日本テレビ

水曜

22:00

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 医療ドラマを医者は観ない、という。あまりのリアリティのなさ、現実との違いに鼻白むからだ。医療ドラマといえば、多かれ少なかれヒューマンになるだろうから、いつもヒューマンな雰囲気で仕事できるはずもない人たちが呆れるのは当然だ。ドラマで為される演説じみたセリフはそもそも大前提としてあって、それをどう実現するのかという技術論に占められているのが現場だろう。

 

 そこからすると、物書きや編集の現場では、こういう出版モノはあまり観たくない、できれば避けて通りたいというのが本音ではないか。リアリティがなければ馬鹿馬鹿しいし、あればあったで身につまされる。マスコミの実情なんて取材は簡単だろうが、いったい何のための取材なのかわからない。マスコミをマスコミが取材し、マスコミがマスコミを描いて、何の意味があるのか。

 

 その自己撞着を正当化するには、感情的に強いものが必要になる。すなわち少し前の沢尻エリカ主演のドラマのように、女同士の強烈かつ滑稽なマウンティングの舞台であるとか、このドラマのように女主人公がその会社のファッション誌の編集部に尋常ではない憧れを抱いているとか。

 

 その女主人公がついに中途入社試験で採用されるが、校閲者としてであった、というところから始まる。向こう気が強くて歯に衣着せぬ女の子が、思わぬところに放り込まれたときのお約束の反応をするのだし、憧れの編集部にはなぜか後輩がいる。ここからの成長物語というわけである。

 

 ただ、そのタイプのドラマとしては存外(失礼)面白く観ていられる。石原さとみという女優がみせる新たな表情につい惹きつけられるということもあるが、まずリズムがいい。彼女がポンポン口にするセリフがそれを形作っていて、それについては成長する気配がないところがいい。

 

 新しい職業につくわけだから、何らかの成長はあって当然なので、それをもってテーマにするほどのことはないのだ。そのへんの構えが妙なヒューマニズムに落としどころを求めることになって、あくびが出ることになる。このドラマでいいのは、彼女が校閲者として成長するより、そもそも校閲者に向いていたのだ、という割り切りだ。編集部への憧れなんて物知らずからくる勘違いだ、と。

 

 それでその資質というのは、言語的なところをも含む細かいところへのこだわりということで、だとしたらこのドラマのうっとおしいタイトルはどうにかならないか。「地味にスゴイ!」は女主人公が老作家に、女子高生語として教えるという背景があるのだが、リアルに女子高生は「地味にスゴイ!」なんて可愛いことは言わない。「これってさぁジミにスゴくねー」と言うのだ。

 

 河野悦子を略して校閲、というのもタイトルに盛り込むほどのインパクトはない。昨今、説明的なサブタイトルがだらだら付くのはこのドラマだけではないけれど、言語をテーマにするからには多少のセンスを示してほしい。せめて「校閲ガール(大きい文字) ジミにスゴくねー(小さい文字)」とか。これでもいいんでないの。

山際恭子

 

 

 

 

■ 原作の宮木あや子さんの本 ■

校閲ガール トルネード<校閲ガール> (角川書店単行本) 校閲ガール<校閲ガール> (角川文庫)

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■