アリス失踪!_09_cover_01ポスト・モダニズム時代において、オリジナルからの引用・二次創作・パラレル創作の問題は避けて通れない。ならば翻訳とはなにか、翻訳はどこまで創作の謎に近づき得るのか・・・。英文学者で演劇批評家でもある星隆弘が、『不思議のアリス』の現代的新訳に挑む!。文学金魚奨励賞受賞作。

by 星隆弘

 

 

 

 

 

第9章 ウミガメモドキの身の上ばなし!

 

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「あなた、こうしてまたお会いできてうれしいのなんの、ほんにお懐かしいこと!」

公爵夫人は親しげにわたしの腕を取り、二人は歩き出した。まあわたしもうれしかった、公爵夫人の機嫌が良かったから。あれはたぶんコショウがいけないの、あのキッチンで会ったときあんなにトゲトゲしてたのは。

 

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わたしが公爵夫人になったあかつきには(これはさすがにひとりごとでもあきらめモードだけどさ)キッチンにはコショウ一粒だっていれません。コショウなんかなくたっておいしいスープは作れるし、だいたい人が急にかっとなったりするのはたぶんいつだってコショウのせいなんだから。

 

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それにさ、やばい!これって新発見の法則かも。お酢は人をツンツンさせるし、マズいカモミール茶なんて飲むから人にニガニガしく思われたりするの、それから飴とかお菓子とかは子どもを甘くてやさしい子に育てるんだから。みんながこの法則に気づいてくれればなあ。そしたらだれもお菓子をケチっておあずけしたりしなくなるのにねー。

 

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わたしこんな調子で公爵夫人のことなんかすっかり忘れてたの。だからすごい耳元で話しかけられてビクッとしちゃった。

「何か考えごとね、あなた、だまりこんじゃって、まあ。こういうときの教訓を教えてあげましょう、ちょっとすぐには出てこないので、少々お待ちになって」

 

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「そんなのないと思いますけど」わたし思い切って言ってみたんだけどさ、「チッチッ、まだお子ちゃまね」だって。

「何事につけても教訓があるものよ、見つけようとすればね」

公爵夫人はそう言いながら、わたしにぐいぐい体を押し付けてくる。

 

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そんなにぴったりくっつかれるのはちょっと勘弁してほしかった・・・。だって、まずね、公爵夫人ってすごいブサイクなの。それから身長が、ちょうどアゴがわたしの肩に乗る高さで、しかもとがってて痛いの。

でもわたしだって礼儀知らずとは思われたくなかったし、できるだけ我慢したんだよ。

 

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「試合のほうもだいぶまともになってきましたね」

間がもたなくなったところで切り出してみた。

「そうですわね。こういうときの教訓は『愛、愛こそが世界を回す』ですの」

「みんな自分のするべきことしていれば世界は回るって言ったのは、どこのだれでしたっけ・・・」

「ええ!それも同じことですのよ!」

鋭くとんがったアゴをわたしの肩にぐりぐり押し付けて、公爵夫人は続ける。

「こういうときの教訓はね『意味を磨けば音はひとりでに鳴る』ですの」

この人どんだけ教訓見つけるの好きなのよ!ってわたし心の中で叫んじゃった。

 

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「あなた、どうしてあなたの腰に腕を回してくれないのか気になさってるのじゃなくて?」

一息置いて公爵夫人こんなこと言い出す。

「何故かと申せば、あなたのフラミンゴの虫の居所がどうもわからないからなの。どれ試してみようかしら?」

 

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「つつかれてもしりませんよ」とくぎを刺すわたし。だってぜんぜんそんなのためして欲しくなかったから。そしたら公爵夫人「その通りよ」だって。

「フラミンゴとカラシはツンツンするもの。こういうときの教訓はね『同じ羽色はすぐ群れる』ですの」

 

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「カラシは鳥じゃありませんけどね」わたしがそう返すと、公爵夫人は「もちろんですとも、さすがねあなた。ほんに物わかりがいい子だこと!」だって。

「カラシは鉱物だったかと思いますけど」って言ってみたら「無論ですわ」とくる。

この人ってわたしがなにを言ってもウンウンうなずくみたい。

 

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「ここらにはカラシの大鉱脈がありますの。こういうときの教訓はね『こちらに脈あればそちらは脈なし』ですの」

「あっ違うわかった!」思わず大声。公爵夫人の教訓なんてぜんぜん聞いてなかった。

「カラシは植物でした。そうは見えないけど」

「ええまったく同感よ」

「こういうときの教訓はね『見た目通りであれ』もっと簡単に言い換えてもいいわ、つまり『汝ゆめゆめ自身を、汝自身汝がそうであったところのものもしくはそうであるかもしれないところのものは汝がかねてそうであったもの以外ではありえないということが世の人にはそうではないように見えるであろうかのように見えているものであるはずがない、と思うことなかれ』ですわね」

 

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「文字に書いてもらえれば」

礼儀正しく、礼儀正しく。

「おっしゃったことをもっとよく理解できたのですが。少々おはなしについていけなかったもので」

 

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「これくらいなんでもなくてよ、もっと簡単に言ってさしあげてもよくてよ」

公爵夫人はそう言ってウキウキしてる。

「大丈夫です、もっと長々お話しするなんてご面倒でしょうし!」

 

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そしたら公爵夫人が言う。

「あら、面倒なんておっしゃらないで!これまで申しましたことはみんな、あなたへのプレゼントですもの」

つまんないプレゼント!こんなのが誕生日のプレゼントじゃなくってよかった!

