池田浩さんの文芸誌時評『No.016 三田文学 2016年秋号』をアップしましたぁ。池田さんは『漫画雑誌の売れ行きが低調だそうだ。ついにそこまで、と思う。その赤字を漫画単行本が支えているという。ちょっと前の文芸誌の状況に近い。(中略)ある業界がつぶれる、というのは完全な代替物が現れたときだ。もしそれに代替されない部分がほんの少しでもあるなら、そこを肥大化して生き残り、また違うかたちで最盛期を迎えるということもあり得る』と書いておられます。

 

純文学系の文芸誌が今まさにこれで、『もしそれに代替されない部分がほんの少しでもあるなら、そこを肥大化して生き残り、また違うかたちで最盛期を迎え』ようと試行錯誤している最中です。ただ多くの読者は昔ながらの〝文学らしさ〟に飽き飽きしています。もちろん長い歴史を持つ文学がそう簡単に変わるはずもないですが、一昔前の栄光をなぞっているような作品がとても多い。だけど〝一昔前〟じゃダメ。うんと遡って本質に届いていて、多くの読者が『ああこりゃ本物だ』と認めるか、あるいは『なるほど時代は変わったんだね』と納得するような新しさを持った文学でなければ、今の読者の興味を惹き付けられないと思います。

 

ざっくりとしたことを言えば、文学が売れないので業界全体が縮こまりがちです。何が売れるかわからないので自信をもって新人発掘ができない。マジっすかという人選をしてもたいてい失敗する。自然と実績ある中堅作家に頼りがちになるわけですが、安全パイはどうひっくり返っても安全パイ以上の結果が出ない。この閉塞した状況を変えてやるといった、勢いのある編集者に雑誌を任せた版元もあるんです。でも成功しない。試行錯誤は繰り返しているのですが、大きな盛り上がりを作れないのが今の文学業界です。

 

もちろんほおっておいても状況は変わりませんから、さらなる手を打っていかなければなりません。それには作家の側の意識改革も必要でしょうね。まあはっきり言うと、メディアが強力にプッシュしたシンデレラボーイ、ガール作家はいますが、かつてのように長くは続かない。ただ作品を書いて、それを誰かさんが上手に売ってくれると期待できる時代ではないのです。同時代の状況を認識し、その中でどうやって自分の作品をアピールしてゆくのか、作家自身が長い見通しを持って考えなければならない時代になっています。本が売れなければ文筆の収入などはなっから期待できない時代です。厳しいことを言えば、深い絶望を経た作家しか、書き続け読み続けられる作家になれない時代かもしれません。

 

 

池田浩 文芸誌時評 『No.016 三田文学 2016年秋号』 ■

 

 

第04金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

第04回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項です。詳細は以下のイラストをクリックしてご確認ください。

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