ゆめのかよひじ_No.08_cover_01おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

こうつうじこびょうとう(後編)

 

 「あの」

 あたしは、おもわずそのヤマネコのかおをしたドクターにたずねていました。

 「ここはびょういんですよね」

 「いかにもそうだが?」

 ヤマネコのドクターは、あたしのそんざいにきがついて、おどろいたかおをしました。

 「いかんね、きみ」

 あたしをじっとみて、ドクターはしかめつらをしました。

 「まるで、どこもわるくないみたいじゃないか」

 「ええ、そうですとも。いまはおなかもいたくないし、かぜもひいていません」

 「あたまもいたくないのか」

 「ぜんぜん」

 「ほねもおれていない?」

 「ちっとも」

 「けがもしていない?」

 「もちろん」

 ドクターはますますしかめづらになりました。

 「そういうことなら、さっそくしゅじゅつをせねばね」

 さあ、きたまえ、とヤマネコのドクターはあたしのせなかをおしました。

 「きりきざんであげるよ」

 ドクターは、おやゆびをたてて、めくばせしました。

 「いたいちゅうしゃもいっぱいしてあげよう。どう、ちゅうしゃやきらいだろ。こどもも、おとなもみんなそうなんだ。だから、わたしはいっぱいいっぱいちゅうしゃをしてやるんだ。くすりがなかったら、みずをいれてでもちゅうしゃしてやるくらいだよ」

 あたしは、しゅじゅつしつのまえでていこうしました。

 「さあ、はいりたまえ」

 「いやです」

 「いや!、だって? それはまたどういうことだね」

 ドクターはひげをぴくりとさせました。それがいらだちをあらわすものだと、あたしにはわかりました。

 「だって、あたしどこもわるくないもの」

 「それがいけないっていってるんだよ」

 わけがわかりません。

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 「でも、ここはびょういんでしょ?」

 「そうともさ、びょういんだとも」

 「びょういんは、びょうきやけがをなおすところでしょ?」

 「がははははは」

 きゅうに、ドクターがわらいだしました。

 「おいおい、このこはずいぶんおもしろいことをいうよ。なんだって、がははははは、びょ、びょういんがなおすところだって?」

 だって、そうです。そうなはずです。

 「そうよ、そのためにおいしゃさまがいるのよ」

 「ちがうな」

 ドクターはゆびをちょいちょいとふりました。

 「こどもだからよくしらないようだね。がっこうには、ちゃんといってるのかい」

 「ええもちろん」

 あたしは、むねをはってこたえました。がっこうにいっているから、わかるのです。ほんとうのびょういんとはなにかが。

 「じゃあ、よくおきき。いいかい、わたしたちドクターのやくめはね、かるいびょうきをおもくしてやり、かるいけがをひどくしてやることなんだよ。そして、なんでもないひとをびょうきにしたり、けがにんにしたりもするんだよ」

 「そんなばかな」

 あたしは、あっけにとられました。なんてひどいことをいうのでしょう。

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 「びょういんってのは、わるいところをもっともっとわるくするためにあるのであって、そのぎゃくではありえないんだ。わかるかな?」

 「いいえ、ぜんぜんわかりません」

あたしはくびをよこにぶんぶんふりました。

 「それじゃあ、いつまでたっても、たいいんできないじゃないですか」

 「たいいん?」

 はじめてきくことばだ、とでもいわんばかりに、ヤマネコのドクターはさんかっけいにとがったみみをうごかしました。

 「ええ、びょうきやけががなおって、びょういんからでていくことです」

 「ああ、つまり、あれだね。れいきゅうしゃにのっておはかにはこばれていくときのことをいってるんだね。ああ、そういういみか、それをたいいんっていうのか」

 かってになっとくしています。ぜんぜんちがうのに。あたしはあきれてしまいました。とにかく、こんなまちがったびょういんにおとうさんがいるとしたらたいへんです。いったい、どんなめにあわされていることやらしれません。いっこくもはやくたすけださねばなりません。

 

