金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』、『日本近代文学の言語像Ⅲ 森鷗外論-日本文学の原像』といっしょに三冊同時刊行されます。(文・石川良策)

by 鶴山裕司

 

 

 

Ⅲ 英文学研究と文学のヴィジョン-『文学論』『文学評論』(上編)

 

 

 作家以前の漱石の仕事で最も重要な位置を占めるのは、『文学論』(明治四十年[一九〇七年])である。『文学論』の「序」に「余はこ()(おい)て根本的に文学とは如何(いか)なるものぞと()へる問題を解釈せんと決心したり」、「漢学に所謂(いわゆる)文学と英語に所謂文学とは到底(とうてい)同定義の(もと)に一括し()べからざる異種類のものたらざる()からず」とあるように、それは文学の本質を明らかにし、日本文学(東洋文学)とヨーロッパ文学の質的同一性と差異を明らかにするための仕事だった。漱石は英文学研究で、原則として創作者としての意識を排除している。

 

 ただ手紙などで漱石は、若い頃から創作者として立ちたいという希望を友人たちに洩らしていた。英文学研究に没頭している間も、漠然とであれ将来の創作活動を考えていただろう。『文学論』でそれがほとんど感じられないのは、ヨーロッパ文学の根本理解が、創作以前に解決しておかなければならない喫緊の課題だったからである。またそれは理論と創作の間には乖離があることを示している。理論が得られたとしても、創作を行うには思い切った飛躍が必要である。

 

 明治十年代の終わりには言文一致体の試行が始まり、二十年代になると森鷗外と坪内逍遙(しょうよう)の「没理(ぼつり)論争」が起こった。鷗外は文学には理想が不可欠だと考えたが、逍遙はエミール・ゾラの自然主義小説のように、文学は醜くてもありのままの人間を描けばよい、理想は不要だ(没理想)と主張した。明治三十年代には自然主義はもちろん、写実主義や浪漫主義といったヨーロッパ文学の影響を受けた作品が数多く書かれた。しかし漱石は同時代の文学動向にほとんど何の関心も示していない。特定の作家や作品、イズムを模倣移入しても、ヨーロッパ文学の本質を理解しなければ明治の新たな文学は生み出せないという確信があったのである。

 

 この確信が、漱石の作家デビューを遅らせた大きな要因の一つである。後年の爆発的創作から言って、創作活動を棚上げした漱石は大きなフラストレーションを抱えていたはずである。しかし漱石は一方で大変見通しのよい作家でもあった。ヨーロッパ文学の部分的移入ではなくその本質理解に取り組む方が、遠回りのようで近道だという判断がそうである。作家としては親友の正岡子規はもちろん、同い年の幸田露伴や尾崎紅葉にも遅れを取っているという焦りはあったろう。だが漱石は、どこかで同時代の文学状況を過渡期だと認識していた節がある。明治二、三十年代は混乱期であり、文学界全体の動向としても、自らの理論的探究においても、それが落ち着くまで創作は後回しにしてもよいということである。

 

 (およ)そ文学的内容の形式は(F+f)なることを要す。Fは焦点的印象(また)は観念を意味し、fはこれに附着する情緒を意味す。(中略)吾人(ごじん)が日常経験する印象及び観念はこれを大別して三種となすべし。

 (一)Fありてfなき場合(すなわ)ち知的要素を存し情的要素を欠くもの、例えば吾人が有する三角形の観念の(ごと)く、それに伴ふ情緒さらにあることなきもの。

 (二)Fに伴ふてfを生ずる場合、例えば花、星等の観念に()けるが如きもの。

 (三)fのみ存在して、それに相応すべきFを認め得ざる場合、所謂(いわゆる) ”fear of everything and fear of nothing” (怖れるゆえなく、すべてを怖れる)の如きもの。即ち何等の理由なく感ずる恐怖など、みなこれに属すべきものなり。(中略)

