逃げるは恥だが役に立つ

TBS

火曜 22時~

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 漫画が原作である。漫画というのはそのときどきの風俗のもので、必ずしも新しいコンセプトでなくてはならない訳ではない。かつて同種のパターンがあったとしても、それを新しいと思って受け取る消費者がいるかぎり、それは新しいのだ。すなわちそれが消費材である所以である。

 

 テーマは契約結婚で、これは昔から繰り返されてきた。ただ、あえてそれをしようという男女の事情が少しずつ変化しているのみだ。今回は、登場人物たち個々の事情というより現代の気分的な価値観を反映しようとしている。ならばテーマはそっちであって、契約結婚はその手段に過ぎなくなる。

 

 昔の契約結婚は、結婚という固定的な価値観と制度に対する反感から生まれたものだった。一方で、そうやって愛と呼ばれる感情を否定しようとする男女にはそれなりの制裁が加わり、自分たちが思いもよらなかった感情に翻弄されることになる。若者の反抗と計算、挑戦が天に唾するものとして捉えられる。昔に限らず、もちろんそうでなければドラマにならなくもあろう。

 

 とすれば、今回はどのようにしてドラマにするのだろうか。この現代の男女には、結婚に対する反感はない。結婚など、あまり眼中にないのである。女主人公(新垣結衣)は就活に敗れ、大学院を修了して派遣社員としても契約解除になり、社会での行き場を失っている。昔はそうなるとお嫁にでも、と考えたものだが、彼女はそんなことは微塵も思わない。ただ、働き口がほしいのだ。

 

 そのへんのところは、確かに時代のリアルではあるかもしれない。結婚したからといって、すぐ働かなくなる世の中ではない。社会の需要を満たし、結果として経済的安定を得る、というハードルを越えることなしに、結婚というフェーズが目に入ることはないのだ。それはある意味、健全なのではないか。

 

 その彼女を家事手伝いとして雇う彼もまた、特に理由もなく結婚しない、単にそれが目に入ってこない男である。彼女の掃除の腕を高く評価し、両親が田舎に越すので住処をなくした彼女を引き取るため、契約結婚に同意する。何のことはない、住み込みの家政婦にするには若すぎるので形式的に結婚する、ということだ。「私を住み込みの家政婦だと思ってる」と妻に突き上げられた頃とは隔世の感がある。

 

 ただ、時代の雰囲気としてはなんとなくわかるものの、ドラマとしての推進力、登場人物たちへの共感や説得力としては、やはりちょっと弱い。周囲を騙し、さまざまな面倒に見舞われてまで、単に住み込みの家政婦として働きたい、その家政婦を雇いたい、というのはどうだろう。

 

もとより憎からず思っている同士でなければ、そんなふうになるはずもない。だとすれば、ドラマの結末は見えている。しかも最初に結婚してしまうわけだから、あとは二人の心境の変化、解釈のし直しだけしかない。ドラマとして何回分も引っ張っていけるのだろうか。「情熱大陸」などの情報番組の設定で、今の女性のあり方を説明しようとするのは目新しいが、あまり時間は稼げないように思うが。

田山了一

 

 

 

 

■ 原作の海野つなみさんの本 ■

逃げるは恥だが役に立つ(1) (Kissコミックス) 小煌女(1) (Kissコミックス)

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■