おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

マリー・ゾンペンブルグ?

 

 カラスたちがとびさったのと、まほうじんからうつくしいきふじんがとびだしてきたのとはどうじでした。

 「あっらぁ、いったぁ~い」

 きふじんは、はやしのあいだのひろばにしりもちをついてうめきました。このきふじんをはきだすとどうじに、まほうじんもにげるようにきえてしまったのでした。これでもう、なにもよびだすことはできなくなってしまいました。すぐさま、じょうくうにまきあげられていたおちばやどんぐりがかさかさ、ばさばさ、くりんくりんとおっこちてきました。

 きふじんは、あたまにたくさんのどんぐりがあたって、

 「ちょっとぉ、なによぉ、これぇ」

 とひめいをあげました。

 「だいじょうぶですか」

 でも、どうしてきふじんなのでしょう。さっきすこしみえていた、とんがりぼうしのまじょはいったいどこへいってしまったのでしょう。

 「あらぁ、あなたはだぁれ」

 きふじんは、にっこりとほほえみました。

 「かわいらしい、おじょうさんだことぉ」

 「あの、あなたは?」

 「マリー・ゾンペンブルグとぉもうしますわぁ」

 マリーでおもいだしました。そういえば、このひとは、むかし、おとうさんと、としょかんのほんでみたことがある、マリー・アントワネットそっくりなふくそうをしているのでした。

 「いつわりのまじょじゃなくて?」

 「どなたかしらぁ、それはぁ?」

 ぎゃくにといかえされてしまいました。なんてことでしょう。まほうじんったら、ちがうひとをよびだしてしまったのです。いったい、どうすればいいのでしょう。

 「いいところだったのにぃ。せっかくぅ、ぶとうかいでぇ、すてきなぁおうじさまとぉダンスをしていたところだったのにぃ。もうちょっとでぇ。おとせるところだったのにぃ。うん、もぉう。わたくしったら、どうしてこんなところにいるのかしらぁ」

 さっぱりわけがわからない、というふうでした。

 「あの、じつはあたしのせいなんです」

 「あなたのぉ?」

 「ええ」

 あたしは、いきさつをはなしました。よびだすまじょに、いつわりのまじょをよんでもらうようにおねがいしたのだと。

 「あらあらぁ、とんだまちがいもあるものねぇ」

 きふじんは、うふふふふぅとゆうがにわらいました。くじゃくのはねみたいなもようがついたせんすで、きちんとくちもとをかくしてわらうのでした。

 「もどしてさしあげたいのですけど」

 あたしにもどうしていいかわからないのです。あたしはしょうじきにこたえました。

 「ところで、おじょうちゃぁん」

 きふじんは、いいにおいをさせながら、あたしにちかづきました。

 「このあたりにぃ、いけてるおしろはないかしらぁ。あそびざかりのぉ、いかしたおうじさまがすんでいるようなぁおしろ。それともぉ、おくがたをなくして、おとこやもめになられたぁ、ちょいワルなぁおうさまがすんでいるようなおしろをしらなくてぇ?」

 「さあ」

 なにしろ、ほんをひらいたとたんここにいたわけですから、このせかいのことはかいもくわかりません。

 「どうでしょう」

 「それともぉ、どこかでぇせいだいなぶとうかいがひらかれているといううわさとかをぉ、きかないかしらぁ? あるいはけっこんしきでもいいわぁ。それとも、このさいだからぁ、もうおそうしきだってかまわないわぁ。ただし、かねもちとぉ、きぞくげんていだけどぉ」

 「どうしてですか?」

 「そんなのぉ、きまってるじゃないのぉ」

 そういって、きふじんはまたせんすでくちをかくしながら、つやっぽくうふふふふぅとわらったのでした。

 「あ」

 そのとき、あたしはきがついたのです。これこそが、いつわりのまじょなのだと。なにもかもいつわって、しょうたいさえもいつわって、まただれかをだまそうとしているということだわ、とあたしはふいにきづきました。こっちはてっきりとんがりぼうしのおばあさんがでてくるとおもっていたのですが、そこはいつわりのまじょです。よそうもつかないようなすがたで、じぶんをいつわってとうじょうしたというわけです。