って思ったけど、さすがに口には出せなかった。

 

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「また考え事ですの?」って公爵夫人がまたとんがったアゴをぐりぐり押し付けて聞いてくる。「わたしにだって考える権利はありますよ」わたしはビシッと言い返した。もうちょっとめんどくさくなっちゃってたから。

「もっともな道理ですわ。さればこそ豚も空を飛びましょう。こういうときのきょ」

 

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きょ、で公爵夫人の声がパタッと途切れたからわたしもびっくりしちゃった。あんなに大好きな教訓を言いかけたところだったのに。その途端、わたしの腕にからみついてた腕がブルブル震えだしてね。はっと見上げたら目の前にお妃様が仁王立ちしてた。腕組みして顔色も曇ってるっていうか、なんかもう嵐が来たぞー!って感じ。

 

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「ご機嫌うるわしゅう、殿下!」

そう挨拶する公爵夫人の声、ちっちゃくて弱々しかった。

 

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「今ここで正式に申し渡す!」お妃様がじだんだ踏んでわめく。「ここから消えてなくなるのはおぬしか、それともおぬしの首か!もはや一刻の猶予も与えぬ、さあ選べ!」

即答でソッコー逃げ出す公爵夫人。

 

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「さあ試合に戻るのじゃ」

お妃様にそう言われて、わたしこわくてなんにも言えなかった。結局とぼとぼあとについてクロッケー場にもどった。他の招待選手たちはお妃様がいない隙にってみんな木陰で休憩してたみたいなんだけど、お妃様の姿が目に入ったとたんにバタバタ試合を再開した。お妃様は一言「たとえ一瞬でもぐずぐずすれば命で埋め合わせてもらうぞよ」とだけ言ってた。

 

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でも試合中のお妃様って、もうずーっと他の選手たちとモメてるの。「此奴の首をはねよ!彼奴の首をはねよ!」ってわめきっぱなし。そうやって処刑を宣告された選手は兵隊に捕まるんだけど、そのたびに兵隊はアーチ役をやめて捕まえに行かなきゃいけないでしょ。だからさ30分もしたらもうどこにもアーチが残ってなくて、残ってる選手も王様とお妃様とわたしだけ。あとはみんな捕まって処刑待ち。

 

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結局お妃様も試合をやめちゃって、ぜいぜい息を切らしながら、わたしに話しかけてきた。

「ウミガメモドキにはもう会ったのかい?」

「いえ、ウミガメモドキがなんなのかも存じません」

「ウミガメ風スープの材料じゃ」

「そんなの見たことも聞いたこともありません」

「ならばついて参れ。彼奴から身の上ばなしを聞くがよい」

 

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お妃様についていくとき、王様が小さな声でクロッケー場のみんなに「全員無罪放免」って言うのが聞こえた。

「なんだ、良かった!」って思ったのがつい声に出ちゃった。だって処刑ばっかりで最悪の気分だったんだもん。

 

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それからすぐにグリフォンに会ったの。日向でぐっすり昼寝してた。(グリフォンがわからなかったら画像を見てね)

「起きよ!なまけものめ!この小娘をウミガメモドキに合わせて彼奴の身の上ばなしを聞かせておやり。わらわは引き返して処刑の始末をつけねばならないゆえ」

お妃様はそう言うと、わたしとグリフォンを置いてさっさと行っちゃった。

 

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わたしはグリフォンの見た目がちょっとニガテだったけど、でもここにいるのも残酷なお妃様にくっついていくのも、危険って意味じゃどっちもどっちでしょ。だからあとを追わなかった。

 

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グリフォンは身を起こして目をこすると、じーっとお妃様の後ろ姿を見つめてた。そして姿が見えなくなるとくっくっくって笑いだしたの。「あーうける!」って、グリフォンは半分ひとりごとっぽく、でもわたしに向かって言ってるみたいで。

 

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「うけるってなにが?」

「あの人のこと。ほんとおかしな人だよ、誰ひとり処刑なんかされないっつーのに。ほら、ついて来いよ」

ついて来いついて来いって、みんなしてそればっか。とぼとぼグリフォンのあとについて行くけどさ、わたし考えてみれば生まれてこのかたこんなふうに命令されたことないし!

