%e8%a8%bc%e6%8b%a0%e7%89%a9%e4%bb%b6_07_cover_01コウタは大学三年生で、幼なじみのシュンジと〝本部〟に溜まって目的もなく毎日を過ごしている。本部は安アパートの一室。仲間のために部屋を借りたのは二年先輩のボスだ。高校生時代からコウタとシュンジはボスに憧れてきた。その怜悧さや悪の匂いすべてが魅力的だった。そのボスがある儲け話を持ちかける。手っ取り早く金を稼げればそれでよかったのだが・・・。辻原登奨励小説賞受賞作家・寅間心閑による新連載小説!。

by 寅間心閑

 

 

 

 

  四 (上編)

 

 もうパーティーは賑わっていた。

 フリードリンク、フリーフード。御丁寧に煙草とクラッカーまでフリーだ。招待客は四十人。〇時ジャストに行くのはさすがに恥ずかしくて、一時少し前に入った。着いてみて初めて、昔何度かボスに連れてきてもらった店だと気付く。赤い内装のやたらと広いダイニングバー。もう結構人が来ている。

 かなり落とした照明や、クラッカーを連続で鳴らして笑い転げている連中や、低音が強調された音楽のせいで、バーというよりクラブの雰囲気だ。床には吸殻とクラッカーのカス。周りを見渡したが、シュンジの姿はない、はずだ。なにしろ薄暗い中で人がうろうろ歩き回ってるから、顔の見分けがつかない。知っている顔もあるにはあるが、わざわざ挨拶をするような人は一人もいない、はずだ。そして肝心のボス本人の姿も見当たらない。身長百八十七センチが目立たないわけはないので、座っているか外出しているか、のはずだ。

 でもとにかく色んな奴がいる。ざっと男七割女三割。ピザを片手にスマホをいじっているのは背広姿のオッサンだし、流れる曲に合わせてふざけたダンスをしているのは高校生、下手すりゃ中学生に見える女の子の二人組だ。昔から行動範囲の広い人だったが、同じ場所でこれだけの人が混じり合う景色は素直に面白い。

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 まずはビールでも、とカウンターまで行く。スーツの男が二人並んでいた。カウンターの隣には補助のテーブルが出ていて、その上には料理が数種類大皿に盛られて置いてある。パスタ、ピザ、サラダ、フライドポテト、ガーリックトースト、チーズ。「あたたかいスープもあります」と書かれたピンク色の紙。トレーナーにジーンズの地味な女の子が、ガーリックトーストとチーズを皿に取り分けている。ボスとはどんな関係なんだろう。正面からより横顔の方が可愛いその子は、目が合うと小首を傾げて微笑んでくれた。ふとマリア様を思い出す。彼女、今日も出勤してるんだろうか。早々に切り上げて「ラブ・グランデ」に行くのも手だ。今度は失敗するもんか。

 知らない人たちの中に一人でいると、緊張のせいか喉が渇く。やっぱりビールよりジントニックにして、ぐっと一気に飲んじまおうかな。

 いや、正直に言おう。実はさっきから、マリア様やビールやジントニックとは別の部分で、じわじわとある「予想」が形になり始めている。俺の頭が珍しくフルに稼働している。眉にピアスをした従業員の男からビールを受け取る間も、頭はずっと回り続けていた。ある程度までその「予想」の輪郭が出来上がると、それからは早かった。一気に「予想」が「確信」に変わる。そう、俺は気付いちまった。