 なるほど、なかなかあつかいにくいあいてのようでした。

 「なぁにぃ」

 あたしの「あ」を、かんちがいしたのか、きふじんがといかけてきました。

 「なにかおもいだしたのぉ?」

 「ええ」

 あたしは、てきとうなことをくちにしました。

 「そういえば、サンショウウオのくにで、おうじさまのたんじょうびをいわうパーティーがひらかれているときいていました。いまおもいだしたんです」

 あらあら、ってあたしおもいました。

 「なんてことでしょう。あたしがいつわりをくちにしているわ」

 いつわりのまじょに、いつわりをつげてるって、なんてへんてこなの、とわたしはおもいました。でも、とりあえず、ここはいつわりのまじょをかえさないことがたいせつなのです。

 「サンショウウオのくに、ですってぇ?」

 「ええ、そうです。ダイオウサンショウウオがおさめておられるくにです」

 「なあにそれぇ」

 きいたことないわ、ときふじん、いいえ、いつわりのまじょがつぶやきました。

 「で、どうなのぉ。ダイオウサンショウウオって、おかねもちなのぉ?」

 「もちろんです。こがねのきゅうでんにすんでいるっていわれてるんですよ」

 きふじんのめが、きららんとかがやきました。

 「あんないできるかしらぁ、あなたにぃ」

 「ええ、もちろん」

 うまくいきました。あんないするふりをして、いろいろききだせばいいのです。もちろん、ぜんぶいつわりだということだから、えーと、つまりは、ぜんぶそのぎゃくだとおもえばいいわけです。そうですよね。

 「で、おいくつなのぉ?」

 「え? あたしはろくさいですけど」

 「ちがうわよぉ。あなたのことなんかきいてないわぁ」

 きふじんは、あたしのにぶさにすこしいらついたようでした。

 「ああ、おうじさまですね」

 なんてくいつきがいいのかしら、とあたしはすこしあきれました。がつがつするにもほどがあります。

 「たしか、じゅうろくさいだとか」

 「じゅうろくぅ?」

 ちぇっ、しくじったな、というかんじでしたうちしたきふじんでした。なるほど、いまのすがたははたちすぎくらいでしょうか。けっこんをいしきした、イメージだったのでしょう。

 でも、さすがはまじょです。くじゃくのもようのせんすを、ひとふりふたふりするうちに、じょじょにけはいがかわっていくのでした。じぶんをしゅうせいするまほうのようでした。みるまにせたけもちぢんで、かおもおさなくなって、じゅうろくしちにしかみえない、かわいいむすめにへんしんしていたからです。

 「あれえっ」

 おどろいた、あたしに、きふじんから、わかいむすめへとなりかわったいつわりのまじょがペロリとしたをだしてみせました。

 「えへっ、すごいでしょ」

 ことばづかいまで、かわっていました。なるほど、まほうつかいとはべんりなものです。どんなすがたにだってなれるのですから。

 「もしかして、あなたまじょでしょ」

 あたしはズバリと、つっこんでみました。でも、したたかなまじょは、へいぜんとくびをよこにふりました。

 「いいえ、ちがうわ。わたしはじゅうろくさいのむすめ。ただ、それだけよ」

 「だって、さっきまでは」

 「さっきまではさっきまで、いまはいまよ」

 さあ、とっととあんないしてよ、そのかわいらしいぼうやのいるおしろへ、といつわりのまじょはあたしをせかすのでした。

 「えーと、うーんと」

 どっちへいくべきか、あたしはなやみました。だって、じつのところなんのあてもないのですから。

 「どうしたの」

 「あ、なんでもありません。こっちです」

 しかたなく、あたしははやしをぬけて、かわべりのみちをあるきはじめました。きょろきょろとあたりをみわたすと、とおくにたかいとうがみえました。あ、あれはおしろのとうだ、とあたしがきづくよりはやく、

 「ああ、あそこね」

 わかいむすめにじぶんをいつわった、いつわりのまじょがめざとくもくひょうをみつけました。

 「ちょっととおいわね」

 「あ、でも、すぐですよ」

 あたしは、けんめいになって、まじょをあるかせようとしました。

 「ほんとかしら、ずいぶんとおくにみえるけど」

 「だから、だいじょうぶですって」

 あたしは、わかいむすめにしかみえないまじょを、けんめいになだめました。

 「ところで、こんなひとをしりませんか」

 さいしょは、どうでもいいはなしをしました。きりかぶがクマになるはなしだとか、とげとげひめとべたべたおうじのこととか、そんなはなしです。むすめのほうでは、きたのくにのイケメンおうじとラブラブになったはなしとか、みなみのくにのだいふごうとちょうごうせいでスペシアル(スペシャルだとおもうんだけど、むすめさんはスペシアルと、へんにもったいっぶったいいかたをしました)なディナーをたべたはなしなんかを、とくいげにかたるのでした。

