%e3%82%86%e3%82%81%e3%81%ae%e3%81%8b%e3%82%88%e3%81%b2%e3%81%98_no-09_cover_01おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

ピンクのカーディガン

 

 めざめると、あさでした。あたしのめはまっかでした。ゆめのなかでなきすぎたせいでした。せっかくひさしぶりにゆめのなかのとしょかんにいけたというのに、そしてもくてきのほんをみつけたというのに。まったくこまったまじょです。

 これじゃあ、なんのためのとしょかんなんだかわかりません。

 ん? としょかん?

 「あれ?」

 そのとき、あたしはひらめきました。

 「そうか、わかったわ」

 としょかん、ということばがあたしにかいけつさくをおしえてくれました。そうです、ゆめのとしょかんにはあらゆるほんがあるのです。ということは、とうぜんいつわりのまじょについてのほんもあるはずです。そのほんをみつければ、いつわりのまじょにたどりつける。つまり、おとうさんにたどりつけるのです。

 「おねがい、かみさま」

 あたしは、おいのりしました。べつにどのしゅうきょうもしんじてはいませんけれど、すべてのかみさまにおねがいしました。ミミズのかみさまにだっておねがいしたとおもいます。ミミズのかみさまがいたとしたらのはなしですが。

 「どうか、もういちどあのとしょかんにいかせてくださいませませ」

 ついつい、けいごちょうになっていました。さくやのゆめのせいでした。ドクター・サーベルタイガーのせいです。

 

 「ばっかりあらってるね」

 そんなことを、かなちゃんからいわれたのは、きのうでした。どうやら、あたしはじぶんでもきがつかないうちに、とてもきれいずきになってしまっているようでした。

 なんだか、いつもばいきんがじぶんをねらっているようなきがするのです。のにおいや、もののにおいがみょうにきになるのです。いつもくんくんとじぶんののにおいをかいでしまいます。かなちゃんは、ようすけくんたちのせいじゃないかしら、といいます。

 あれからちょくちょくようすけくんや、あけみちゃんにいやなことをされているからです。さいしょのきっかけをつくったたいきくんは、もうなにもかもわすれているようでした。というより、あたしのことなんかたいきくんは、もともとなんのかんしんもないのでした。

 けれども、ようすけくんとかみきちゃんとか、あけみちゃんはちがいます。ようすけくんは、ほんとうはあのひじぶんがぬかれたせいでまけたのをわかっているはすです。でも、それをあたしのせいにしました。あたしがそのことをいわなかったせいでしょうか、かえってようすけくんはあたしのことをきにしているようなのでした。

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 「べんじょにすんでるやつがいる」

 ようすけくんが、いいだしました。あたしのいえは、べんじょのなかにあるとかいいだしたのです。

 「じゃあ、もちものもべんじょにおいとかなきゃ」

 ようすけくんは、いすにかけてあったあたしのカーディガンをみきちゃんにむかってなげました。

 「これ、べんじょにかえしといて」

 「だめよぉ」

 ってさけびながら、あたしはおいかけましたが、みきちゃんとあけみちゃんはわらいながらトイレにはしっていきました。そして、トイレのゆかにあたしのカーディガンをおいたのです。そのうえをふたりはうわぐつであるきさえしました。

 「やめてよ」

 あたしは、くつあとのついたピンクのカーディガンをあわててひろいました。それは、きょねんおとうさんがかってくれたおきにいりのカーディガンだったのです。ふわふわしたが、とってもきもちいいカーディガンだったのです。いっしょにすいぞくかんにいったひでした。あきだったけど、よくはれていたので、いきはうわぎをきないででたのです。でも、すいぞくかんをでると、だいぶはだざむくなっていました。

 「さむい」

 ってあたしがいったら、おとうさんはちかくにあった、おおがたのショッピングセンターにはいりました。そこで、なんげんかこどもふくのおみせをみたなかで、あたしがいちばんきにいったのが、このピンクのカーディガンだったのです。それをきるときぶんがとってもよくなりました。いっかいのおくにあったフードコートでたべた、ハンバーガーのあじまでが、いつもとはちがってかんじられたほどでした。

