岡野隆さんの詩誌時評『句誌について』をアップしましたぁ。金魚屋では現在『詩誌時評』と『文芸誌時評』のカテゴリ再編を行っています。『詩誌時評』は従来の雑誌別ではなく、『句誌』『歌誌』『詩誌』の3つのカテゴリに再編します。この再編にともない岡野さんに総論を書いていただきました。

 

作家に専門領域があるのは当たり前ですが、自分の専門以外のジャンルのことは驚くほど無知といふことが多いです。でも文学を総合的に捉える視線はこれからどんどん重要になってきます。現代世界は複雑化している、といふよりも、世界の本来的に複雑な諸相がどんどん人間の目に入ってくるようになっています。小説や詩、戯曲といった表現形態は万能ではありません。世界の諸相に対応した書き方、つまり小説がふさわしいのか、詩的な表現の方がより有効なのかといった複数の手法を身につけなければ、作家は世界全体の変化から取り残されます。読者の精神パラダイムが変わり始めているのですから当然ですね。

 

俳句は小説や自由詩といった明治維新以降に大きく変容した(あるいは新しいジャンルとして成立した)文学とは質が違う。極論を言えば俳句は本質的に自我意識文学ではない。唯一無二の作家の自我意識によって生み出される文学とは質が違うということである。俳句界が同人誌を含めて実態として結社制度(師弟制度を含む)を取っており、句会を開く座の文学であることがそれをはっきり示している。

(岡野隆)

 

俳句の非・自我意識文学という特徴を前近代的と言ってしまえば、桑原武夫の俳句『第二芸術』論のような批判になります。古ぼけた過去の文学といふことですね。だけど一方でそれを日本文学(日本的精神)の基盤として捉えれば、広大な視野が拓けてくるはずです。

 

現実の俳壇は息苦しいです。でも文句ばっかり言っていてもしょうがない。俳人に限りませんが、詩人さんたちって見ているととってもヒマです。寄り集まってはしょーもない噂話とか、浮いては消えてゆく一過性の企画仕事に熱中しておられる。

 

だけど基本、作家は自分で〝仕事を作る〟動物です。作家が自主的に取り組む仕事は、言うまでもなく高いレベルに設定されていなければなりません。作品などは荒削りでも、高い志を持った作家を優遇するといふのが文学金魚の方針でもあります。

 

 

岡野隆 詩誌時評『句誌について』 ■

 

 

第04金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

第04回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項です。詳細は以下のイラストをクリックしてご確認ください。

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