第五回 青、呼吸せず

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『グラン・ブルー』(1988 フランス・イタリア映画)

監督 リュック・ベッソン

 

 

 どの世界にも通好みという基準がある。これが粋というところに落ち着く趣味のよさなら文句はないが、「好み」という個人的な感覚を示唆しておきながら、なにかその美意識に与しないとモグリの扱いを受けかねないというような迷惑千万な圧力が、残念ながら確かに存在するのである。気の毒なのはそういった「通人」に選ばれてしまう作品のほうで、天邪鬼としてはそういう野暮な連中が好む映画というだけで、なんだかつまらない作品であるように思われてしまう。

 

 リュック・ベッソンの「グラン・ブルー」(1988、仏・伊)などはその好例であろう。二人のダイバーの友情と、男同士の友情につきもののほろ苦さを軸に展開する物語は冗長というほかなく、いったいこの映画は何を語りたいのだろうと思案にくれ……ようにも完全版に至っては三時間もあるのだからなかなかの苦行である。しかし当初酷評されたこの作品は若者を中心にいわゆる「カルト映画」になり、驚異的な興行成績を収めることになる。なるほどこの映画の青、青、青と、底のない海にひたすら潜ってゆく男たちの無呼吸状態、そして水面に帰りついた瞬間の生のよろこびには確かに惹きつけられるものがないではない。それに映画館で恋人の肩に手をまわして唇を重ねるには、巨大な水槽の前にいるような気分にさせてくれるこの作品はなかなかうってつけであろう。

 

 ともかくこのような来歴を持つ作品なので、日本でも「グラン・ブルー」は自動的に「カルト映画」となり、フランス人がよいと言えばなんでもよいと信じる一部の「痛」、もとい「通」な人士の熱狂的な支持を集めることとなったわけである。本国のファンは「ジェネラシオン・グラン・ブルー」などと言われたそうだから日本のファンはさしずめ「グラン・ブルー族」とでもなろうが、その意味ではむしろ「太陽の季節」や「狂った果実」(共に1956、日)でヌーヴェル・ヴァーグに影響を与えたとさえ言われる一世代前の「太陽族」のほうがいなせかもしれない。

 

 だが憎まれ口はこのくらいにしておこう。「グラン・ブルー」の成功がなければ、ニキータ(1990、仏)とレオン(1994、仏・米)という二大傑作も生まれなかったかもしれない。自身の短編映画を膨らませた事実上のデビュー作「最後の戦い」(1983、仏)で、どこかクリス・マルケル監督「ラ・ジュテ」(1962、仏)を思わせる閉塞感の漂う世界で繰り広げられる際限のない殺し合いを描いたベッソンは、本来的に戦闘を描くことを本領とする作家であろう。なるほど「グラン・ブルー」にも心理的葛藤という戦闘はたっぷり描かれるが、「フィフス・エレメント」(1997、仏)や「ジャンヌ・ダルク」(1999、仏・米)の騒々しく、あるいは血なまぐさい戦闘のほうが説得力があることは否めない。そしてそのような映画においても、この監督が青を多用していることには注目してよいだろう。ベッソンにとって戦闘とはつねに個人的なもの、精神的なものでもあり、その逃げ場のない、果てしない死闘を表現するには、どうやら青という色がいちばんしっくり来るらしいのである。

 

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左上から時計回りに『グラン・ブルー』(1988年)、『ニキータ』(1990年)、『ジャンヌ・ダルク』(1999年)、『フィフス・エレメント」(1997年)スチール

監督 リュック・ベッソン

 

 青を多用するといえば、スティーブン・ソダーバーグ監督も忘れてはなるまい。初の長編「セックスと嘘とビデオテープ」(1989、米)でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを最年少受賞した後、商業的には苦境に立たされていたソダーバーグが一気にその地位を不動のものとしたのは、アカデミー監督賞に輝いた「トラフィック」(2000、米)によってである。

 

