ゆめのかよひじ_No.06_cover_01おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

リレーのれんしゅう

 

 きょうはいやないちにちでした。おともだちとけんかをしてしまったのです。たいいくで、リレーのれんしゅうがあったのですが、あたしがおそいからまけたとたいきくんがいいだしました。たしかにあたしは、ひとりにぬかれましたが、ようすけくんはさんにんぬかれました。あたしはおとこのこにぬかれたのですが、ようすけくんはおんなのこにもふたりぬかれたのです。だから、まけたのはようすけくんのせいだとあたしはおもうのですが、たいきくんは、

 「おまえのせいで、おれたちがまけた」

 となんどもなんどもいうのです。たぶん、あたしがたいきくんのつぎにはしったから、あたしのときだけちゃんとみていたのだとおもいます。そのあとは、いつものようにおともだちとしゃべったりじゃれてあそんだりしていたから、ようすけくんがたくさんぬかれたのはみていなかったのだとおもうのです。

 「そうだそうだ」

 ようすけくんまでがいっしょになっていいはじめました。ようすけくんは、たいきくんのいちのこぶんです。いつでもたいきくんのいうことにすぐさんせいします。だから、たいすけくんもようすけくんをかばうのかもしれません。

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 かなさんは、

 「やめなよ」

 といってくれたのですが、みきちゃんと、あけみちゃんはいっしょになって、あたしのことを、

 「のろまのかめ」

 「かたつむりにんげん」

 とよびました。あたしは、ついかっとなってしまって、

 「みんなだいきらい」

 っておおごえでいってしまいました。

 それがせんせいのみみにはいって、あたしはしかられました。なにがあったのかきいてもくれないで、あたしのことをしかったのです。

 「みんなをきらうやつは、みんなにきらわれるぞ」

 とかいわれました。みんなはにやにやしてそれをみていました。かなさんは、なにかいおうとしましたが、ゆうきができらなくてだまってしまいました。

 がっこうのかえりみち、かなさんがあたしのよこにやってきました。かなさんはなにかいいたそうでしたが、あたしはもうすっかりだれもかれもがいやになってずっとむししていました。かなさんのいえは、とちゅうでまがるのに、かなさんはずっとあたしのよこをあるいていました。

 「なんなの」

 ああ、あたしはなんてことをいってしまったのでしょう。

 「え」

 あたしのつよいいいかたにかなさんがかたまりました。かなさんはやさしいこです。あたしにはよくわかっています。あたしをしんぱいして、あたしになにかこえをかけたくていっしょにあるいてくれていたのです。でも、あたしには、だれかにあたりたいきもちしかなかったのです。なにもかもがいやだったのです。

 「ついてこないでくれる。めいわくだから」

 こころにもないことばが、くちからどんどんあふれてくるのを、あたしはどうしようもありませんでした。

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 「かなさんだって、ほんとはあたしのことばかにしてるんでしょ」

 「あんたのうちはあっちでしょ。なんでこっちにくるのよ」

 「がっこうなんてばかばっかり。おともだちもせんせいも、みんなだいきらい」

 かなさんのあしがとまりました。すごいかおでした。いつものやわらかいえがおがなくなって、われそうなかびんになりました。それをみてもあたしは、こうかいしませんでした。こうかいできなかったのです。

 あたしはそのときはじめてきがついたのですが、あたしのなかにはすごいりょうのあつくてくろいものがあふれているようなのです。かざんみたいに、それがそとにでようとしてあたしのなかでふっとうしているのです。がっこうで、「みんなだいきらい」とさけんだとき、そしていまかなさんにひどいことをいったとき、それはまさにふっとうしたくろいものがあふれだしたのでした。

 だっ、とかなさんははしりさっていきました。なにかたいせつなものをなくしたんだって、あたしはきがつきました。でもどうしようもありません。

 「あたしじゃない。あたしのせいじゃない」

 ってあたしはおおきなこえでいいました。

 「わるくない。あたし、ぜんぜんわるくない」

 ってさけびました。

 

 くびにかけていたかぎでいえのとをあけました。もちろんいえにはだれもいません。たまに、とうとうがっこうにいかなかったおにいちゃんが、テレビのまえにすわっているひもあります。でも、きょうはおにいちゃんもおくれてがっこうにいったみたいでした。