 以上三種のうち、文学的内容たり得べきは(二)にして、即ち(F+f)の形式を備ふるものとす。

(『文学論』明治四十年[一九〇七年]五月刊、三十六年[〇三年]九月~三十八年[〇五年]六月の帝国大学での講義録)

 

 『文学論』冒頭で、漱石は「文学的内容」は「F」要素と「f」要素の複合体だと定義している。「F」は「焦点的印象または観念」で「f」は「それに付随する情緒」である。恐らくFocusとfeelingの頭文字だろう(『文学論』にはなんの頭文字なのか書かれていない)。漱石は「文学的内容」、すなわち文学作品としての要件を満たすのはFに伴ってfを生じている場合だけだと論じている。

 

 基礎概念を設定して文学を分析しているという点で、『文学論』には現代の記号論や構造主義を先取りした面がある。二十世紀初頭という時代を考慮すれば、漱石理論の先見性は高く評価されてよい。ただ「F=焦点的印象または観念」と「f=それに付随する情緒」は、漱石以前も以後も誰も使用したことのない概念である。漱石はこの概念をどこから思いついたのだろうか。

 

 さきに余はFを焦点的印象(もし)くは観念なりと説きしが、こ()に焦点的なる語につき更に数言を重ぬるの必要あるを認む。(しか)して(この)説明は(さかのぼ)りて意識なる語より出立せざるべからず。(中略)意識の説明は「意識の波」を以て始むるを至便なりとす。(後略)

 意識の時々刻々は一個の波形にして(これ)を図にあらはせば左の(ごと)し。かくの如く波形の頂点即ち焦点は意識の最も明確なる部分にして、(その)部分は前後に所謂(いわゆる)識末なる部分を具有するものなり。(後略)

 

 

 上述の解剖的波形説より推論して此法則の応用範囲を拡大するときには(中略)半日にも(また)如此(かくのごとく)Fあり、一日にも亦(しか)り、更にこれを以て()せば一年十年に渡るFもあり得べく、時に終生一個のFを中心とすることも少なからざるべし。一個人を(たて)に通じてFある如く一世一代にも同様一個のFあること亦自明の事実にして、か()る広義に(おい)てFを分類すれば、

 (一)一刻の意識に()けるF、

 (二)個人的一世の一時期に於けるF、

 (三)社会進化の一時期に於けるF、

となり得べきなり。

(『文学論』)

 

 漱石がF+f理論を人間の意識を図形化したモデルから、つまり心理学から得ていることがわかる。十九世紀末にフロイトが始めた精神分析学は、すぐに文学の世界にも影響を及ぼすようになった。漱石の同時代ではウイリアム・ジェイムズが唱えた「意識の流れ」が有名である。絶えず変化する人間の意識を作品でありのままに表現する文学手法で、ジェイムズ・ジョイスらに多大な影響を与えた。漱石は『文学論』で当時最新の心理学を援用したわけだ。『文学論』「序」に「余は下宿に立て籠りたり。一切の文学書をruby>行李(こうり))の底に収めたり。文学書を読んで文学の如何(いか)なるものなるかを知らんとするは血を以て血を洗ふが(ごと)き手段たるを信じたればなり」とあるように、既存の理論を使わずに文学を文学以外の概念で客観的に分析しようとしたのである。

 

 また「一刻の意識におけるF」、「個人的一世の一時期におけるF」、「社会進化の一時期におけるF」は、漱石がF+f理論を作家論や文学史論にも適用できると考えていたことを示している。作家に習作期と全盛期があるように、各時代のイズム(文学潮流)にも盛衰がある。しかし個々の文学作品をF+f理論で完全分析するのは難しい。

 

 

