証拠物件_05_cover_01コウタは大学三年生で、幼なじみのシュンジと〝本部〟に溜まって目的もなく毎日を過ごしている。本部は安アパートの一室。仲間のために部屋を借りたのは二年先輩のボスだ。高校生時代からコウタとシュンジはボスに憧れてきた。その怜悧さや悪の匂いすべてが魅力的だった。そのボスがある儲け話を持ちかける。手っ取り早く金を稼げればそれでよかったのだが・・・。辻原登奨励小説賞受賞作家・寅間心閑による新連載小説!。

by 寅間心閑

 

 

 

 

  三 (前半)

 

 シュンジはまだ疲れていた。あまり寝てないのか、と尋ねると苦笑いしながら頷いた。結局「本部」に二泊したという。ろくに食べていないのか、元々痩せている身体が更にほっそりしたみたいだ。

 清美の父親が自殺未遂をしたというメールが来てから二日後、清美以外の共犯四人は夕方五時に「本部」に集まった。犯行当日からは十日経っている。「もう」十日なのか、「まだ」十日なのか俺には判別がつかない。ただ、時間の感覚が通用しない出来事だと理解できた。

 あの夜、ネットカフェで清美が落ち込んだという話や、サキエさんの「心が痛んだよ」という言葉によって、俺は徐々に後悔をしていた。そこへ重ねて、清美の父親が自殺未遂。何て言うか、とどめを刺された感じだ。シュンジも清美もサキエさんも同じだろう。ボスは、と考えてみる。

 ボスは、後悔してなさそうだ。もしかしたらあの十六万円に手をつけたんじゃないか。ありえる話だ。さすがオレオレ詐欺、とぶちまけたいがボスばかりを悪者にはできない。いや、症状は俺の方が重い気がする。

 客観的に考えるまでもなく加害者は俺たちだ。それは覆しようのない事実だと理解しているのに、実はどこかしっくりきていない。自分たちが仕組んだくせに、何か交通事故にでも遭ったような、いきなり後ろから追突されたような、妙な被害者意識が俺にはある。悪いのは俺たちなんだぞ、と声に出さず呟いてみても、あまりピンとこない。

 サングラスをかけたままのボスの横顔。招集をかけた本人が、一番遅れてやって来た。一番悪いのはあんただぞ、とまた声に出さず呟いてみる。これはピンときた。遅かったじゃない、とサキエさんに文句を言われながら腰をおろしたボスは、シュンジから清美の様子について報告を受けている。

 ターゲットの山中良次・五十歳は、自宅の近所のマンションから飛び降りた。高さは四階。俺は死ぬ気があるならもっと高い建物を選べばいいのに、と言いたかったがサキエさんの手前、遠慮した。不謹慎な発言なんかで嫌われてもつまらない。よく聞き取れなかったが、症状はナントカ破裂骨折。ハレツ、という響きがとても痛そうだ。まだ清美はターゲット、つまり父親と会っていないらしい。面会謝絶なの? とサキエさんが訊いて、シュンジは「分かりません」と答えた。

証拠物件_05_01

 黙って会話を聞きながら、ひとつ気付いたことがある。こいつも清美から聞いたことを喋っているだけなんだ。何となくシュンジは色々と知っているような気がしていたが、こいつだって情報を持っているわけではない。

 ターゲットについての報告が終わると、ボスが「四階かよ」と呟き煙草に火を点けた。思わずサキエさんの顔を見たが、特に何の反応もない。シュンジはそんな声を無視して、清美の様子について喋り始めた。

 昨日、言い換えればターゲットの自殺未遂が発覚した翌日、シュンジは清美と会った。

 「昼間、何か食べようと思って外をブラブラしてたら、あいつから連絡が入ったんだ」

 そう言った後、沈黙が続いた。とても辛そうな表情。まさか泣くんじゃないだろうな、と怖くなった。誰か一人でも泣いたりしたら、ギリギリのところで保たれているバランスは崩れてしまう。その結果どうなるかは想像もつかないが、とにかくそんな場に居合わせたくはない。

 おいシュンジ、というボスの声で話が再開する。清美は一目で分かるほど混乱していて、家に入ってくるなり大声で泣き出し、それは三十分も続いたらしい。

 「人間ってここまで泣けるんだな、ってくらい泣き続けるんだ、驚いたよ本当」

こんな話を聞くのは、正直なところ苦痛で仕方がない。長々と遠回しに責められてるみたいで、どんどん辛くなってくる。

 「とりあえず生きてたんだからいいじゃねえか。脅し取った金でパーッと飲みに行こうぜ。そんな辛気臭い話はもうやめろ」

 ボスがそう言ってくれたらどれだけいいだろう。だが願いは届かず、シュンジの報告はまだ続く。

 清美は結局泊まっていったが、ほとんど何も喋らなかった。翌日の昼過ぎ、清美は何も言わずに出て行こうとした。「病院か?」と尋ねると「お母さんが心配だから」と言い残して部屋を出て行った。そして夜に戻ってきて今朝まで、何も喋らない時間を過ごしていたらしい。

