アリス失踪!_10_cover_01ポスト・モダニズム時代において、オリジナルからの引用・二次創作・パラレル創作の問題は避けて通れない。ならば翻訳とはなにか、翻訳はどこまで創作の謎に近づき得るのか・・・。英文学者で演劇批評家でもある星隆弘が、『不思議のアリス』の現代的新訳に挑む!。文学金魚奨励賞受賞作。

by 星隆弘

 

 

 

 

 

第10章 ロブスター流社交ダンス!

 

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ウミガメモドキはふかーいため息をついて、前ヒレの甲で両目をごしごしした。それからわたしを見つめて何か言いたそうにしていたけど、1分も2分も泣きむせんで、声も出せないみたいで。

 

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「ったく、喉に小骨がひっかかったんでもあるまいに」とグリフォン。見かねてウミガメモドキをゆさぶってみたり、甲羅をばしばしたたいたりした。それでやっと落ち着いてしゃべれるようになると、ウミガメモドキは両方のほっぺを涙でだらだらにして、身の上ばなしを続けたの。

 

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「君は海の中で暮らしたことがほとんどないようだけど(うん、とあいづちを打つわたし)じゃあロブスターと知り合う機会もなかったわけだ(でも一度食べ・・・なかった!一度も!と言いかけたのをごまかすわたし)それなら、君にゃわかんないだろうなあ、ロブスターの社交ダンスの楽しいことときたら!」

 

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「なにそれ」とわたし。「どんなダンスなの?」

「どんなって」とグリフォン。「まず海岸に沿って一列に並んでさ・・・」

「ちがう、二列!」とウミガメモドキが声を上げた。「アザラシやらウミガメやらサケやらが列を作るんだ。で、足元のクラゲをきれいに片付けたら・・・」

「これがまあ手間なんだ」と割り込むグリフォン。

「2歩進んで・・・」

「みんなロブスターとペアを組むんだぜ!」とグリフォンの大声。

「そうそう」とウミガメモドキ。「で、2歩進んだところで、パートナーに向き直り・・・」

「ロブスターを替えてはじめの位置に戻るんだ」とグリフォンが引きつぐ。

「で、ここだ」とウミガメモドキ。「ここで振りかぶって・・・」

「ロブスターを放り投げる!」グリフォンが叫んで飛び跳ねる。

「海の向こうめがけて思いっきり・・・」

「泳いで追いかけろ!」とグリフォンが雄叫び。

「海中でくるっと宙返り!」ウミガメモドキもめちゃくちゃに飛び跳ねる。

「もいちどロブスターを交換だ!」声をふりしぼって叫び倒すグリフォン。

「で、また陸に戻ってくるところまでが、出だしの振り付けだね」

ウミガメモドキの声が急に冷めた。さっきまでくるったみたいに飛び跳ねてたのに、ふたりとも座り込んで悲しげにだまりこくって、じっとわたしを見つめてる。

 

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「あの、ほんとに楽しいダンスなんだろうね」いや、わかんないけど。

「ちょっとだけやって見せようか?」とウミガメモドキ。

「見せて!ぜひ!」

 

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「よっしゃ、いまの出だしのとこを見せてやろう!」とウミガメモドキがグリフォンに言う。「実際ロブスターなしでも踊れるしな。歌はどっちがやる?」

「まかせた、センセイ」とグリフォン。「もう歌詞おぼえてねえよ」

 

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ふたりは真面目な顔して踊り出す。わたしのまわりをぐるぐる回って、そばをかすめて通るときにはつま先を踏んでいく・・・。前足と前ヒレを振って拍を刻み、ウミガメモドキがゆったりと悲しそうな歌声で、こんな風に歌うんだ。

 

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「もうちょい早く歩かんと」タラがカタツムリにぼやいてまんがな

「うしろのイルカがせっついてくるやん、尾ひれ踏まれてかなわんがな」

「ほれみい、ロブスターもウミガメもさっさと行きよったやんか

みな砂利浜で待ちくたびれとんねん、はよ行ってダンスに混ざらんのんか」

さあ ほれ どや どれ ダンスに混ざらんのんか

さあ ほれ どや どれ ダンスに混ざらへんのんか

 

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「ははーん、あんさん知らんねんな、あれごっつ愉快やねんで

みんなでわいらかついでな、ロブスターと一緒に海に放るねんで!」

するとカタツムリは「そんなん無茶やん!」言うてじとーっとタラを睨んで

ようく礼言うて断った、わいはダンスに混ざれへん、て

あかん ほんま かなわん むりやて わいはダンスに混ざれへんわ

あかん ほんま かなわん むりやて わいじゃダンスに混ざられへんわ

 

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「無茶したってかまわへんやろ?」鱗光らしてタラが言いよる

「海の彼方にも浜はあんねん、向こう岸ってもんがある

イギリスを離れりゃ離れたぶんだけフランスが近うなるやんか

青い顔すんなや人気者、はよ行ってダンスに混ざらんのんか

さあ ほれ どや どれ ダンスに混ざらんのんか

さあ ほれ どや どれ ダンスに混ざらへんのんか

 