 【図1】は漱石の『文学論』の図を元に、「人間の意識の構造」と、新たに「文学作品の構造」を図化したものである。識域の中で最も意識が集中したポイントが焦点(F)となり、その前後に識末(f)が生じる構造は同じである。しかし文学作品では作家の意識が焦点を結ぶ際に、その「言語化」が介在するという決定的な違いがある。単に作家が描きたい出来事などが焦点(漱石はFは「全て具体的のもの」を指すと定義している)となるわけではない。文体などを含む新たな言語表現が焦点を形作ることもある。

 

 つまり文学作品では、作家は作為的に意識を言語化することで作品を生み出す。茫漠としてとりとめのない意識が作家の選んだ言語に翻訳・記述されるという意味で、叙述の濃淡はあるにせよ、漱石の分類法に即せば文学作品はすべて焦点(F)である。たとえ読者が作品中の風景描写などを無意味だと感じても、それらは作家によって計算され配置されている場合がほとんどである。確かにいわゆる〝作品の無意識〟と呼ばれるものはある。しかしそれは作家が作り出した緻密な言語構造体から生じるものであり、焦点(F)に付随する情緒(f)ではない。

 

 漱石は『文学論』「第一編 文学的内容の分類」で、まず作品を「感覚」、「人事」、「超自然」、「知識」の四タイプに分類し、「第二編 文学的内容の数量的変化」で作品におけるF、f要素の増減を論じている。しかし作品を分析すればするほどF、f要素の関係は曖昧になってゆく。ついには文学であることの必須要件であるはずのF+f複合体を、「(一)F+fとなつて現はる()場合、(二)作者はfを()ひ現はし、Fは読者により補足せらる()場合、(三)作者Fを担当し、fは読者に()いて引き受くる場合」の三種類があると修正している。

 

 作家だけでなく読者も作品のF、f要素を捕捉・指摘できるのは、作品が読者にとってはもちろん作家にとっても客体的存在だからである。なるほど作家は作品を作るが、言語化(文学作品化)以降はそれはある言語共同体の共有物となる。作家の名前は冠せられても作品は作家自身にとっても客体的言語構造物なのだ。そのため読解に際しては、読者ごとに何を作品の焦点(F)とするのか、何を周辺的情緒(f)と捕捉するのかに違いが生じる。作家による自作読解が読者より優先されるとは限らない。客体的に存在する文学作品の読解は原則として自由である。その読解はすべての人に開かれてある。

 

 F+f理論が混乱していったのは、漱石が作家による意識の言語化=焦点化(F)そのものである文学作品を、焦点(F)と情緒(f)、つまり中心と周縁に分類できると考えたためである。しかしそれは不可能でありF、f要素の区分は漱石の主観に大きく左右されるようになってしまった。それが晩年に「私の(あら)はした文学論はその記念といふよりも(むし)ろ失敗の亡骸(なきがら)です。(中略)立派に建設されないうちに地震で倒された未完成の市街の廢墟(はいきょ)のやうなものです」(『私の個人主義』大正三年[一九一四年])と述べ、理論的な不備を認めることになった理由である。

 

 もちろん漱石と同様に、原理論的文学論では作品をその構成要素に分解して論じる。形式と内容が最も素朴な分類法だが、そのほかにも主観と客観など様々な分類項目を立てることができる。厳密に考えてゆけばソシュール言語学のシニフィエとシニフィアンにまで行き着くだろう。しかし元素的要素にまで分解しても言語や作品の本質は把握できない。言語はもちろん作品も関係性によって成立しているからである。作品は言語的諸要素の関係性総体であり、一つの有機的構造物である。F+f公式は関係性理論としては有効である。だが作品をF、f要素で完全に分解・整理できるわけではない。

 

 ただ文学を総体的に認識把握しようとする漱石の思考は一貫している。『文学論』でのF、f要素による方法は不完全なまま放棄されたが、その姿勢は個々の文学作品読解でも貫かれている。(中編に続く)

漱石自筆英詩稿

鶴山裕司

 

 

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* 『夏目漱石論-現代文学の創出』(日本近代文学の言語像Ⅱ)は毎月15日と月末に掲載されます。

 

 

 

 

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