 「清美ちゃんは自分を責めてるんでしょ?」

 サキエさんが俺の目を見ながら言うので、思わず「はい」と頷いてしまった。実は黒いタートル越しの胸のラインが、さっきから気になっている。遺書は? とボスが訊いて、またシュンジは「分かりません」と答えた。今日何度目の「分かりません」だろう。

証拠物件_05_02

 ――遺書。

 そうだ、遺書の内容次第で話はより厄介な方向に進んでしまう。たとえば馬鹿正直な内容、つまり娘の友人と云々……なんて書いてあると最悪だ。自殺を試みた瞬間に、「ターゲットは口が堅い」という大前提は崩れてしまったのかもしれない。しかも、未遂。死ななかった。これから何度でも自殺の「理由」を口にする機会はある。一度でも話されたらそこまでだ。

 他の可能性だってある。良心の呵責に耐えかねた清美が、自分から全部話してしまわないとも限らない。十七歳の不良娘の器はそんなに大きくないだろう。

 サキエさんはさっきから清美の身を案じている。シュンジはそれに対して、暗い顔で相槌をうっている。ボスはあまり普段と変わらない。一度スマホが鳴ったが、ちらりと視線を落としただけで出なかった。オレオレ詐欺の仲間からだな、と直感したが理由はない。そう思うことで、一番悪いのはボスだと思い込みたかっただけかもしれない。

 家賃二万二千円、四畳半の部屋でも、窓の外が夜になりかけていることは確認できる。時間は六時少し過ぎ。まだ一時間しか経っていなのに、話が尽きてきた。共犯者同士で話せることは、意外と少ないのかもしれない。とりあえず、とボスが話をまとめた。

 「とりあえず、様子を見ることしか俺たちには出来ないからな。落ち着いた態度でいるように気をつけようぜ。最悪、自滅だけは避けような」

 

 「本部」を出た後にすぐメールが入った。ちょっと軽く飲まないか、とボスからだった。俺もまっすぐ帰る気にはなれなかったので、すぐに合流する。本当は黒いタートル姿のサキエさんも誘ってほしかったが、その願いは叶わなかった。シュンジは誘いを断ったらしい。

 何となくいつものダーツバーに入り、何となくビールを頼んだ。他の客の姿はなく、ボスがマイダーツを取りに行くと一人きりになる。ターゲットの自殺未遂発覚前夜も、俺たちはここでダーツをやってたんだ。そして次の日の昼、シュンジは悪い報せで起こされちまった。

 清美の親父が自殺未遂。

 俺は、自殺なんかする奴は放っておいた方がいいと思ってる。別に興味もない。死にたい奴は死ねばいい。一番嫌いなのは、自殺未遂の経験を他人に話してるようなクズだ。黙って死ねばいい。人間黙っていられない瞬間だってたしかにあるが、死にたい奴にそんなことを言う資格はない。本末転倒だ。

 しかし、清美の父親の場合は違う。

 俺たちがあの計画をたてなければ、自殺なんて考えもしなかっただろう。それは、俺たちが殺した、いや未遂だから俺たちが「殺そうとした」と言い換えられるんじゃないか。

 その考えはずっしりと重かった。

証拠物件_05_03

 ボスは戻ってきてゼロワンをやりたがったけど、面倒くさかったのでカウントアップにした。ダーツマシンにコインを入れるボス。よくふざけて、コインを入れている奴にダーツを投げる真似をするが、今はそんな気分になれない。他人が死ぬのは他人の話だが、他人を殺したらそれは自分の話だ。

 結局ゲーム一回、ビール一杯で店を出た。オレオレ詐欺については何も訊かなかった。ボスが本当にやっていても構わないが、その事実を知るのはもう少し後でいい。今の俺には受け入れる余裕がない。

 

 家に帰った三分後、またすぐに外へ出る羽目になった。珍しく、というか初めて清美から電話がかかってきた。まず声が変だった。感情がない、と言えばいいんだろうか。機械的というのとも違う。ただ単語を繋ぎ合せているだけの起伏が少ない声。とにかく、気味の悪い声。

 「シュンチャン、ソコニイナイ?」

 その問いかけには答えず、逆に清美自身の居場所を尋ねると「分カンナイ」と返された。こいつ自殺するかもな、とふと思い、その予感は頭の中をぐるぐる回り始めた。父親をはめた自己嫌悪から自殺。十分ありえる。