 あたしは、すこしずつはなしをかえていって、さいごには、へんてこなびょういんのことにふれました。

 「おいしゃさんがみんなこわいどうぶつのびょういんでね」

 「へえ、そうなんだ」

 どうでもいい、ってかんじのへんじでした。

 「そこに、あたしのしりあいがにゅういんしてたんだけどね」

 「ふうん、そうなんだ。でさ、さっきはなしてた、にしのくにのわかてはいゆうのことなんだけどね」

 「なんだか、すてきなびじんがあらわれてね」

 「え、びじん」

 ふいに、じぶんのじまんばなしばかりしつづけていたむすめが、あたしをみつめました。

 「いま、びじんっていった?」

 「ええ、いったわよ。すてきなびじんって」

 「あたしのこと?」

 「あ、っていうかね、あなたのことかどうかはわからないんだけどさ」

 「うんうん」

 なんでしょう、このくいつきのよさは。ほんとのところ、あたしは、「いけすかないきどったおんな」っていうつもりだったんだけど、なんとなく、ちょっかんがはたらいて、「すてきなびじん」っていったのでした。そこに、このむすめさんが、こんなにびんかんにはんのうするとはよそうがいでした。

 「あるところに、どうもうなどうぶつのかおをしたいしゃばかりいるびょういんがあってね」

 「ああ、しってるしってる」

 「そこのさいじょうかいが、こうつうじこかんじゃのびょうとうでね」

 「ああ、そうね。そうだったわ」

 「にゅういんしてた、あたしのしりあいが、そのすてきなびじんにつれていかれちゃったのよ」

 「ああ、あのひとかあ」

 あとひといきです。あたしは、しんちょうにことばをえらびました。

 「え、そのひとをしってるの。そのひとをつれていったのは、すてきなびじんさんだったのよ」

 「ええ、ええ、それってたぶん、こんなかんじのひとだったとおもうわよ」

 もういちどクジャクもようのせんすをひらひらさせて、むすめはどこかのマダムといったけはいにへんしんしました。はねがはえたおかねやほうせきが、ゆうがにとびかういえでくらしているひとというかんじのマダムでした。おかねもちで、しかもふつうのひとではないというかんじでした。ふつうのひとではない、というのは、たとえばまじょとか、まほうつかいとか、マダムにみえるけどほんとはろうばなのだとか、そういったことです。

 「あらまあ」

 あたしは、おおげさにおどろいてみせました。

 「あなただったのね、あのすてきなびじんは」

 「まあ、そういうことよ」

 「すごおい」

 ほめましょう。まずは、おおいにほめましょう。

 「それに、さっきのきふじんも、ちょっとまえのむすめさんも、いまのマダムも、ぜんぶすてき。あなたって、すごいちからをもっているのね。まるで」

 「まほうつかいみたい、ってそういいたいのかい?」

 「ええ、そうです。まるでまほうつかいみたい」

 「ざんねんだけど、それはちがうね」

 でた、またしてもいつわりです。でも、じぶんのようしのことになると、それにむちゅうになって、いつわるのをわすれるけいこうがあるようだわ、とあたしはおもいました。

 「ちがうの?」

 「ええ、ちがうわ。わたしは、とにかくうつくしいものすべてなの。うつくしいあかんぼうであり、かわいいしょうじょであり、いかしたむすめさんであり、こうきなきふじんであり、ゴージャスなマダムであり」

 「そして、すてきにとしをかさねたろうばでもあるの?」

 「いいえ」

 きっぱりひていしました。

 「あたし、マダムよりさきは、としをとらないことにしているの」

 「そんなことができるの」

 「ええ、わたしにだけはね。だから、マダムのあとは、きふじんになったり、きまぐれでうつくしいあかんぼうにもどったりするのよ」

 「すごいわね。で、そのおとこのひとはいまどこにいるの」

 「ああ、あたしのとりこたちは、みなとりかごでかってるわ」

 とりかごですって? なんてことを!