 「こうつうじこのかんじゃさんをしりませんか」

 「こぉつぅじこぉ~?」

 ドクターは、すてきなひびきだといわんばかりに、さんかっけいのみみをすぼませ、うっとりしたこえになりました。

 「いるともさ、どっさりとね。うちのとくいぶんやのひとつだよ。いちばんうえのかいで、とびっきりのかんげいをしてあげてるよ。あそこではね、しゅじゅつどうぐにくわえて、のこぎりやかなづちなんかのだいくどうぐもだいかつやくさ。ときにはチェーンソーだってつかうんだよ」

 「まあ!」

 なんてことでしょう。こうはしていられません。あたしは、ドクターのてをふりほどいて、かけあしでかいだんにむかいました。

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 「せんせい、ありがとう。あたし、ちゅうしゃより、こうつうじこのほうがいいから、うえにいきますね。いろいろおしえてくれてありがとう」

 「ああ、なるほど。いたみはそっちのほうがかくべつだしね。こうつうじこびょうとうは、ドクター・サーベルタイガーのかんかつだ。なんと、このびょういんのふくいんちょうせんせいでもあるんだよ。あのひとには、けいごをわすれちゃならない。いいかい、れいぎにはくれぐれもきをつけたまえよ。ドクター・サーベルタイガーをおこらせたら、すぐにれいきゅうしゃがむかえにきちゃうからね」

 ほんとに、とんでもないびょういんです。っていうか、もはやびょういんじゃありません。

 「おとうさん、どうかぶじでいて」

 あたしは、もつれるあしでどんどんのぼっていきました。

 

 かいだんには、ひょうじばんがありました。よくみると、さっきのかいはさんかいで、「もうどくびょうとう」とかいてありました。かんじゃさんにどくをもるびょうとうのようでした。

 「とんでもないところだわ」

 あたしはずんずんのぼっていきました。よんかいは、「かわはぎびょうとう」、ごかいは「ないぞうせつじょびょうとう」、ろっかいは「ほねぬきびょうとう」、ななかいは「びょうげんきんびょうとう」、はちかいは「きりきざみびょうとう」、きゅうかいは「ほうちびょうとう」、そしてじゅっかいが「こうつうじこびょうとう」でした。

 じゅっかいまでかけあがると、あたしはいきがきれてぜえぜえしました。どのかいからもひめいやくるしむこえがきこえましたが、じゅっかいはほんとうにとくべつでした。おもわずみみをふさぎたくなるような、きょうれつなひめいがたえまなくひびくのでした。

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 「おとうさん、おとうさん」

 あたしは、ぜんぶのへやをのぞいてまわりました。あるへやでは、いしたちがくるしんでいるかんじゃのてあしをきりおとそうとしていました。じこでけがをしたのとは、かんけいないばしょをです。べつのへやでは、じこでけがをしたぶぶんにしおみずやら、きついにおいのえきたいやらをかけ、くるしむさまをかんごしたちがゲラゲラわらいながらみていました。べつのへやには、からだをはんぶんにきられたひとがいました。チェーンソーをたかだかとかかげたおいしゃさんが、ほれぼれしながらじぶんのしごとにみいっているのでした。

 「おとうさん、おとうさん」

 あたしはさがしにさがしましたが、どこにもおとうさんのすがたはありませんでした。

 

 「なんだね、きみは」

 ふいにくびすじをつかまれました。ふりかえってみると、くちから、ながいながいきばをつきだした、はくいすがたのひとがいました。そのつよいちからのもちぬしは、ドクター・サーベルタイガーだったのです。

 「あ、せんせいさま、こんにちはさま」

 あたしはおぎょうぎよくあいさつをしました。ちょっと、さまのつけかたをまちがえました。

 「おじゃましていますでございます」

 「ほほお」

 サーベルタイガーのかおをしたおいしゃさんは、うんうんとうなずきました。

 「ちいさいのに、なかなかれいぎをこころえているじゃないか」

 よかったと、あたしはあんどしました。そして、ちゅうこくをしてくれた、ヤマネコのいしゃにかんしゃしました。

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 「せんせいさまは、あたしのおとうさんをごぞんじないでしょうか?」