 電話の向こうの音から察するに、今は外にいるらしい。家の近くか? となるべく焦りを隠しながら訊いてみる。籠城した犯人を説得する時は、こういう声を出すのだろう。その問いには答えずに「シュンチャンシュンチャン、迷惑シテル?」と清美が言う。俺とシュンジを勘違いしているのかな。本当に気味が悪い。

 「そこの近くって煙草売ってるか?」

 答えはない。

 「今切れちゃってんだよ煙草、うちの近くの自販機全滅でさ、そこあんだろ? 自販機」

 自分でも何を言ってるか分からなかったが、とにかく電話を切ってはいけないと話を伸ばした。誘拐犯と電話をしている被害者家族みたいだ。いい話題が思いつかず煙草の話になっちまったが、意外にも清美はそれに応答した。

証拠物件_05_04

 「自販機ハアルケド、小サイノガ一ツダヨ」

 「何でもいいや、悪いけど買ってきてくんないかな」

 「エー、コウタ君家ッテサ、中野デショ」俺が誰だかは分かっているらしい。

 「そんなに時間かかんないだろ」

 「カカルヨ、荻窪カラ行ッタコトナイシ」

 荻窪か。シュンジの家は荻窪だ。ということは、その近くにいる可能性が高い。清美と喋りながら家を出る。とりあえずあいつの家の近所まで行ってみよう。外はもう暗い。タクシーに乗り、スマホのマイクを指で塞ぎながら「荻窪まで」と運転手に告げる。車の時計で今が七時半だと知り、少し苛立った。本当なら今頃、家で横になってテレビでも見ていたはずだ。

 「今日あいつと約束してたのか?」

 「別ニシテナイケド、電話シテモ全然出ナイカラ」

 さっきのシュンジの辛そうな顔を思い出した。まさか、あいつまで自殺するつもりじゃねえだろうな。

 受話器の向こうの清美と、連絡がつかなくなっているというシュンジ。一気に二人も自殺しそうな奴が身の回りに現れたってことか。最悪だ。

 「ジャ、マタ後デ電話スルネ」

 危うく聞きのがすところだった。今はまず清美を引き止めることに集中しなければ。

 「違うよ馬鹿、煙草だよ、そこの自販機には何が売ってんだよ、銘柄銘柄」

 電話を一方的に切られたら、俺からかけても二度と出ないだろう。幸いタクシーは信号や渋滞に捕まることなく、順調に進んでいる。どうにか煙草の銘柄だけは確認させたが、まだ荻窪には着かない。

 「この間みんなで集まった時さ、お前、銀行のカード忘れて帰っただろ」

 もう嘘をつくしかない。

 「エ、私ジャナイヨ」

 「嘘だよ、お前のだったぞ、ちゃんと確認しろよ」

 「私ジャナイッテ」

 「大事なカードだろ、悪用されたらどうすんだよ」

 清美はぶつぶつ言いながら確認しはじめた。ただチョット待ッテと電話を傍に置いて確認を始めたらしく、会話が出来なくなっちまった。もしもし、と呼びかけても返事はない。イライラする。清美の声が聞こえない中、ようやく荻窪駅前に到着した。タクシーだと二千円近くかかるのか。馬鹿らしい。勢いをつけて車から降りると、もうすっかり夜だ。駅から出てくる人、バスに並ぶ人、買い物をしている人。こんなくだらない事で焦っている人は、俺だけだろうと思いながら小走りになる。とりあえずシュンジの家を目指そう。

証拠物件_05_05

 「大丈夫ダヨ、私、カード全部アルモン」

 ようやく清美との会話が再開した。シュンジの家まで駅から七、八分。清美との会話に支障をきたさない程度に、走るスピードを上げてみる。

 「お前、今日電車で荻窪まで来たんだろ」

 「ウン、ナンカ妙ニ混ンデタヨ、電車」

 きっと荻窪駅からシュンジの家までの間に清美はいる。煙草の自販機を発見した。小さいのが一つ。清美が言っていたのは、この自販機だ。

 「チョット私、モウ一度シュンチャンニカケテミル」

 まずい。もう少し、あと少しだけ引き伸ばさないと。「痛っ、痛ててて!」と大声を出してみる。生涯初の迫真の演技は、どうにか効果を発揮してくれた。

 「ドウシタノ、何? 何? 大丈夫ナノ?」

 慌てると、少しだけいつもの声に戻るらしい。「痛え、ちょっと待ってくれよ」と苦しそうな声を出しながら走る。次の角を曲がると小さな公園だ。その次の角を右だっけ、左だっけ。実家ならまだしも、シュンジが一人暮らしをしている家には、数えるほどしか行ったことがない。