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「ありがとう、超おもしろかった」

ほんとうれしかった、やっとダンスが終わったんだもん。

「タラの歌もおもしろいし大好き」

 

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「そうだ、タラといえば」とウミガメモドキ。「タラって・・・もちろん知ってるよね?」

「もちろん」とわたし。「だってよく出るもの、ごはんのおか・・・」ず、と言いかけたところでギリギリこらえた。

 

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「ごはんの丘がどういうところかは知らないけど」とウミガメモドキ。「でもそんなによく見かけるなら、連中がどんな格好かもご存知だろう?」

「と、思うけど」わたしは慎重に答えた。「タラって口に尾ひれをつっこんでるよね・・・あとパン粉まみれになってるよね」

 

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「パン粉はうそだろ」とウミガメモドキ。「そんなの海のなかじゃ全部流れちゃうだろ。だが、たしかに連中、口に尾ひれをつっこんでるね。それはなぜかっていうと・・・」

ここまで言っときながら、ウミガメモドキは大あくびして目を閉じちゃったの。でもって、「それはなぜか、ようく教えてやってよ」ってグリフォンに話を投げるんだ。

 

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「なぜかっつーと」とグリフォン。「あいつらはロブスターと一緒にダンスに行く。で、海に放り投げられる。で、遠くに落っこちていかなきゃならなくなった。で、口でしっかり尾ひれをくわえた。で、抜けなくなっちまった。ってわけだ」

 

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「へえ、そうなの」とわたし。「おもしろいね。わたしタラのことあんまり知らなかったみたい」「なんならもっといろいろ教えてやろうか?」とグリフォン。「なんでタラが鱈っていうのか知ってるかい?」

「そんなこと考えたこともなかった。どうしてなの?」

「よごれた足下を雪いでくれるのさ」グリフォンは大真面目にそう答えた。

 

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わたしはわけがわからなかった。「足下を雪いでくれる?」意味がわからなくてオウム返ししちゃった。

「ん?じゃああんたのその靴はどうしてるんだよ?」とグリフォン。「つまり、何でそんなにピカピカにしてんの?」

 

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わたしは靴を見てちょっと考えこんだ。そして「これは靴墨で磨いてるんだと思うよ」って答えたの。

「海ん中じゃあね」グリフォンが低い声で言う。

「足下がよごれりゃタラで雪ぐんだ。覚えときな」

 

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「じゃあ海の靴はなにでできてるの」好奇心がうずうずして聞いてみた。

「シタビラメを丸めてウナギでぎゅっと結ぶに決まってらあね」グリフォンはちょっと面倒くさそうにした。「そんなのどこの子エビでも知ってるぞ」

 

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「もしわたしがタラだったらさ」

そう言いながら、わたしの頭の中にはまださっきの歌が流れていた。

「わたしならイルカに『下がってください!あなたとは一緒に行きません!』って言うなあ」

 

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そしたら「イルカなしってわけにはいかないんだよ」ってウミガメモドキが言うの。

「どこに行くにしろ、イルカなしで行こうなんて魚はよっぽどのバカだ」

「それって絶対?」わたしはびっくりして聞き返す。

「そりゃそうさ」とウミガメモドキ。「じゃあ、ぼくがある魚に出会ったとして、その魚が旅の途中だって言うなら、ぼくはこう聞く、『イルカはどこに?』ってね」

「『どこに行くか?』の間違いじゃなくって?」

「言った通りの意味だよ」

ムッとするウミガメモドキ。

 

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そこでグリフォンが口を挟んだ。「なぁそろそろあんたの冒険の話をしようよ」

「まあできないことはないけど・・・はじまりは今朝のことからだよ」わたしはちょっとおどおどした。

 

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「昨日のことなんて話してもしょうがないし。だってわたしもうまるっきり別人だからさ」

「それイチから説明してよ」とウミガメモドキ。

「ダメダメ!冒険の話が先だ」とグリフォンはまた面倒くさそうにする。「イチから説明なんてしたらおそろしく時間がかかるに決まってる」

 

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そんなわけで、白ウサギを見つけたところからのわたしの冒険を話して聞かせたのね。最初ちょっと緊張しちゃった、だってふたりとも、横顔がぴったりくっつくほどぐいぐい寄ってくるんだもん。目と口はあんぐり開いてるし。まあ話をするうちに慣れてきたけどね。ふたりとも一言も口を挟まずに聞いてくれてた。

 

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でも『ウィリアム父さん、いい歳こいて』をイモムシさんに聞かせるところまでくると、また歌詞が全然ちがってて。それを聞いてウミガメモドキがすぅーって深呼吸して、一言「まったくヘンな話だ」だって。

「ヘンテコの極みだな」グリフォンも。

 

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「出てくる言葉がまるっきりちがうんだもんなあ!」ウミガメモドキが考え込んで言う。

「もう一回なにか暗唱してみてよ。ねえ、この子にやらせてみてくれない?」とウミガメモドキはグリフォンを見る。なんかグリフォンの言うことならわたしが聞くと思ってるみたい。

「よし、立って『なまけものの声がきこえる』をやってみろ」とグリフォン。

 

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どうしてこいつらの命令でおさらいをしなきゃなんないの!だったら今すぐに学校に行くほうがマシ!