 おにいちゃんは、「もんだいじ」ってよばれています。もんだいをとくのがじょうずだからではなく、もんだいになるようなことばかりするからそうよばれるのです。

 まえはいじめられたりしていたみたいですけど、いちどたいへんなことがあって、それからはにどといじめられなくなりました。つまり、だれもそばによってこなくなったということです。

 おにいちゃんは、さいしょはいじめられっこでした。きょうかしょにラクガキをされたり、いすをかくされたり、きゅうしょくをおにいちゃんのぶんだけトイレのべんきのまわりにならべられたりしました。たいそうふくがハサミできられたり、うわばきにドロがつめられていたこともありました。がっこうのかえりに、じょうきゅうせいになぐられたり、カバンをかわになげられたりしたこともありました。

 でも、あるひおにいちゃんは、はんらんをおこしました。じょうきゅうせいを、ひどいめにあわせたのです。じぶんのことを「うじむし」とよんで、まいにちいじめるじょうきゅうせいでした。そのじょうきゅうせいをまちぶせして、おおきなコンクリートブロックでかおをなぐりました。じょうきゅうせいは、くちびるがぼろぼろになって、まえばがさんぼんおれました。まみれのくちでなきだしたじょうきゅうせいを、おにいちゃんはじめんにおしたおしました。

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 「やめて、やめて」

 とか、

 「ごめんなさい」

 とか、ないてないてあやまっているこえも、おにいちゃんにはきこえなくなかったようでした。おにいちゃんは、なにかわけのわからないことをずっとさけんでいました。さけびながら、じょうきゅうせいをなぐったりけったりしました。カバンをとって、なかのきょうかしょやノートをばらばらにひきちぎりました。

 「ゆるしてくれよお」

 じょうきゅうせいは、なきながらまみれのくちでやめてくれとおねがいしました。でも、おにいちゃんにはまったくきこえていなかったのです。おにいちゃんは、ひとりでわけのわからないことばをさけんでいました。さいごにはおおきなコンクリートブロックでじょうきゅうせいのかおをつぶそうとしました。さわぎをきいてかけつけたせんせいがさんにんがかりで、おにいちゃんをとめました。おにいちゃんは、せんせいがせんせいだともわからず、おとなにまでむかっていきました。

 われにかえると、おにいちゃんは、

 「せんせい、さようなら」

 とおじぎをして、さっさといえにかえってしまいました。じょうきゅうせいのおやが、がっこうにくじょうをいいましたが、がっこうのほうでも、いじめがあったことをしっていたので、せっとくしてくれたようです。しょうねんいんにいれたほうがいい、というせんせいがいました。せいしんかにかようべきだというせんせいもいました。でも、とりあえずおにいちゃんはがっこうにのこれることになりました。

 あたしにはきょう、なぜおにいちゃんがあんなことをしたのかがようやくわかりました。おにいちゃんのなかにもあのあつくてくろいものがあふれているのです。たぶん、おかあさんのなかにも。もしかしたら、それがやみなのかもしれません。ゆめのなかにでてきた、あのくろいちからです。あたしたちは、やみにのまれているのかもしれないのです。

 

 そのばん、またいやなゆめをみました。

 「まったくわるいこだ」

 そんなこえがきこえました。

 「しけいにしたほうがいいぞ」

 そういうこえもありました。

 「そうだな、しけいにしてじごくにおとそう」

 「それがいい。いや、そうするしかないだろう」

 ぜんぶ、おとなのこえでした。あたしは、じぶんがしけいしゅうなのだとわかっていました。あたしのりょうてには、とてもつめたいきんぞくのわがはまっています。てじょうでした。

 「あたしはなにをしたの」

 あたしは、くろいせいふくをきたひとにたずねました。そのひとは、くろいぼうしのひさしをふかくおろしているので、かおはみえません。ほかのおとなたちもみなくろいふくをきて、かおはやみにしずんでいてみえないのでした。

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 「わすれたのか。わるいやつめ」

 せいふくのおとこのひとは、しんそこあたしがキライなようでした。すぐにでも、こしにさげたけんじゅうをひきぬいて、あたしをうちころしたいとおもっているようでした。

 「みっつのしたい」

 と、せいふくのおとこのひとはいいました。

 「みっつ? したい?」

 なんのことでしょう。あたしには、わけがわかりませんでした。

 「かなづち」

 くろいぼうしのおとこのひとはさらにいいました。

 「ふとん」

 あたしは、ぎょっとしました。

 「ふとん、かなづち、みっつのしたい」

 それって?

