おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

ひるやすみ(前編)

 

 そのひ、おひるやすみに、あたしはポケットのなかにずっとたいせつにしまっていたみどりのいしをがっこうのすいそうにいれてみました。

 

 がっこうのとしょかんのまえに、いくつもすいそうがならべてあります。そこには、せいとたちがなつやすみのがくしゅうでつかまえてきたいろんないきものがはいっています。

 アマガエルがいるすいそうには、みずがはってあって、そこにクサガメもゆるゆるあるいています。アマガエルはあまりみずにはいらず、いつもすいそうのガラスにへばりついて、こっちをみています。おもしろいことに、えさやりはたいへんなのだそうです。カエルはいきたむししかたべないからです。だから、りかのせんせいが、まいにちかわべりまででかけていって、かばしらをあみで「えいっ」っていっきにつかまえてくるのだそうです。かばしらは、のなかまだけど、ひとをさすことはないそうです。それをすいそうにいれてあげると、アマガエルはじぶんでちゃんとつかまえてたべるのだそうです。

 ほかにも、カニのいるすいそうや、カブトムシやクワガタムシがはいったすいそうもあります。カニはベンケイガニとアカテガニです。カブトムシやクワガタのほうは、こうびをさせてたまごをうませて、はんしょくさせるのだそうです。だから、すいそうのはんぶんいじょうはつちがはいっています。うまくすると、そこでようちゅうがうまれてそだち、さなぎになるまでがかんさつできるのだそうです。

 でも、あたしがいちばんすきなのは、ごねんせいのひとが、やまおくのかわでつかまえてきたかわざかなのすいそうでした。かぞくでキャンプにいったときに、つったのだそうです。ヤマメと、イワナです。どちらも、じみですが、きれいなさかなです。たべるとおいしいそうですが、あたしはたべたいとはおもいません。

 「おまえも、たまにはさかなにもどりたいでしょ」

 もちろん、そのいしはリスにもなるのですが、さいしょはさかなだったのです。だから、あたしは、ひるやすみ、だれもみていないときにそっとそのいしをすいそうにいれてあげました。するとどうでしょう。いしはきえました。いいえ、さかなになったのです。だって、いち、にい、さん、よん、ご、ほらさっきまではよんひきしかいなかったさかなが、いまはごひきになっているではないですか。どれが、いしのさかななのかははっきりとはわかりませんでした。でも、いちばんみどりいろがこいのがそれだわ、そうにちがいないって、あたし、かってにきめました。

 「たまには、そこでくつろいでね」

 あたしは、しばらくじっとみていましたが、いったいどれがもとはあのいしだったのか、みればみるほどわからなくなるのでした。

 「もうもどってこないかもね」

 あたしは、ちょっぴりさみしいきがしました。でもしかたがありません。あのいしには、いちどたすけてもらったおんもありますから。こうていからは、みんながあそぶこえがきこえてきます。あたしもそとであそぼうかなって、いっしゅんおもいましたが、ふと、のまえのとしょしつがになりました。

 「そういえば、ほんもののとしょしつには、このごろきてなかったわ」

 あたしは、ゆめのなかではずいぶんととしょしつにいったわけですが、げんじつのがっこうでは、あそぶのにいそがしくて、なかなかとしょしつにいくことがなかったのです。でも、きょうはなんとなく、はいってみたいきがしました。

 「なにかいっさつ、ほんでもかりよう」

 そうおもって、あたしはガラガラっととしょしつのドアをあけました。でも、

 「あら、いらっしゃい」

 といつもえがおでこえをかけてくれるししょのせんせいはいませんでした。それに、なんだか、としょしつのようすがちがいます。あたしのしっているがっこうのとしょしつではないようでした。

 「あれ、ここは」

 そうなのです。そこは、あのゆめのなかのとしょかんでした。だって、やたらにひろいし、やたらにほんがたくさんあるのです。あたしがしっているがっこうのとしょかんには、こんなにほんはありませんでした。らせんかいだんだってないし、みあげるかぎりほんのかいがつらなっているなんてこともないし、てんじょうにおおきなめだまがあって、としょかんのぜんたいをみわたしてるなんてこともないのです。

