%e8%a8%bc%e6%8b%a0%e7%89%a9%e4%bb%b6_08_cover_01コウタは大学三年生で、幼なじみのシュンジと〝本部〟に溜まって目的もなく毎日を過ごしている。本部は安アパートの一室。仲間のために部屋を借りたのは二年先輩のボスだ。高校生時代からコウタとシュンジはボスに憧れてきた。その怜悧さや悪の匂いすべてが魅力的だった。そのボスがある儲け話を持ちかける。手っ取り早く金を稼げればそれでよかったのだが・・・。辻原登奨励小説賞受賞作家・寅間心閑による新連載小説!。

by 寅間心閑

 

 

 

 

  四 (中編)

 

 サキエさんと店を出た後も、ボスの声が耳を離れなかった。シュンジが帰ってしばらく経った頃、再び俺のテーブルに来て「全部終わったんだ」と告げた声。

 「コウタ、お前もいつまでも引きずるなよ。遺書はなかったし、ターゲットは死ななかった。そういうことだ。全部終わったんだよ、全部」

 酒臭くてだらしない声。でも、と言い返そうとした俺をボスは制した。

 「待て待て、ターゲットが全部バラしそうで不安なんだろ? 大丈夫だよ大丈夫。あのオッサンは喋らない、保証するよ」

 酔っ払ったボスは俺の顔を覗き込み、だらしなく「大丈夫だから」と繰り返す。隣のサキエさんが、不安そうな顔をしているのが分かった。ぐっ、と拳を握り締める。

 「な、コウタ。シンプルに考えろよ。全部終わったんだ。で、何も起こらない。大丈夫なんだよ」

 違う、と思った。

 「何も終わっちゃいないよ、ボス。あれ以来俺たちみんな、おかしくなっちまってるじゃないか」

 本当はそう言うべきだった。分かっている。でも、この期に及んでもまだ、俺はボスに認めてほしかった。「やっぱりコウタはシュンジより度胸があるよ」と思われたいから、無言のまま俯いた。顔を上げた時、ボスはもう立ち去っていた。

 俺の想いはボスに届かなかったし、これからも届かないだろう。ボスは全部終わったと思っている。あの金は正にこの瞬間、使われている。俺はボスとサキエさんの証拠隠滅を手伝っているんだ。

 「ねえ皆さん、たまにはこんなサプライズがあってもいいでしょう」

 そうマイクで話しかけ、たくさんの拍手と歓声を受けていたボス。オレオレ詐欺の連中から胴上げをされた後、テーブルの上に何度も立って乾杯の音頭を取っていた。高校生の時と変わらず、みんなの人気者。俺とシュンジのイメージどおりのボスがいた。でも、と俺は声に出さずに呟く。

 でも、やっぱり違う。

 「タダ酒を飲ましてやれば、ちやほやされるの当たり前だろ。そいつの人間性なんか、関係ないんだ。あんな奴等におだてられて、調子に乗って、情けないよ、ボス」

 そう口の中で呟いているうち、俺はひとつ気付いてしまった。本当は高校生の時も、今日と同じだったんじゃないかと気付いてしまった。俺もシュンジも「タダ酒的な」何かに群がっていただけで、きっとボスの人間性なんか分かってなかったのかもしれない――。

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 その考えは、こんな証拠隠滅パーティーに来ているからか、いやな現実味を持っていた。

 店を出たのは三時前。結局、ラストまではいなかった。オレオレ詐欺の連中と話していたので、ボスにも挨拶せずに店を出てきた。時間は三時前。隣を歩いているサキエさんが、もう一軒寄って行こうと誘ってくれた。驚いたし、それ以上に嬉しかったけれど店が分からない。東中野はあまり詳しくないので中野でよければ、と言いたかったが、これ以上飲むとまた悪い酒になりそうだから断った。正直なところ、サキエさんとはもう少し一緒にいたいが、パーティーのせいで単純に身体が疲れている。

 「あの連中のこと、知ってるんですか?」変なタイミングになってしまったが、やはり今日のうちにはっきりさせたかった。「さっき胴上げをしてた……」

 「ああ、あれね」

 「……」

 「先輩なんでしょ、ちょっとヤバい系の」

 「ヤバい?」

 「うん、オレオレ詐欺やってるんだって」

 表情を曇らすことなく淡々と話すサキエさんのおかげで、冷静に受け止めることが出来た。そうか、本当にボス、やってたんだ。

 もう長いんですか、という問いかけに「それは知らないけど」と笑ってから、打ち明けられたのは「下見をしている時」だと教えてくれた。

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 「下見?」

 「うん。ほら、キヨミちゃんのお父さんの……」

 ああハイハイ、と慌てて遮る。どうして俺は鈍いんだろう。余計なことを口走らせてしまったじゃないか。慌てた意味が伝わったらしく、「いいのよ」と呟いてから彼女は話し始めた。下見がてら、西新宿の中華料理店でランチを食べた際、ボスの服装に違和感を覚えたという。

