人です。いわゆる生活短歌と呼ばれるような歌風ですが、そのレベルは高いですねぇ。

 

清潔に生きむ希(ねが)ひの日々なれど顧みるとき頑(かたくな)に似る

継続は力なれどもよき歌は継続のみに生まるるならず

日の当たる枯草に一羽ゐる鳥の目立たぬ歌をわれは作らう

吹雪くなか来る人はみな頭垂れ、春の蕨(わらび)のごとく頭垂れ

流されて家なき人も弔ひに来りて旧の住所を書けり

沖さ出(で)でながれでつたべ、海山のごとはしかだね、むがすもいまも

 

後半の三首は東日本大震災以降に書かれた作品です。高嶋さんはこの三首について、『柏崎さんのような作家がいたことは日本文学にとって幸いなことです。震災と福島原発事故の悲惨は誰もが知っています。多くの文学者が激しい衝撃を受けて作品を作りました。その行為が〝善意〟であることをわたしたちは疑いません。(中略)しかし作家に(中略)自己顕示欲がなかったのかはどこかの時点で問われなければならないでしょうね。(中略)天災に意味などないのです。それは人間的には絶望的虚無かもしれませんがいくらその底を覗いても何も現れて来ない。柏崎さんはその虚無の後にポツンと現れる光を歌っておられる。悲惨を体験した人々を歌っていますが柏崎さんの歌は意外に華やかです』と批評しておられます。

 

フルートを吹き終へしとき少年はややにはなやぐ瞳をあげぬ

おほかたは寂しき人の生ならば寂しさよときに勁(つよ)くかがやけ

眠るときは愉しきことを思ふべしねこじやらしの中を歩く猫など

よきことを思ひて生きむ痛み負ふ地のうへに死ぬいのちなれども

廃止線と今日決まりたる久慈線のむかうに秋の海もりあがる

点滴のスタンドをマストのやうに立てわが影すすむ夜ふけの廊下

この世より滅びてゆかむ蜩(かなかな)が最後の〈かな〉を鳴くときあらむ

山鳩はすがたの見えてわがまへに啼くなれど声はとほく聞ゆる

 

最後の三首は病中詠です。寂しさの中に華やかさを秘めた歌です。また最後までマストを立て、大きく風を受けて進んだ人だということがわかります。じっくりお楽しみください。

 

 

高嶋秋穂 詩誌時評『歌誌』『No.032 角川短歌 2016年09月号』 ■

 

 

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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■