 麻薬密輸をめぐる人々の群像劇である本作は三つの物語を交互に語り継ぐ構造になっているが、物語の切り替わりを示唆するのは画面の色使いである。カリフォルニアの密売人と麻薬捜査官の対決を描く物語は露出をあげた暖色を用い、メキシコの国境沿いで活躍する麻薬捜査官の物語はタバコ色のフィルターをかけられ、全体的に黄味がかっている。そして首都ワシントンDCで展開する中心的な物語では、撮影にタングステン製のフィルムが用いられ、画面が冷たい静けさに包まれるのである。これは麻薬撲滅担当として大統領補佐官を務める判事の娘が、いずれも富豪の子弟である同級生たちと麻薬に溺れているという皮肉な現実と見事に照応する色合いであろう。

 

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『トラフィック』(2000 アメリカ映画)スチール

監督 スティーブン・ソダーバーグ

 

 ところでトルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』(1958)の主人公ホリー・ゴライトリーは独自の色彩感覚によって、悲哀の「青」の上位に「赤」を置いた。ホリーにとって赤の意味するところは、オードリー・ヘプバーン主演の映画版(1961、米)でも語られている。

 

Holly Golightly: You know those days when you get the mean reds?

 

Paul Varjak: The mean reds. You mean like the blues?

 

Holly Golightly: No. The blues are because you’re getting fat, and maybe i t’s been raining too long. You’re just sad, that’s all. The mean reds are horrible. Suddenly you’re afraid, and you don’t know what you’re afraid of. Do you ever get that feeling?

 

ホリー:嫌な赤がくるときってあるでしょう?

 

ポール:嫌な赤? ブルーになるってこと?

 

ホリー:違うの。ブルーになるのは、太ってきたからとか、何日も雨が続いているからでしょう。ただ単に悲しいだけよ。嫌な赤は恐ろしいの。突然、怖くなって、しかもどうして怖いのかわからないの。そういう気持ちになることない?

 

 この、重ね塗りされたブルーとしての赤は、カポーティ文学を貫く感情のひとつと言ってもよいかもしれない。もっとも銀幕の「ティファニーで朝食を」は原作とは違いお気楽な娯楽作品になっているし、オードリーも嫌な赤にとりつかれるような人間には見えないので、映画で原作の色合いを再現することは難しかったようだ。もしカポーティの望み通りマリリン・モンローが主演していたら、話は別だったかもしれないが。

 

 一方、反対に主演女優の気質を存分に生かして「青」の描写に成功した映画に、ベアトリス・ダル主演「ベティ・ブルー 愛と激情の日々」(1986、仏)がある。この作品は「カッコーの巣の上で」(1975、米)と共にミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール」(2012、仏・独・オーストリア)に影響を与えていると思われる点でも興味深いが、主演女優が作品の結晶化に寄与している度合いでもまた抜きん出ている。映画のポスターに使われているダルの写真も撮りおろしではなく、オーディションに送られてきた女優本人のポートレートなのである。

 

 作中、刹那的で暴力的なベティは恋人ゾルグから作家の才能を引き出すが、自らは母になるという希望を叶えることができなかった。精神が限界を超えたベティは自らの目を抉り、「青」に「赤」を重ねたまま、病院で薬漬けとなってしまう。ゾルグにできることは彼女を楽にしてやることだけであった……。と、以上が映画のなかのベティ=ダルの姿だが、現実世界でも彼女の直情径行で奇行の目立つことはよく知られており、万引きや暴行で逮捕歴多数、強姦の罪で服役中の男性との獄中結婚、死体安置所でのアルバイト中に死人の耳を食べたことがあると公言するなど、どうも「青」だの「赤」だのでは済みそうもない。

 

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『ベティ・ブルー 愛と激情の日々』(1986 フランス映画)スチール

監督 ジャン=ジャック・ベネックス

 

 さて、映画のなかの「青」を追い求めているとどうにも気分が暗くなってくるが、最後に「青」はまた希望の下地でもあることを思い出しておこう。あのビートルズがアニメの世界に進出した「イエロー・サブマリン」(1968年、英)には、音楽を毛嫌いする否定的な集団「ブルー・ミーニーズ」が登場する。しかしついにすべてを肯定する音楽のよろこびに開眼した彼らの青い肉体には、一面に花が咲き乱れていたのである。

 

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『イエロー・サブマリン』(1968 イギリス映画)スチール

監督 ジョージ・ダニング

 

大野ロベルト

 

 

 

 

 

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