 「何て言うのかな、あの人っていつでも格好つけてるじゃない? でもあの日、わざとらしいくらい地味でダサかったのよ。茶色のセーターに、色が落ちまくった昭和なジーンズに、緑の無地のキャップ。ねえ、想像してみて? 絶対にあの人が好きじゃない格好なのよ」

 ボスのことを「あの人」って呼ぶんだな、と思いつつ、頭の中で言われたままの服をボスに着せてみると、確かに似合わない。そんなダサい姿など見たことがない。

 「まあ、私も久々だったし、いきなり指摘はできないじゃない? だから本当は食事だけのつもりだったんだけど、飲むことにしたのよ。紹興酒があったから、あの人も乗ると思ってね。いつでも飲んでるような人なんだから」

 「ショーコーシュ?」

 「うん、あの人、大好きなのよ」

 俺はショーコーシュの味も、ボスがそれを好きなことも、サキエさんとボスの関係も知らなかったが、曖昧に頷いて話を促した。そういえばボスと中華料理を食べたことはない。

 「でもあの人、飲まないって言うから、車かと思ったらそうでもなくって、何かいちいち歯切れが悪かったのよね」

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 歯切れが悪いボスも想像するのは難しかった。さっきのダサい服よりも似合わない。サキエさんはそれを「気味が悪い」と表現した。

 「本当に気味が悪くて、じゃあ私だけ飲むって言って、さすがに紹興酒はアレだからビールにして。で、あの人、料理は食べるわけ。だから私、地味な服を着なきゃいけなくて、車でもないのにお酒を飲まない理由をずっと考えてたの」

 あまり知らない東中野から、よく知っている中野に景色が変わる中、サキエさんと一緒に歩いているのは不思議な感じがした。いい具合に身体からアルコールが抜けていくのが分かる。

 「でね、ピンときたのよ」

 「……オレオレ詐欺だって、いきなり分かったんですか?」

 「タイミングが良かったのよね」

 「タイミング?」

 「私、キャバ嬢やってるって聞いてるでしょ?」

 はあ、とマヌケな声を出すのが精一杯だった。俺は店の名前や場所を、これからも訊けないような気がする。

 「店には色んな子が働いてて、それがワタシ的にはとても楽しいんだけど、今まで何人かいたのよ。彼氏がオレオレ詐欺やってる子。で、服装はわざと地味、みたいな話は聞いたことあって」

 「へえ」またマヌケな声が出た。

 「でも、あまり記憶力ないから本当はピンと来ないはずなんだけど、あの人に会う何日か前にね、開店前、みんなで見てたテレビがオレオレ詐欺のドキュメントだったの」

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 アジトを構えたウィークリーマンションで、他の住人に不審がられないよう地味な服装を着用するという話や、他人に打ち明ける可能性があるので酒やクスリが禁止されているという話がテレビで紹介される度、「あの話、本当だったんだー」「ヤバいでしょー」「ありえないんだけどー」と、キャバ嬢たちは大騒ぎだったらしい。

 「だって、犯罪者と付き合ってるなんてピンとこないじゃない? だからそういう話を聞いても、全部は信じてなかったからさ。でもテレビを見て、本当なんだって分かった。だから、あの人にも直接訊いたの」

 あの作戦を決行した夜にも感じたが、サキエさんは度胸がある。俺ならボスにそんなこと訊けない。結果、ボスは簡単に認めたという。その日は日曜で休みだが、平日は詐欺行為に加担していると緊張した面持ちで告白したらしい。緊張? と思わず尋ねたのは、やっぱりボスに似合わないからだ。

 「本当は他人に喋っちゃいけないんだって。まあ当たり前か。何かね、二週間とか四週間とか期間を決めて集中的にやるらしいのよ、オレオレ。で、その時はもっと短い期間でやってたみたい」