 「うれしい、ありがとう」

 そういったあたしのあたまを、

 「そうか、それはよかった」

 と、おとうさんはごしごしとなでてくれたのでした。

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 「いやだいやだ」

 あたしは、トイレからかけだして、うんどうじょうにでると、すいどうをあけました。トイレのすいどうであらうと、またなにかいわれるとおもったからです。みずをぜんかいにして、じゃばじゃば、じゃばじゃばカーディガンをあらいました。めにみえるよごれじゃなくって、めにみえないよごれがいっぱいついたのがわかったからです。そのよごれはあらってもあらってもとれません。こすってもこすってもとれません。ふわふわのは、ぺちゃんこになってしまいました。あたしはなきませんでした。いえ、なけなかったのです。よごれをとらなきゃっていうおもいにとらわれて、あらうのにいっしょうけんめいだったのです。

 「やめろ、なにをやってる」

 たいいくのせんせいが、あたしのてをおさえました。

 「だって、カーディガンが」

 あたしは、それでもあらおうとしました。みずがはねとんで、もうぜんしんびしょぬれでした。でも、そんなことを、きにしているひまなんてなかったのです。

 かなちゃんがせんせいにいってくれたので、ようすけくん、みきちゃん、あけみちゃんはきびしくしかられました。でも、せんせいは、あたしのこともしかったのです。

 「それにしても、あんなおおげさにあらわなくてもよかっただろう」

 なんにもわかってないのです。あたしのカーディガンがあれで、どれだけよごれてしまったのか。そして、あらいながせなかったそのよごれは、あたしにくっついてしまったのです。あたしは、ばいきんにねらわれているとかんじました。

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 それは、もしかしたらやみだったのかもしれません。ようすけくんたちのしうちをきっかけとして、いきをひそめてまちかまえていたやみが、ばいきんというかたちをとって、ゆめのなかからでてきたのかもしれません。おきているときも、あたしにつきまといはじめたということかもわかりません。

 ほんとうにそうなのかはわかりません。でも、ばいきんがまとわりついてくるっていうかんじが、ゆめのなかでやみにからみつかれたときのかんじとにているようなきがするのです。おもいすごしかもしれませんけど。

 とにかく、あたしはそのひからをあらうばかりです。だいすきなねこちゃんをこうえんでみつけても、さんぽちゅうのいぬをみても、まえみたいにすっとだっこしたり、なでたりできなくなりました。ばいきんがつくかもしれないからです。どうしてもがまんできないときは、なでたのひらを、ぎゅっとにぎりしめていえまでかえります。すいどうをひねるときにすこしだけをひらきますが、そのときばいきんがひねるぶぶんにもくっつくのがわかります。だから、をあらいながら、そのぶぶんにもじゃばじゃばみずをかけます。おかあさんがいるときにもそれをやってしまうので、おかあさんにおこられます。

 「あんたはもう、いったいなんかいてをあらってんのよ。みずだいだって、ばかにならないんだよ」

 そうです。おかあさんにも、しょっちゅう、

 「、あらった?」

 ときいてしまいます。いえにかえってきたとき、トイレからでたとき、ごはんをつくっているとき、クッキーをおさらにならべているときでさえ、そのことがきになってしかたがないのです。

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 「うるさい!」

 しまいには、おかあさんもおこりだします。

 「それじゃあ、まるでびょうきだよ。きもちわるいね、このこは」

 きげんのわるいひは、おさらにだしてくれたおやつを、ゆかにたたきつけることもあります。あたしが、

 「ばいきんがついたから、たべれない」

 っていったりするからです。あたしがわるいのです。でも、どうしようもありません。ばいきんは、せかいじゅうにあふれているからです。をあらうことでしか、それをとおざけることはできないのです。

 

 ねむっても、いやなことがつづきました。だれかにおいかけられているゆめがおおかったです。おいかけてくるのは、ナイフをもったさつじんきだったり、ブロックのかたまりをもったおにいちゃんみたいなひとだったり、あたしをさらってとおいところにつれていこうとしているわるものだったりするのです。にげてもにげても、おいかけてきます。たすけて、といってもだれもきてくれません。おまけに、どうやらあたしはきたないものをさわってしまったあとみたいで、のひらをぎゅっとにぎりしめたままなのです。たすけてほしいひとが、いまはあたしをたすけられないのです。たすけてほしいひとを、あたしがたすけなくちゃならないのです。でも、そのひとのところへいけるゆめを、なかなかみることができないでいるのでした。

 