 「どうして、とりかご?」

 「そりゃあ、とりこだからよ」

 よくわかりません。よくわかりませんが、なんとなくわかるようなきもします。へんてこですけど。

 「へえ、さぞたくさんとりこがいるんでしょうね。そんなにうつくしくて、かわいくて、びじんで、いかしてて、ゴージャスなんですもの」

 「そうね、たっくさんいるわ。でもあたしはすぐにあきちゃう。しばらくかったらぽいよ」

 「どこでかっているの。えさはなにをあげてるの」

 「えさ? えさなんかあげないわよ。あたしがいただくだけ。わかさとか、びぼうとか、おかねとか、そのほかいろんなごほうしとかをね」

 「あなたは、なんにもあげないの?」

 おとうさんったら、なんてひどいおんなにつかまってしまったことでしょう。

 「だから、さっきあなたがいったとおりよ。うつくしくて、かわいくて、びじんで、いかしてて、ゴージャス。そういうものをあげてるじゃない。めったにてにはいるものじゃないのよ。そのみかえりに、あたしがいろいろいただくのはむしろとうぜんっておもうけど?」

 ほんとうでしょうか? おとうさんは、ほんとうにこんなおんなのひとのとりこになってしまったのでしょうか?

 「でも、たしかあたしのしってたひとはこうつうじこにあったはずよ。びょういんにいれないで、とりかごなんかにいれてだいじょうぶなの?」

 「いいのよ。ほんにんがそれをのぞんだんだから。すくなくとも、わたしにせきにんはないでしょう?」

 しっぱいしました。いっしゅん、あたしはムッとなってしまったのです。それがかおにでてしまったのです。ほんとは、ずっとにこにこして、かのじょをほめつづけなくちゃいけなかったのに。なんてしっぱいをしてしまったことでしょう。

 「ねえ、あなた」

 ふいに、いつわりのまじょがまがおになりました。

 「とおいわ。とおすぎる」

 「え、そんなこと」

 いろんなびじょにへんしんして、じぶんをいつわるわかいおんなは、とおくのとうをゆびさしました。

 「さっきからちっともちかづいてないじゃない。あたしにこんなにあるかせるなんて、ありえないわ。おとこたちだったら、こうきゅうなくるまとか、ばしゃとか、かごとか、うまとか、さいていでもおひめさまだっことかおんぶとかして、あたしをつれていってくれるのよ。こんなにあるいたことなんてないわ。もういや」

 そういってせんすをとりだしました。

 「なにをするの?」

 「あんたにつきあってたら、パーティーがおわるまでにつけないでしょう。だから、あたしさきにいくわ。もうあんたはかえっていいわよ」

 せんすをうごかすと、おどろいたことに、マダムはいなくなって、そこにいちわのうつくしいルリコンゴウインコがあらわれました。なないろのはねをばたつかせて、まじょはまいあがりました。

 「どう、とりになってもあたしはうつくしいでしょ」

 「あの、とりかごはどこに?」

 「ばかね、あたしをとじこめられるとりかごなんてないわよ」

 ちがうわよ。あたしのおとうさんをとじこめてるかごよ、とあたしはいいたかったのですが、じぶんかってなまじょは、すでにとおくへとびさっていたのでした。

 どうじに、

 「いいかげんにおきなさい」

 というこえがして、あたしはめをさましました。こわいかおをしたおかあさんが、あたしのふとんをひきはがしました。

 「うわっ、さむいよ」

 とあたしがいうと、

 「あたりまえだろ、ふゆなんだから。おねがいだから、おかあさんをちゃんとしごとにいかせておくれよ」

 とおかあさんは、むくれていました。きけんしんごうです。

 「はい、おはようございます」

 すぐにモードをきりかえて、あたしはよいこになりました。そうなのです。あたしは、しゅんじにして、おかあさんのこころをかんじとることができるのです。そして、しゅんじにして、よいこにへんしんできるのです。そこが、おにいちゃんとはちがうところです。

 あいかわらず、ゆさぶっても、どなっても、おにいちゃんはめざめませんでした。いつものように、さいごにはキレたおかあさんが、おにいちゃんをぶったり、けったりします。さすがに、ねているかおにみそしるをかけたとには、あたしもやりすぎだとおもいました。でも、そのときですら、おにいちゃんはけっきょくいっかいめをさましたけど、またねてしまったのでした。

 よいことしてごはんをたべて、よいことしておきがえをして、あたしはがっこうにむかいました。でも、あたまのなかでは、きのうのゆめのことがきになってしかたありませんでした。

 「まったく、どうしてこううまくいかないのかしら」

 あたしはじぶんにといかけました。

 「せっかく、あそこまでちかづけたのに。おとうさんが、とりかごにいることまでわかったっていうのに」

 そうなのです。それよりさきには、どうしたってちかづけそうにないのでした。こうつうじこにあったおとうさんは、いつわりのまじょにとらわれたままなのです。

(第12回 了)

 

* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

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■ 遠藤徹さんの本 ■

贄の王 姉飼 角川ホラー文庫

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■