山本俊則さんの美術展時評『No.060 日伊国交樹立150周年記念 カラヴァッジョ展(後編)』をアップしましたぁ。山本さんは『カラヴァッジョは〝カラヴァッジョ的定型表現〟の中では最も上手い画家だった。完成された技法を持っていたので逃亡中も素早く絵を仕上げることができた。X線調査などでも明らかになっているが、彼は下絵を描かず、カンヴァスに直接絵の具を塗って絵を描いた画家だった。だからカラヴァッジョの画家としての成熟は技術的な点にはない。芸術家であり職人(アルチザン)でもある彼の矜持と、クライアントからの要請が絵に深みを与えてゆく』と書いておられます。唯一無二の個の自我意識中心の〝天才神話〟は、19世紀以降の現代的概念だといふことです。

 

 飛びきり良い腕を持っていたが、カラヴァッジョがその画才をもって貴人たちの世界に近づこうとした気配はない。画家を含む当時の職人(アルチザン)全般の特徴だとも言われるが、気ままで自由で無頼な生活を好んだ。ただカラヴァッジョは意固地な画家でもあった。貴人からある画題の絵を依頼されても、有無を言わせぬ完璧な絵の中に彼の解釈を盛り込んでいる。社会的地位は低いが恐ろしく頭の高い画家だったと言ってもいい。

 カラヴァッジョの活動期間は短く作品数も少ないが、その画風は後にカラヴァジェスキと呼ばれる大勢の追随者を生んだ。しかしカラヴァッジョの〝解釈〟を模倣した画家たちの作品は遠く彼には及ばない。絵の中に解釈を支える強い精神が見えないのだ。例外はジョルジュ・ド・ラ・トゥールくらいかもしれない。ラ・トゥールが模倣したのはカラヴァッジョの技法であり、それを恐らく彼の敬虔な宗教心を深めるために活用した。

(山本俊則)

 

社会的身分の高低に関わらず〝頭の高い画家〟はいますねぇ。日本では浦上玉堂などがそんなタイプの画家でしょうか。カラヴァッジョも玉堂も、あえて新奇な画風を追い求めた作家ではありません。しかし彼らの絵に対する確信的〝解釈〟が、結果として新たな画風を生み出しました。技法を真似るだけではそういった表現の高みには近づけないのでありますぅ。

 

 

山本俊則 美術展時評『No.060 日伊国交樹立150周年記念 カラヴァッジョ展(後編)』 ■

 

 

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