 「畜生、やられた。マジでやられた」

 思わず口から溢れる言葉。前に並んでいたスーツの男が怪訝な顔で振り向く。知るかボケ。

 ――ボスの奴、こんな抜け道を考えていやがった。

 変な感覚が体内を駆け巡りだす。堪えきれずビールを貰ったその足で、すぐさまトイレに飛び込み鍵を閉めた。とりあえず落ち着きたい。外ではまたクラッカーが鳴らされた。

 細かいことは分からないが、ボスが一つ先の段階に行こうとしているのは間違いない。抜け道使ってさようなら、か。もちろん俺とシュンジは置いてきぼりだ。同じことの繰り返し、繰り返し、繰り返し。ああ、こんな気持ちのままじゃ、また悪い酔い方をしちまいそうだ。きっと、俺の「確信」は正しい。ビールに少し口をつけ落ち着こうとするが、案の定うまくはいかない。

 ――ボスは例の十六万円でこのパーティーを開いた。

 その「確信」には自信がある。本当にうまい抜け道を考えついたもんだ。パッと派手に盛り上げて、おさらばする気なんだ。やっぱり頭のいい人は違う。俺の十六万円は、まだ手つかずで部屋に置いてある。いや、隠されている。あの金は俺が罪を犯した証拠だ。だから隠している。

 そう、あれは犯罪に違いない。清美の親父を罠にはめて、結果自殺未遂まで追いこんだ。あの夜、LINEのグループ「一蓮托生」に集う俺たち五人は犯罪者になった。それは事実だ。事実は消せない。消せないのは俺だけじゃない。ボスもシュンジも清美もサキエさんも同じだ。みんな消せない。けど、やっぱりボスは別格だったんだ。あの人は金を使えた。清美の親父を自殺未遂に追い込み手にした十六万円で、パーティーを開いているんだ。普通じゃない。

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 一息に残りのビールを飲み干す。トイレで苛立ちながら飲むビールは胃に厳しい。やっぱりジントニックにしとくんだった。深呼吸をしたら、痛む胃が熱くなった。俺はガキだから色々と上手くこなせない。こなせないけれど、今夜は悪酔いしないように、それだけは気をつけよう。その程度のハードルならガキにだってクリアできる。今夜はおとなしく飲んで帰るんだ。明日の朝、早く起きて色々と考えればいい。しっかり考えないと、ずっと置いてきぼりだ。それは避けたい。

 ここまで決めると、どうにか落ち着いてきた。よし、と小さく気合いを入れ、俺はトイレを出た。薄暗い店内はさっきよりも騒がしい。

 

 適当に料理を選び席につき、二杯目のビールを飲んでいると声をかけられた。サキエさんだ。今日は初めて会った時と同じ長距離トラックのドライバー風。俺の向かいに座り、フライドポテトを指でつまんで口に運んだ。

 「シュンジ君と清美ちゃんは?」

 「いや、まだ見てないですね」

 「そっか、今日は来ないのかな?」

 「シュンジは来るって言ってたんですけどね」

 この人は共犯者なんだな、と頭の片隅で考えながら、わざとどうでもいい会話を続けていると、タキシード姿のボスがやって来た。もう酔っ払っているようで妙に陽気だ。

 「おお、来てたのか。まあ楽しんでけよ。な?」

 俺が曖昧に微笑むと、一瞬怪訝な表情になった。背中を向けているサキエさんには見えていない。何かを言おうとしているようだったが、離れた席から呼ばれ「じゃ、また後でな」と手を振り行ってしまった。「おーい、ギショウ」とボスを呼んでいるのは三人組の男達だ。上下白のジャージにバンダナ姿のチビを筆頭に、全員遠目で見ても柄が悪い。

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 ギショウ。

 ボスの本名は池田義昭、イケダヨシアキだ。「義昭」を「ギショウ」と読んでいるのか。聞き慣れない呼び名だが、それはお互い様。あの人を「ボス」と呼んでいるのは、俺とシュンジくらいだ。「ギショウ」と「ボス」は同一人物のはずだが、全く噛み合わない。俺たちの「ボス」は、あんなベタに柄の悪い連中に気安く呼ばれたりしないはず……。