 いっしゅん、あたしのめのまえに、みえました。くらやみが、いっしゅんひかって、さんにんのひとが、ふとんでねているところでした。まくらもとには、かなづちがおちていました。そして、とてもいやなにおいがしました。あたしは、てについた、ぬるぬるしたかんしょくのものをおもいだしました。

 「うそ」

 そんなわけない、ってあたしおもいました。

 「どうしてあたしがそんなこと」

 「するわけがあるだろ?」

 くろいせいふくのひとはくちをひらきました。くちから、くろいへびがにょろりとのびだしました。そのへびのくちがひらいて、さきがわれたあかいしたが、あたしのはなをなめました。

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 「そうだよ。ちゃんとおもいだしたほうがいい」

 「うん、そのとおりだ。おもいだすべきだ」

 「いや、おもいださなきゃだめだろう」

 おとなたちは、みなくちからながいへびをだしていました。そのへびたちが、つぎつぎにあたしのかおをなめようとちかづいてくるのでした。

 「おまえはわるいこだ」

 「だめなこだ」

 「さあ、おまえもへびをだせ」

 「いやだ」

 とさけんだはずでした。でも、こえはでませんでした。あたしのくちからでてきたのは、さけびごえではなくて、ながいながいへびだったのです。のどがつまってくるしくて、こきゅうができなくなりました。

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 「しぬ。しんじゃう。いきができない」

 あたしはとびおきました。

 ぜんしんがあせまみれでした。

 「うるさいよ、このこは」

 おかあさんが、いっしゅんめをあけて、あたしをみました。

 「もう、ねつだすのはやめてよ。きみのわるいねごともやめて」

 そういうと、おかあさんは、くるっとむこうをむいてねてしまいました。

 

 あたしは、おきてトイレにいきました。それから、あせでぬれたねまきをぬいで、べつのパジャマにきがえました。それから、ものおきにいってみました。そこには、おとうさんのどうぐばこがあったのです。むかしよく、おとうさんはきをつかって、たなやテーブルをつくりました。あたしのべんきょうづくえも、おとうさんがつくってくれたものでした。

 ふたをあけると、かんなくずのにおいがしました。のこぎりや、きりや、ドライバーといっしょに、かなづちもちゃんとはいっていました。それは、ピカピカひかる、きれいなかなづちでした。

 「よかった」

 あたしはほっとしました。それから、ふたをしめて、ものおきをでて、もういちどねむりにいきました。

 「さっきのは、ただのゆめ。ただのこわいゆめ」

 あたしは、じぶんにいいきかせました。いっかいのテレビのへやにはまだでんきがついていました。よなかのさんじでした。

 「こんなじかんでもテレビってやってるんだ」

 あたしはおどろきました。へやをあけてのぞくと、おにいちゃんはクッションをまくらにしてねていました。でんきもテレビもつけっぱなしです。いつもこうやってねるのです。

 あたしは、テレビをけして、でんきのスイッチもきりました。やっぱり、しずかでくらいところのほうが、おにいちゃんだっておちつくだろうとおもったのです。でも、ちがいました。くらくしたしゅんかん、おにいちゃんがひめいをあげたのです。

 いいいいーっ、びいいいいいっー!

 たましいがちぎれるおとのようでした。

 「ごめん、おにいちゃん」

 あたしは、あわててテレビをつけ、でんきをつけました。

 おにいちゃんはしずかになりました。

 あたしは、そっとドアをしめて、にかいにあがりました。せなかをむけているおかあさんをみて、そばにいこうかなといっしゅんおもいました。でも、じゃまかもしれないとおもってあきらめました。

 だれかにギュッとだっこしてもらいたいとおもいました。だれかに、

 「だいじょうぶだよ」

 っていってだきしめてもらいたいっておもいました。

 でも、あたしはがまんしてめをつぶりました。

 「もうへびのゆめはみませんように」

 それだけを、つよくねんじました。

(第06回 了)

 

* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

 

 

 

■ 遠藤徹さんの本 ■

贄の王 姉飼 角川ホラー文庫

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■