 あたしは、ていねいにおたずねしました。

 「ああ、うん、どうかな」

 ドクター・サーベルタイガーは、すこしはなをひくつかせました。

 「うーん、このにおいね。ああ、うん、うん、きたぞきたぞ、おもいだしてきた」

 「においでわかるんでござりますか、せんせいさま」

 おもわずよけいなけいごまでまぜていました。でも、サーベルタイガーせんせいさまはをほそめてよろこぶふうだったので、せいかいだったようです。

 「そうともさ。わたしのはなはとくべつでね。おやこだって、こいびとだって、ともだちだって、てきだって、においだけでみわけがつくんだよ。かねもちか、びんぼうにんか、ぜんにんか、あくにんかまでぜんぶおみとおしさ」

 「で、いかがでしょう、せんせいさま。おとうさまのことはおもいだされましたか」

 「うん、おもいだした」

 「どこでしょうか、どのおへやにいらっしゃるのでしょうか」

 かんぜんにまちがったけいごでした。でも、ドクター・サーベルタイガーはここちよさそうにきいていました。よほどていねいごがすきなようでした。

 「ざんねんながら」

 ながいきばをきゅっきゅっとかたてでしごきました。

 「もうここにはおらん」

 「ええっ」

 ショックでした。せっかく、こんなところまでさがしにきたというのに、どういうことなのでしょう。

 「どういうこと!」

 おもわず、けいごをわすててしまいました。せんせいのかおがけわしくなりました。ああ、いけないって、あたしあわてていいなおしました。

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 「もうしわけございませんでした、せんせいさまさまさま。それでは、わたくしめのおとうさまはいったいいずこにおわすのでございましょうか」

 「うん、しりたいか」

 「はい、たいそうしりとうございます」

 「よかろう」

 おほん、ごほんとせきばらいをして、サーベルタイガーいしははなしはじめました。

 「おまえのちちおやは、たしかにこうつうじこでここにつれてこられた。わたしのしゅじゅつごころを、おおいにくすぐるじょうたいであったが、あいつにつれていかれてしまった」

 あいつ、ってだれでしょう?

 「あの、せんせいさま。あいつとはどなたであらせられるのでございましょうか」

 「うん、それはな」

 ちょっと、こまったかおになってサーベルタイガーはこたえました。

 「おんなだ。まじょだ。とてもつよいまりょくをもったまじょだ」

 「まじょ? でございますか」

 ああ、またまじょです。このまえのほんにもまじょがでてきたのですが、ここにもきたとは。

 「どのまじょでしょうか? やみのまじょですか? なみだのまじょですか? いかりのまじょですか? それとも」

 「うん、いつわりのまじょだ」

 いつわりの、まじょ?

 「それは、どんなひとなのでしょうか、せんせいさまさまさま」

 「いつわりのまじょは、すべてをいつわる。わたしには、さいしょはあのおとこのははだといつわった。それがつうようしないとなると、こんどはあのおとこのむすめだといつわった。わたしがわらうと、ほんとうは、あのおとこのつまにしてこいびとにしてあいじんなのだといつわった。かかりつけのいしがいるから、べつのびょういんでみてもらうといつわり、いつわりのしょうかいじょうをみせた。ただのバンをしろくぬってあかいランプをくっつけた、いつわりのきゅうきゅうしゃでつれていってしまった」

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 「まあ、どこへ? どこのびょういんへ?・・・でございましたでございましょうか」

 「びょういんかどうかもわからない。なにしろ、びょういんのしょるいにのこしていったのは、いつわりのじゅうしょであったからなあ」

 「ああ、なんてこと!・・・でございましょうか。どうすればいいの?・・・でございましょう。どうすればおとうさまをみつけだすことができるの・・・でごじゃりましょうか」

 あたしはとほうにくれました。せっかくおとうさまにちかづけたのに。ゆめのなかの、ほんのなかの、びょういんのなかではあるものの、そしておとうさんはひどいけがをしてはいるものの、ひさしぶりにあえるとおもったのに。

 「てがかりは、なにかてがかりはないのでしょうか?」

 「ないなあ。なにせ、なにもかもいつわりなんだから」

 あたしはもうなきだしそうでした。せっかく、『おとうさんのたすけかた』というほんをみつけたのに、そこからおとうさんはつれだされてしまっていたというのです。いったい、どうすればよいのでしょう。どうすれば、おとうさんのところにたどりつけるのでしょう。よりによっていつわりのまじょだなんて。

(第08回 了)

 

 

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* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

 

 

 

■ 遠藤徹さんの本 ■

贄の王 姉飼 角川ホラー文庫

 

 

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