一.エルヴィス・コステロ, ビル・フリゼール

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 師走。なぜか気忙しい。どこか慌ててる。師なら仕方ないけど、この先そうなる予定もないから困っちゃう。気付けば単なる無駄吹かし。燃費最悪。

 慌てると貰いが少ないのは学習済み。だから師走でも落ち着こう……なんて言いながら足が向くのは新橋。駅前ビルの立ち呑み「I」。夕方前には開いている。

 呑むのは焼酎のコーヒー割り。当たり外れがあるけれど、此処のは旨い。太鼓判。でも頼む理由は他にある。サービスです、とママさんが出してくれたのは洋ナシ。この間はたしかメロン。そう、此処はまず果物が来る。なかなか珍しい。最初は戸惑った。ビール、サワー、ウイスキー、と試行錯誤の結果、選ばれたのがコーヒー割り。ちなみに家で楽しむなら、豆を漬けるより一杯ごとに割った方が美味しいとのこと。要は消費量。漬けっ放しはダメみたい。

 常連たちはテレビ見ながらママさんと御歓談。その中でポツンと呑むのが不思議と落ち着く。同じ果物頬張ってるからかしらん。構い過ぎず・放っとき過ぎずの妙。段々打ち解ける感じが心地いい。

 

 さあ、耳も落ち着かせよう。真っ先に浮かんだのはライヴ盤『ディープ・デッド・ブルー』(’95)。好みの歌声に寄り添うのはギター一本。エルヴィス・コステロと鬼才ビル・フリーゼルの組み合わせ。第一印象は「珍しい」。実際聴いたら「心地いい」。濃いめの節回しを包み込むように、空間を移動するギターの音色。フワフワだけど不穏。この加減が堪らない。イメージとしては声の影。

 ひとつ告白しなければ。私の耳が追っているのは旋律ではなく音色。だから上手く口ずさめない。落ち着くけれど、なかなか珍しい。

 

【 Love field/Elvis Costello & Bill Frisell

 

 

 

二.ゴンチチ

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 懐かしさ、までいくと落ち着かない。内側がざわついちゃう。少し手前、「なんか聴き覚えがあるなぁ」くらいが丁度いい。落ち着く。その点、スタンダード曲集なら心配ない。ましてや、ゴンチチの演奏なら間違いない。一枚、いいのがある。

 その名も『ア・マジック・ワンド・オブ・スタンダーズ』(’02)は全18曲。音色は柔らかく、音数は少なく。日本屈指のギター・デュオは大技をひけらかすことなく、聴き覚えのある旋律をなぞる。「ひまわり」「テネシーワルツ」「安里屋ユンタ」等々。どこから聴いても美しい。

 

 ふぅ。だいぶ落ち着いてきた。無駄吹かしも減っていい感じ。けれどうまくいかない。好事魔多し。だけどさ、とケチがつく。やっぱりどこか、落ち着くだけじゃつまらない。

 懲りねえなあ、と頭掻きながら有楽町のガード下へ。目指すは「S」。此処は説明がちょいと難しい。店なんだけど店じゃない。人によっては単なる喫煙スペース。もちろん椅子はない。酒は数台ある自販機で調達。ビールやサワーだけじゃなく、お酒もある。狭間にはちゃんと売場スペース。水木金の夕方以降なら、肴や熱燗も買える。文句なし。灰皿だって机だってある。名店だ。

 煙草の煙にまみれて缶チューハイを呑みながら、行き交う人々をぼんやり眺める。場所柄、大半が勤め人。流れはなかなか途切れない。そのうち内側がザワザワし始める。そう、この感じ、懐かしい。昔はよく自販機で酒買ってほっついてた。肴は粒マスタード。瓶ではなくチューブ式。開店時間も閉店時間もない。朝昼晩いつでもOK。さぞかし目つき、悪かったはず。今日は売場が閉まってるから、そんな記憶を肴に缶チューハイをもう一本。

 

【ひまわり/ゴンチチ】

 

 

 

三.トム・ウェイツ

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 記憶に残るのは自分の経験。これ常識。でも音楽はそこを飛び越えちゃう。多分、魔法。経験してないのに懐かしい。そんなアルバムを一枚。

 酔いどれ詩人トム・ウェイツのデビュー盤『クロージング・タイム』(’73)を聴いたのは高校に入った頃。靄がかかったピアノと、彼のしゃがれた声。すぐ魔法にかけられた。

 四十年前の恋人に電話をかける、そんな男の歌がなぜか懐かしかった。今は少し違う。懐かしさは芽生えるが、内側はざわつかない。ただただ、しっとり落ち着く。そして思う。いつかこうなるのか、と。

 

 神楽坂の居酒屋「K」も記憶に悪さする。古民家を改装し、外から観ても中で呑んでも雰囲気良好。左から入れば上がりの座敷、右から入れば土間で立ち呑み。当然私は右専門。少々読みづらい黒板の品書きから選ぶのはへしこ。寒い季節ならおでんもある。いつかこういう店で呑めたら――。そんな風にずっと憧れていた、と錯覚しちゃう。

 ずらり並ぶ本は酒・食関連。森茉莉、池波正太郎、コリン・ウィルソン等々。斜め読みしながら、上がりの座敷を覗き見。と、曇り硝子の引き戸がガラガラ。来客二人、背広の大人。どうやら近所に職場がある。帰宅途中の短い宴。

 二杯目を楽しみながら数分。ふと気付いた。後ろで語らう背広の大人は、二人とも私より年下。思わず二十歳のつもりで呑んじゃった。図々しいったらありゃしない。

 

 呑み終わって店を出れば、やはり気忙しい師走の夜。落ち着かなきゃ、と次の店を選び出す。

 もう幾度酔えばお正月。来年もちょっといいことありますように。

 もちろん、あなたにも。

 

【 Martha/Tom Waits

 

寅間心閑

 

* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月10日掲載です。

 

 

 

 

■ エルヴィス・コステロのアルバム ■

ベスト・オブ・エルヴィス・コステロ インペリアル・ベッドルーム(K2HD/紙ジャケット仕様)

 

 

■ ゴンチチのアルバム ■

GONTITIスーパーベスト 2001-2006 オールタイム・ベスト

 

 

■ トム・ウェイツのアルバム ■

Closing Time Rain Dogs [12 inch Analog]

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■