 休みなのに地味な服だったり、酒を飲まなかったのは気を抜かないためらしい。変に真面目なのよね、とサキエさんは微笑んだが、俺は笑えなかった。さっき見かけたオレオレ詐欺の連中とボスが、アジトで電話をかけている姿を想像して一気に虚しい気持ちになる。軽蔑する、ってこういう感覚かもしれない。自分の罪を忘れてはいないが、こんな風に気持ちを虚しくさせる何かとは出来れば関わりたくない。

 ボスはサキエさんに打ち明けると気が楽になったのか、その後はいつもの調子で話し始めたそうだ。

 「金を受け取りに行く連中、『出し子』や『受け子』っていうんだけど、そいつらが一番捕まりやすいんだよ。でも仕方ないんだ、能力が低いから。あれくらいしか、使えない。もちろん俺はあんな無能とは違う」

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 サキエさんが教えてくれたボスの言葉は、すぐ頭の中でボスの声に変換される。ふと、いつか「本部」で見た少年犯罪の特番が浮かぶ。テレビに映ったツツモタセで捕まった少年たち。モザイクを顔にかけられ、ナニ撮ッテンダヨーと音声処理された甲高い声でカメラに凄む姿。あの時もボスは同じ気持ちだったんだろう。俺はあんな無能とは違う、と嘲笑っていたに違いない。そして、その感情を暴走させた結果が、清美の親父の自殺未遂だ。

 「まだ百万単位の金が一発で入ることはないけど、このまま頑張れば決して夢じゃないんだ。ある程度貯めたら、とりあえずバーを一軒出したいんだよな」

 それもボスらしい。罪を犯して得た金で商売をしても、俺は問題ないと思っている。本当の意味で綺麗な金があるなら見てみたい。ただ……、と何かが引っかかる。まだ気持ちが暗いままだ。あの、と呟いたまま立ち止まり、振り向いたサキエさんの顔を見る。意外にも彼女は微笑んでいた。そうなのよ、と俺の目を見る。

 「コウタ君、今日のパーティーのことを言いたいんでしょ?」

 そうだ。あの十六万円はパーティーなんかで散財せず、バーを始める時の資金にすればよかったはずだ。はい、と頷いた俺の目を見ながら彼女は話し始めた。

 「私、今日のパーティーをやるって聞いた時にね、おかしいなって思ったのよ。あの人はバーをやるって言ったら絶対にやる、しかも出来るだけ早くやりたがる人だから、何で無駄遣いするんだろうって。だから訊いたのよ、直接。そしたら何て言ったと思う?」

 サキエさんの声が熱を帯びてきている。その理由は分からないが、彼女と同じ疑問を持っていたことは素直に嬉しい――。と、場違いにたるんだ俺の耳に、彼女の言葉が撃ち込まれた。もちろん頭の中で、ボスの声にすぐ変換される。

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 「あの十六万はさ、ゲンが悪いんだよ。自殺未遂された金だろ? そんなのパッと使うに限るんだ。あんな金使ってバーやったらケチがつくよ」

 驚いて、思わず立ち止まった。そして腹が立った。険しい顔つきになっているのが分かる。そんな俺をサキエさんは黙って見ている。

 犯罪で稼いだ金で商売を始めたって問題ない。それくらい、どうってことはない。でも、そんな金にゲンが良いも悪いもあるもんか。じゃあ、俺たちはゲンの悪い金にここまで振り回されてるっていうのか。

 数歩先にいたサキエさんが振り返り、こっちに近付いてくる。微笑みが消えた真剣な顔だ。

 「私もね、お金使っちゃったから、偉そうに言えないんだけどさ」

 「いや、大丈夫です」

 「ごめんね」

 「本当に大丈夫なんで」

 「……」

 「あ、もう一軒行きましょうよ。ここら辺なら店、分かりますんで」

 俺の言葉に返事をせず、くるりと背中を向けてサキエさんはまた歩き出す。数歩進んでから振り返り、真顔のまま手招きで俺を呼ぶ。あと一、二時間で朝が来る路地の、冷たいコンクリートに彼女の影が伸びている。真剣な表情のせいか、下心は発生しない。酔っ払ってんのかな、とよく分からないまま近付くと、今にも泣き出しそうな顔で「私、したのよ」と告げられた。え? と聞き返した俺の顔はさぞかしマヌケ面だったにちがいない。そんなマヌケ面のガキにもう一度サキエさんは言った。

 「あの日ね、私、キヨミちゃんのお父さんとしたのよ」

(第08回 了)

 


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* 『証拠物件』は毎月06日に更新されます。

 

 

 

 

 

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