 あ、と思わず声が出た。サキエさんがこっちを見る。本当に今日は珍しく冴えている。またひらめいた。きっとあいつらが、オレオレ詐欺の先輩に違いない。あの連中のこと、そしてオレオレ詐欺の件を知っているのかサキエさんに訊きたかったが、何でもすぐ口に出すのは馬鹿っぽい気がして我慢した。代わりにボスのことをどう呼んでいるのかを訊いてみる。フライドポテトを食べながら、少し悩んだ挙句「特には呼ばないかな」と彼女は呟いた。ついでにどういう関係なのかも訊きたかったが、その勇気を出すにはもう少しアルコールが必要だった。もちろん勤めているキャバクラの場所も訊けはしない。

 彼女がデカンタに入った赤ワインを持ってきた。そういえばサキエさんの知り合いは来ていないんだろうか。やっぱりボスとは普通の友達じゃなくて、キャバクラ嬢とその客という関係なんだろうか。

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 クラッカーの音が鳴る度、小さく驚いている彼女の横顔は可愛い。本音を言えば、「清美の先輩風」スタイルが最高に好きだ。あの日の出来事の中で、唯一の良い記憶。グレーのスーツにノーフレームの眼鏡。上品なローヒールに派手すぎないマニキュア。今でも正確に思い出せる。

 二杯目からワインの味が重い。俺はワインだとすぐに酔っ払ってしまう。そう言うと、コウタくんはまだ子供だから、とからかわれた。

 二十三歳。二歳年上の女性。今まで年上の女性を好きになった経験はない。ほとんど同じ歳だ。ジントニックを受け取って席に戻ろうとすると、くわえ煙草のサキエさんが深刻な表情をしていた。テーブルの上の一点を睨みつけているような感じ。このまま席に戻ったら暗い話になるだろう。それは嫌だ。パーティーを、というよりは彼女との時間を楽しみたかったので、そのまま引き返してクラッカーを二つポケットに入れる。

 「俺たちも鳴らしましょうよ」

 そう言ってクラッカーを渡すと「そうね」と微笑んでくれた。せえの、とタイミングを合わせて鳴らすと、あちこちで歓声が起こり、流れている音楽のボリュームが少し上がった。火薬が入っていないタイプらしく、何の臭いもしない。彼女が向かいの席から隣に移動し、「ねえ」と耳打ちをしてくる。その近さに思わず緊張した。

 「このパーティーね、実はあのお金使ってやってんだよ」

 やっぱりそうか、と頷く。俺の「予想」は正しかったんだ。別に驚かない。驚かされたのは次の一言だった。

 「私のお金も一緒に使ってもらったの、あんなお金どうやって使っていいか分かんなくてさ」

 ああ十六万だけじゃ全部フリーは無理ですよね、と動揺のあまり変な返事をしてしまった。この人も抜け道を使って先に行っちまったか、という落胆。やっぱりあの金の扱いに困ってたんだ、という納得。その二つが混じって軽く混乱した。「コウタ君はどうした? あのお金」と訊かれて我に返る。

 「正直困ってんですよね」

 目の前にあったサキエさんのワインを飲み干す。また胃が熱くなる。なんかごめんね、と謝られた。その謝る感じがよく分かってしまい、少しウキウキしてしまった。やっぱり俺、単純だな。店の奥でまたクラッカーが鳴らされる。三発連続。俺は座ったまま、思いっきり歓声をあげてやった。

 

 シュンジは一人でやってきた。清美ちゃんは? と尋ねたサキエさんに苦笑しながら首を横に振る。

 「一緒に行こうって、やっぱり言えなかったんですよ」

 そうだよね、とワインを飲む彼女の顔は少し赤い。いくら酒が強いとはいえ、ちょっとペースが早すぎるような気がする。清美は今、家にいるらしい。パーティーのことすら、優しいシュンジは伝えなかったようだ。