 「あれ、ガラス踏んじゃったかもしんない、すげえ痛いわ」

 新しい嘘をつきながら角を曲がると、小さい公園のベンチに座っている清美が見えた。夜の公園に一人で座っている姿は不気味で、全然知らない他人みたいだ。俺は電話を切り駆け寄った。驚いている表情。顔が赤い。清美はかなり酔っ払っていた。

 

 頼むぜ本当に、と呟きながら近付く俺に「ビックリシタァ」と清美が言う。面と向かって喋っていても、やはり気味の悪い声だった。あまり乱暴に接すると更にややこしくなりそうだったので、努力して優しく話しかけたが、内心はかなり苛立っていた。自分の女だったら頬を張ってるところだ。そんな気持ちが伝わるのか、清美は俺から視線を逸らし、気味の悪い声のまま話し始めた。

 シュンジの家でずっと帰ってくるのを待っていたが、なかなか帰ってこないので酒を飲んでいたら酔っ払ってしまい、電話をかけてもつながらないので俺に連絡をした。

 たったそれだけの内容を五分以上もかけて清美は話した。シュンジは気を遣って「本部」に行くとは言えなかったんだろう。学校へ行くとか適当な嘘をつけばいいのに、優しいあいつにはそういうことが出来ないんだ。

証拠物件_05_06

 なかなか進まない清美の話に付き合いながら、俺は自分がこれ以上腹をたてないように呪文を唱え続けた。

 こいつの父親を自殺未遂に追いこんだのは俺たちなんだ

 こいつの父親を自殺未遂に追いこんだのは俺たちなんだ

 こいつの父親を自殺未遂に追いこんだのは俺たちなんだ

 この呪文のおかげで、俺はどうにか我慢できた。我慢の後に申し訳なさも感じたし、申し訳なさの後に可哀相だなと思ったりもした。

 一番気になる事柄なので、慎重にタイミングを見計らいながら「遺書はあったのか?」と尋ねた。赤い顔をして地面をぼんやり見ていた清美は、俺がそう訊いた直後に突然大声をあげて泣き出した。

 慌てて肩に手を置き謝ったが効果はない。俺の手を振りほどいて立ち上がろうとする清美の力は、驚くほど強くてそれも気味が悪かった。押さえつけるようにしてどうにかベンチに座らせたが、大声で泣き続けたままだ。シュンジの家で三十分も泣き続けた、という話を思い出してげんなりした。こいつ、また延々と泣くんじゃないだろうな。

 夜の公園で大声で泣き喚く女と、その隣りでおろおろしている男。情けない眺めだ。恥ずかしいし面倒くさいしイライラする。五つ数えても泣き止まなかったら仕方ない、頬を張ろう。そう決めて清美の耳元でカウントを始めた。

 「一」まだ泣き止まない。

 「二」まだ泣き止まない。

 「三」顔を上げたが、まだ泣き止まない。

 「四」ナニ、ドウシタノ? としゃくり上げながら尋ねてくる。

 セーフだ。よかった。俺だって暴力なんか振るいたくはない。こいつの頬を張ったら、シュンジに軽蔑されるんだろうな。そう思ってハッとした。そうだ、あいつだってまずい状態かもしれないんだ。

 急いで電話をかける。清美とはまた違った種類の機械的な声が聞こえた。

 オカケニナッタ電話ハ、電波ノ届カナイ場所ニオラレルカ、電源ガ入ッテイナイタメカカリマセン。

 何だよ、あの馬鹿。

 「とりあえず家に行ってみよう。もしかしたら寝ちゃってるだけかもしれないしな」

 清美にはそう言ったが、その可能性は無いと分かっていた。ソウダネ、と清美はさっきまで泣いていた記憶を失くしたみたいに立ち上がる。やっぱり気味が悪い。

 公園から三分、あいつの家は二階建てのアパートの一階だ。清美は迷わず一番奥の部屋のチャイムを鳴らした。当然反応はない。部屋の電気も消えている。念のため清美の持っている合鍵でドアを開けたが、中には誰もいなかった。

 これから捜すといっても「本部」くらいしか思いつかない。ボスに連絡しようかと思ったがやめた。「放っとけ」と言われるのがオチだ。面倒くさいことになってきた。シュンジを捜すだけならまだしも、清美がいる。酔っ払って気味が悪い清美を置いていくわけにはいかない。家に帰ってくれると助かるんだけどな。

 「お前、家に帰ってろ。俺が捜してみるからさ」

 予想通り清美は首を横に振り、「私モ一緒ニ捜ス」と言った。もう少し説得しようかと思ったが、また泣き出されても困る。次は絶対にこいつの頬を張ってしまうだろう。そう予想し、俺は説得を諦めた。

(第05回 了)

 

* 『証拠物件』は毎月06日に更新されます。

 

 

 

 

 

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■