 「どういうことかしら?」

 あたしには、じじょうがりかいできませんでした。だって、あたしはいまねむってなんかいないのです。がっこうにいて、さっきまでよじかんめのじゅぎょうをうけていたのです。さんじかんめとよじかんめは、ずがこうさくのじかんでした。あたしのいちばんすきなじゅぎょうです。きょうは、このまえ「あきみつけ」でひろったどんぐりでにんぎょうや、こまをつくりました。あたしは、もうひとつペンダントもつくって、くびにさげました。それはたしかに、いまもあたしのくびにかかっています。

 「どうかんがえたって、これはゆめのなかじゃない。だって、ここはがっっこうだし、あたしのくびにはさっきつくったどんぐりのペンダントがあるもの」

 はいているのは、がっこうのうわばきだし、きているのは、けさじぶんでえらんだしろいセーターとあかいスカートでした。そうです、さっきたべたきゅうしょくのことだっておぼえています。きょうはスパゲッティミートソースでした。ソースがちょっととんでしまって、しろいセーターにしみがつきました。あわてて、ぬらしたタオルでふきましたが、ほらやっぱり、いまでもおなかのところに、うっすらとトマトソースのいろがのこっています。

 「じゃあ、これはいったいどういうことなの」

 もうすぐごじかんめがはじまるはずです。だから、としょかんのほんをゆっくりみているひまなんてないのです。

 でも、しんかんしょコーナーにおかれているほんをみて、あたしはびっくりしました。だって、『まじょにまさるに、まじょにまさるものなし』なんてへんてこなほんがわざわざこっちにむけてたてかけてあったからです。

 「どういうことかしら」

 だって、まるであたしのこころをみすかしているかのようではありませんか。

 「なにかへんだわ」

 あたしは、それでもそのほんをてにとりました。ひょうしには、ちいさなえがたくさんえがかれています。どうぶつえんやら、かわやら、きりかぶのひろばやら、このとしょかんそのもののないぶや、とげとげひめや、べたべたおうじや、やみのまじょや、よびだすまじょや、いつわりのまじょ! あたし、おもわずこえをあげていました。

 「あれれれれれえ」

 だって、そこには、リレーでぬかれているあたし、コンクリートブロックをじょうきゅうせいにふりおろしているおにいちゃん、おにいちゃんにみそしるをかけているおかあさん、ピンクのカーディガンをごしごしあらってるあたし、それに、ナイフをもっているあたしや、かなづちをもっているあたしまでがちいさなモザイクもようのなかにえがかれていたからです。

 「どういうこと?」

 これではまるで、あたしのためのほんのようではありませんか。いったいだれが、こんなほんをよういしたというのでしょう。

 「そうだとしても」

 あたしはけついしていました。

 「よむしかないわ」

 そうです。ここでこのほんからにげて、としょかんからにげても、なにもかえられないのです。あたしには、このほんをよむいがいにまえにすすむほうほうはないのです。

 あたしは、ほんをひらきました。

 

 そして、

 あたしは、

 まじょになりました。

 このほんは、まじょになるためのしゅぎょうのほんだったのです。

 

 

 どうぶつえんで、あたしはそのどうぶつをてなづけることにせいこうしました。たっぷりとごちそうをあたえてあげたのです。

 ごちそうっていうのは、あたしのゆめです。あたしにとっては、いらないゆめで、そのどうぶつにとっては、たいそうなごちそうなゆめです。つまり、あたしがナイフをもっているゆめと、あたしがかなづちをもっているゆめをたべさせたのでした。おかげで、そのどうぶつはまんぞくし、あたしはこわいゆめからじゆうになることができました。

 つよくなるためには、じぶんをしばるものからじゆうにならねばならないのだとあたしはきづきました。

(第14回 了)

 

* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

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■ 遠藤徹さんの本 ■

贄の王 姉飼 角川ホラー文庫

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■