って、思ったけどさ、結局暗唱してみせた。でも頭の中はロブスターの社交ダンスのことでいっぱいだったし、だからなにを歌っているのか自分でもわかんなくなっちゃって。出てくる言葉がいちいちオカシイんだもん。

 

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ロブスターの声がきこえる 思いの丈を告白する声

「君がぼくを焦がすから、髪に砂糖をまぶしたんだぜ」

まぶたしばたくアヒルみたいに鼻の先を突き出して

ベルトとボタンを整えたらつま先までピンと伸ばして

 

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砂浜がすっかり乾いた日にはあいつは雲雀みたいに愉快

鮫ゆずりの上から目線でイヤミなおしゃべりに興じるのかい

とはいえ波が高くなり鮫にすっかり囲まれたなら

あいつの声はビクつきだしていまにガタガタ歯を鳴らす

 

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「おいおい、おれがガキんとき習ったのとは全然違うぜ」とグリフォン。

「ぼくはこんな歌聞いたことないんだけど」とウミガメモドキ。「稀に見るナンセンスだね」

わたしだって返す言葉がなかった。座り込んで両手で顔を覆って、あーもうなにもかもフツーに戻ってくれなかったらどうしようって思ってた。

 

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「ちょっと解説してもらいたいんだけど」とウミガメモドキが言う。

「どうせ無理だよ」とグリフォンが食い気味で返した。「それより続き続き」

「いやでもつま先ってどういうことなの?」ウミガメモドキも引き下がらない。「どうやったら鼻の先でつま先をピンと伸ばせるわけ?」

 

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「それがダンスの出だしの姿勢なの」とわたしは答えた。もう頭ん中がなにもかもごちゃごちゃで、とにかくこの話はやめにしたかったんだ。

でもグリフォンが「続き続き!」ってうるさいんだ。「『あいつの庭を横切って』からだろ」

 

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もう逆らう気にもなれなかったし、どうせまたデタラメになっちゃうんだろうけど、わたしは続きを歌ったの、声ふるえちゃってたけどね。

 

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あいつの庭を横切って、はっきり見たんだ片目でさ

フクロウとヒョウがひとつのパイをふたつに分け合うやり方をさ

パイの皮と肉汁と肉入り餡はヒョウのもの

フクロウは皿だけもらう、それが取り分なんだもの

 

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パイをすっかり平らげてからフクロウがヒョウにおねだりしたら

気前よくゆるしてもらえてさスプーンはフクロウにやるときた

ヒョウはナイフとフォークを取ってグルルとひとつ唸り声

晩飯のしめはこれできまりと・・・

 

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「そんなの歌ってばかりいても意味ないだろ?」ウミガメモドキが割って入ってきた。「終わるまで解説はなしかい?正直もうじゅうぶん。こんなに頭がクラクラする歌聞いたことがない!」

「そうだな、このへんにしとこうぜ」とグリフォン。わたしもやめられて、うれしいったらない。

 

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「じゃあここらでロブスターダンスの別の振り付けを見せてやろうか?」とグリフォン。「それともウミガメモドキ先生に一曲歌ってもらうかい?」

「歌が聞きたい!ウミガメモドキ先生さえよければ!」

わたしがあんまり歌に食いついたもんだから、ちょっとグリフォンの気にさわったみたいだった。「そうかい!モノ好きめ!この子に『ウミガメスープの歌』歌ってやれよ、ほらセンセイ!」

 

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ウミガメモドキがふうーっと深いため息をつくと、すすり泣くあまり声をつまらせながら、歌いだしたんだ。

 

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おいしいスープだよ、とろーりできたて

熱々のスープ鍋でぐつぐつ煮立て

こんなごちそうにゃだれでも飛びつく

今夜のスープはおいしいスープ

今夜のスープはおいしいスープ

おーいしーいスーープ

おーいしーいスーープ

こーんやーのスーープは

おいしいおいしいスープ

 

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おいしいスープがあればいい

魚もいらない鳥もいらない

なんでも出すよ、スープのために

2ペニーぶんのおいしいスープに

1ペニーぶんのおいしいスープに

おーいしーいスーープ

おーいしーいスーープ

こーんやーのスーープは

おいしいおいしーい!スーープ!

 

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「もう一番!」とグリフォンが叫んで、ウミガメモドキが繰り返そうとしたまさにそのときだった。「裁判の御開廷なり!」って大声が遠くから聞こえたの。

「来い!」

グリフォンが叫んで、わたしの手をつかんで突然走り出した。歌の途中だったのに。

 

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「だれの裁判なの?」

走りながら息を切らして聞いても、グリフォンはたった一言「急げ!」って答えて、スピード上げて疾走する。まだ遠くかすかに聞こえてる。追い風に乗ったユーウツな声・・・

 

こーんやーのスーープはー

おいしいおいしいスープ!

 

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(第10回 了)

 

 

* 『アリス失踪!』は毎月09日に更新されます。

 

 

 

 

 

 

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