 遺書がなかった件はサキエさんも知っていた。遺書、とはさすがに言いづらいらしくシュンジは「あれ、無くてよかったですね」とアレ呼ばわりだった。彼女がトイレに立った隙にこのパーティーの費用の内訳を伝えると、諦めたような苦笑いが返ってくる。予想どおりの表情だ。やられたな、と顔を近付けると「まあ仕方ないよ」と天井に目をやり、大きく息を吐いた。それでいいのかよ、と言いたかった。

 「それでいいのかよ。このままだと俺たちずっと置いてきぼりだぞ。そんなんでいいのかよ」

 でも、言えなかった。こいつの方がきつい思いをしているからだ。

 清美は爆弾だ。いつ爆発するかは分からないが、必ず爆発する爆弾。爆弾と一緒にいるなんてまっぴら御免だ。しかも清美を爆弾にしちまったのは自分たちじゃないか。俺なら耐えられないだろう。案外、こいつの方がタフなのかもしれない。

 サキエさんが小走りに戻ってくる。革ジャンの下からシャンペンのボトルを出して「こっそり頼んで一本貰ってきちゃった」と笑う。音をたてずに静かに開けて、とシュンジに頼んでいる。

 「コウタ君はもう酔ってるから無理だもん」

 たしかに無理かもしれないが、それは酔ってるからじゃない。今俺にシャンペンなんか持たせたら、思いっきり振って店中にぶちまけちまいそうだ。それを分かってるシュンジはテーブルの下で慎重に栓を抜いている。優しいヤツだ。

 シャンペンは、酔いが回った状態でも意外に美味かった。胃が受けつけないかと思ったが、すんなりと受け入れてくれた。うまいっすね、と呟くと「分かるの、コウタ君」と笑われる。分かりますよ、と反論するのはガキっぽいので、「すいません」とおどけて謝った。

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 シュンジがチーズを持ってきて、サキエさんから投げキッスを貰っている。座ろうとしたが、スマホが鳴ったので再び立ち上がり店の外に出て行った。あいつが出て行ったドアの近くには、床に座り込んでいる連中が五、六人。中には女も一人いる。よく見れば、人数を増やしたオレオレ詐欺の連中だ。さっきから人の邪魔になっているので、ボスが立ち上がるように促すが言うことをきかない。ヘラヘラした厄介そうな笑顔が俺からも見える。埒が明かないと思ったのか、ボスは中腰になり説得を始めた。すると連中の一人が立ち上がり、ボスの頭を軽く小突いた。まあまあ、といった感じでそれをなだめるボス。

 「ギショー、お前何様なんだよ」

 そんな声が音楽に紛れて聞こえてくる。隣でサキエさんもその様子を見つめている。何か話した方がいいのかもしれないが、言葉がちっとも出てこない。ボスはボスだけど、二十三歳のフリーターでもあるし、二十三歳は世間からすればまだガキだ。くだらない先輩に頭も小突かれるだろう。止めに行ってもいいが、きっとボスは嫌がる。あんな姿、俺に見られたくないはずだ。

 そのうち、一人だけいた女が周りをなだめ、オレオレ詐欺の連中は奥のソファー席へと移動した。タキシード姿でペコペコ頭を下げるボスの姿を、俺とサキエさんは無言のまま眺めている。ようやく言葉が浮かんだ。あの連中知ってますか? だ。そう尋ねようとした瞬間、シュンジが席へと戻ってくる。浮かない顔つきでこれから帰るという。

 「悪い、今、清美から電話でさ、あんまり調子が良くないらしいんで帰るわ。ボスにはよろしく伝えといてよ」

 そう言い残して店を出る後ろ姿。大変そうだね、とサキエさんは難しい表情をしている。シャンペンの栓だけ抜いて自分は飲まずに帰っちまった。しかも帰ったら帰ったで爆弾が待っている。それでもちゃんと帰る。あいつはそういうヤツだ。

(第07回 了)

 

* 『証拠物件』は毎月06日に更新されます。

 

 

 

 

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