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 きのうだいじけんがおこりました。

 おにいちゃんとおかあさんが、おおげんかをしたのです。

 「まったく、あんたってこは」

 かえってくるなり、おかあさんは、おにいちゃんがみていたテレビをバチンとけしました。

 「どこまで、わたしにめいわくかけたらきがすむんだい」

 どうやら、がっこうでなにかあったようでした。せんせいによびだされて、がっこうにいっていたようなのです。だから、こんなはちじすぎまでおかあさんはかえってこなかったのです。そして、ばんごはんをつくることもわすれて、おにいちゃんをしかりはじめたのです。

 そういえば、あたしが、がっこうからかえったとき、すでにおにいちゃんはいえでテレビをみていました。へやのとをしめていたし、わざわざこえをかけてめんどうなめにあうのもいやだったので、あたしはだいどころでしゅくだいをしたり、かりてきたほんをよんだりしてすごしていたのです。

 だんだんくらくなってきて、おなかがすいてきましたが、おかあさんはなかなかかえってきませんでした。

 「どうしたのかな、ざんぎょうかな?」

 ってあたしおもっていたのでした。そして、おおきくあいたドアからテレビのへやをのぞいて、あたしはびっくりしました。おにいちゃんが、あかかったからです。、でした。おにいちゃんのあたまにも、かおにも、ふくにも、がべったりついていたのです。

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 「ねえ、どうして、あんなことしたのよ」

 おかあさんは、おおきなこえでどなっています。おにいちゃんは、テレビがなくなって、とまどっているようでした。テレビのなかにいきているのに、テレビがきゅうにけされたから、じぶんがどこにいるのかわからなくなったのかもしれません。

 おかあさんが、おにいちゃんをどんとつきました。

 「なんとかいえよ、こら」

 すると、おにいちゃんが、いいいいいいーっという、あのきみょうなさけびごえをあげたのです。そして、いきなり、おかあさんのおなかをけったのです。おかあさんは、よろけて、うしろのはしらにあたまをうちつけました。

 「あ、だめ」

 あたしは、あわててかけつけました。

 「おかあさん、だいじょうぶ」

 「けいさつよんで」

 おかあさんは、あたしにいいました。

 「え、どうして」

 「こわいのよ。あたし、このこがこわい。わからなくて、こわくてしょうがない」

 おかあさんは、ふるえていました。おにいちゃんが、いったいなにをしたのか、あたしにはわかりません。でも、あたしががっこうでようすけくんたちにいやがらせをされるのは、おにいちゃんのせいもあるのです。おにいちゃんは、ろくねんせいのあいだでは、きけんじんぶつとされているからです。じゅぎょうちゅうに、トイレにこもって、さけんだりすることもあるのだそうです。

 「えたいがしれない」

 とか、

 「きみがわるい」

 とか、いろいろいわれているようです。でも、あたしには、おにいちゃんのきもちがはんぶんはわかります。こわいのです。さびしいのです。つらいのです。くるしいのです。こころが、いたくていたくてしかたがないのです。あたしには、それでもかなちゃんみたいなみかたがいてくれます。でも、おにいちゃんには、だれもみかたがいない。いもうとの、あたしですら、ちかづこうとはしないくらいなのですから。

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 おかあさんは、ドアをびしゃっとしめました。あたまのうしろにはたんこぶができていました。

 「だいじょうぶ?」

 と、あたしはたずねました。

 ほんとうは、おかあさんがいえにかえってから、をあらっていないことが、きになってしかたがなかったのです。でも、いまはそんなことをいっているばあいではありませんでした。おかあさんは、れいぞうこからほれいざいをだしてきて、それをタオルにつつんで、あたまのうしろにおくと、さっさとねてしまいました。

 けっきょく、ばんごはんはたべられませんでした。でも、あたしとしても、をあらわないおかあさんがつくったごはんは、たべたくなかったので、そのほうがましだとおもいました。れいぞうこをあけると、チーズと、とうふがあったのでそれをたべました。チーズをかじりながら、おとうふをスプーンでたべたのです。べつにおいしくもなんともなかったけど、おなかがすいているかんじはなくなりました。

 「おかあさんが、しにませんように。おにいちゃんが、だいじょうぶでありますように」

 あたしは、そんなふうにおいのりをしました。そして、おふろにもはいらないで、がっこうにきていったふくのままでふとんにはいりました。

(第09回 了)

 

* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

 

 

 

■ 遠藤徹さんの本 ■

贄の王 姉飼 角川ホラー文庫

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■