連載文芸評論 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(日本近代文学の言語像Ⅱ)(第11回)をアップしましたぁ。『漱石論』は『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『正岡子規論』、『森鷗外論』といっしょに今春金魚屋から三冊同時刊行されます。今回は『修善寺の大患 ―― 自我意識との格闘(後半)』です。漱石小伝も大詰めですね。あと一回でこの章は終了です。

 

漱石は文学の世界でできるだけ世の中に寄与する優れた仕事をしようという強い意識を持っていましたが、当たり前ですが自分を〝文豪〟だとは考えてはいませんでした。鶴山さんの漱石小伝を読んでもそれはわかると思います。漱石は晩年になるにつれて孤独感を深めてゆく。それにつれて漱石の思考も研ぎ澄まされてゆく。それは森鷗外も同じです。鷗外も文豪と呼ばれますが、最晩年の『北条霞亭』を連載する雑誌がなくなり非常に困った。商業メディアはどこも連載してくれなかったのです。もし鷗外が自分が文豪と呼ばれているのを知ったら『作品掲載場所くらい与えてくれよ』と言うでしょうね。

 

話は変わりますが、多くの作家はメディアに作品を掲載して欲しいと思います。有名メディアならなお結構です。そして作品が掲載されたらそれを本にして欲しいと望む。そして本になった時点で作家の興味は終わりのことが多い。本を売るのは版元の努力でしょとなる。しかしそれではダメなのです。自分の生産物に最後まで目を光らせなければどんな仕事も続きません。

 

もし本を出してもらったら、しつこく版元に何部売れたのか確認しなければなりません。どの程度売れたのか真剣に考える必要がある。予想以上に売れても、予想通りであっても考える必要がある。ぜんぜん売れなかったのなら、これはもう死ぬほど考える必要がある。夜も眠れないほど考えた方がいい。多くの版元は作家に実売部数を正確に伝えません。特に売上が悪ければ『まあまあですね』くらいでお茶を濁す。誰だってイヤなことは避けたい。特にサラリーマン編集者はそうです。そして社内会議で前の本の売上部数が示されたら次の本は絶対と言っていいほど出ない。それが一番怖いのです。

 

版元の規模によって求められるノルマ(売上部数)は変わります。最初から文庫本で出す出版社は万単位売れなければ採算が合わない。いわゆる単行本形式で出す出版元でも、小規模出版社で3千部くらいが採算分岐点になる。零細なら500~1,000部くらいが最低限度の採算分岐点になるでしょうね。印刷費用を回収して次の本が出せる最低部数ということです。

 

金魚屋もまた作家の能力や今の出版界の現状分析を前提として、目標売上部数をクリアできるだろう作家の本しか出さないのはほかの出版社と同じです。ただそのために必要な努力やノウハウはできるだけ作家に伝えます。自費出版ではなく版元から本を出すということは、その先にいる読者の顔を思い浮かべられるかどうかという問題でもあります。読者をまったく意識しない本が売れる確率は、宝くじに当たるようなものです。ゼロから一に踏み出すのはとてつもなく大変なことです。新人作家はその困難を超えてゆく大胆さと繊細な小心さを持っていなければ、現状の文学界を生き抜けないと思います。

 

 

連載文芸評論 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(日本近代文学の言語像Ⅱ)(第11回) 縦書版 ■

 

連載文芸評論 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(日本近代文学の言語像)(第11回) 横書版 ■

 

 

第04金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

第04回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項です。詳細は以下のイラストをクリックしてご確認ください。

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