佐藤知恵子さんの文芸誌時評『大衆文芸誌』『No.107 オール讀物 2016年08月号』をアップしましたぁ。重松清さんの『残照』を取り上げておられます。イジメを扱った小説で有名です。まー編集者的にといふか、ビジネス的に言うか、イジメがテーマの小説は当たるとおっきいんだなぁ。教育的内容ですから、お受験問題に頻繁に取り上げられる。するとお受験する生徒さんと親御さんが読むんだなぁ。それが売り上げにつながるんです。

 

そんなことでと思われるかもしれませんが、小説の売り上げはホントに下降気味です。本が大好きって子供は減っていますし、親もめったに小説を読まない。イジメがテーマの小説は、期せずしてと言うべきか、しっかりとした読者層が想定できるのです。一昔前のように本が売れる時代が来るのはまず期待できません。作家が誰が読むのか、なんのために読むのかを考えなければならない時代が来ているといふことです。

 

作家として生きてゆきたいということは、文学で生活を成り立たせたい、もっと言えば好き勝手に活動して生きてゆきたいという欲望が含まれるのは否めません。だけどそれには力が必要です。その力には社会と折り合いをつけて創作してゆく能力も含まれます。他人の作品についてなら『こんな作品、誰が読むんだ』と簡単に言えますが、自分の作品に対しては誰だって評価が甘くなる。そんな甘さを少しずつ消してゆくのがプロの第一歩でしょうね。

 

クリエイティブ業界全体のパーセンテージから言えば、作家予備軍のパーセントは減っています。文学は不況産業ですから、優秀な人材の多くがもっと儲かる業界に流れている。だけど日本の社会は比較的自由で豊かですから、好きな仕事をして生きてゆきたいという人が増えている。全体パーセントは減っていますが、アイドルやお笑い予備軍が急激に増えているように、数としては作家予備軍は増えています。表面的には過当競争になっています。

 

一昔前は書評や映画評などは小説家や詩人が書いていましたが、今はもの凄い勢いでフリーライターが増えているので仕事の取り合いになっています。有名作家でなければ雑文仕事は来なくなっています。本を売らなければ作家は厳しい。またメディアがフリーライターを使うのは、自分たちの好みの文になるまで何度書き直させてもかまわないからです。これに慣れるとフリーライターから作家に転身は難しくなる。売文は精神をすり減らす仕事ですが、そのかたわら強靱な精神で、いつ売れるかわからない作品を書く覚悟が必要です。

 

自分のことだけでなく、社会全体のことを含めて作家という仕事は成り立っています。もちろん作家は創作のことで手一杯で、文筆を取り巻く環境に鈍感にならざるを得ない面があります。ただほとんどのメディアは、文筆を取り巻く環境を知りながらそれを教えてくれない。だけど甘い夢を振りまくのは無責任です。メディアの利益のために作家を使い捨てにすることになる。文学金魚はそういったメディアにはなりたくなひですねぇ。

 

 

佐藤知恵子 文芸誌時評 『No.107 オール讀物 2016年08月号』 ■

 

 

第04金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

第04回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項です。詳細は以下のイラストをクリックしてご確認ください。

第04回募集要項_cover_01

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■