 

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そんなに行かないうちに、遠くにウミガメモドキの姿が見えた。ぽこっと飛びだした岩の上に、悲しそうにひとりで座ってる。近づいていくと歌声が聞こえてくる。なんかもう胸が張り裂けそうな声。すごくかわいそうになっちゃった。

 

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「なにがそんなに悲しいのかな」

グリフォンに聞いたら答えてくれたんだけど、前の台詞とほとんど一緒だった。

「ほんとおかしなやつだよ。何一つ悲しいことなんかないっつーのに。ほら、ついて来いよ」

わたしたちがそばまで行くと、ウミガメモドキは大きな目に涙をいっぱいためてこっちを見つめて、でもなんにも言わなかった。

 

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口を開いたのはグリフォン。

「こちらにいるおじょーさんがね、お前の身の上ばなしが聞きたいんだってさ」

「かまわないよ」ウミガメモドキは低く、うわの空な調子で答える。

「まあ座って、ご両人。ぼくが話し終わるまでは一言も口を挟まないでくれよ」

 

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そこで3人とも座ったんだけど、みんな黙ったまま何分かシーンとしてた。話し始めなきゃ終われないでしょーに、って思ってたけど、それでもがまんして黙ってた。

 

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「むかしはさ」

ついにウミガメモドキが口を開いた。ふかーいため息まじりに。

「ぼくは正真正銘のウミガメだったんだよ」

 

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これだけ言うとまたしばらくだまっちゃって、シーンとしてるとこにたまにグリフォンがヒャックゥ!ってしゃっくりしたり、ウミガメモドキがグスグス泣きじゃくってるのだけが聞こえる。わたしだって今にも立ち上がって「おもしろいお話をどうもありがとうございました」って言いそうだったけど、どうしたってまだ続きがあるはずじゃん、だからじっと座ってだまってたの。

 

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「ぼくらも小さいときにはね」

やっとウミガメモドキが続きを話し始める。だいぶ落ち着いたけど、まだたまにグスッてむせぶんだ。

「海の学校に通ってたんだ。校長先生はおじいちゃんウミガメのタイマイさんだった、ぼくらはリクガメ先生と呼んでたけど」

 

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「どうしてリクガメ先生って呼んでたの、リクガメじゃないんでしょ?」

「タイマイはたいても動じない教育を受けたからさ」ウミガメモドキはイライラしながら答える。「ったく、気付けよな」

「そういうつまらないことでいちいち聞くのは恥ずかしいと思ったほうがいいぜ」

グリフォンまでダメ押し。

 

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そうやってふたりともだまってじーっとわたしのこと見てるから、穴があったら入りたいくらいだった。グリフォンが「続けろよセンセイ。丸一日かかっちまうよ」って急かしたことで、やっと続きが始まった。

 

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「とにかく、海の学校に通ってたんだ。君は半信半疑かもしれないけど」

「半信半疑だなんて言ってないでしょ!」ってまた口を挟んじゃった。

「さっきのがそうだろ」とウミガメモドキ。

「だまってろ!」とグリフォン。

そんなふうに言われたらわたしもうなにも言えない。

 

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ウミガメモドキが続ける。

「最高の教育を受けた。ほんと、毎日通ったよ」

「わたしだって通学してたよ。そんなの全然ジマンになんないよ」

「じゃあ課外授業は?」ウミガメモドキはちょっと動揺してる。

「もちろん。フランス語と音楽を受けたけど」

「洗濯は?」

「そんなのあるわけないじゃん!」

これにはわたしもイラッとしたの。

 

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「なるほど、じゃあ君んとこは最高の学校とはいえないな」

ウミガメモドキはそう言いながらめちゃくちゃほっとしてるの。

「うちの学校はね、授業料の末尾に『フランス語、音楽、洗い物は別課料金』って但し書きがあるんだ」

「でもさ、洗濯なんて必要ないでしょ、海の底に住んでるんだから」

「ぼくは受けたくても受けられなかった」ウミガメモドキはため息まじりに言う。「ぼくは本科科目しか取れなかったから」

 

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「どんな科目があるの?」ってわたしは詳しく聞いてみた。

「まずはもちろん『よろけかた』と『もがきかた』からだよ」とウミガメモドキが答える。

「それから算数が枝分かれしていって『欲出し算』『気を引き算』『醜く見せかけ算』『嘲笑い算』がある」

 

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「『醜く見せかけ算』なんて聞いたことない!なんなのそれ?」

思い切って聞いてみた。

そしたらグリフォンが後ろ足立ちになってのけぞるほどおどろいちゃってさ。「うそだろ、醜く見せるってことがわからないって?」って声を上げるの。

「じゃああんた、美しくするってこともわからないんだろ」

「それはわかってる、と思うけど」ちょっと自信なかったの。「それって、あれだよね、なにかを・・・かわいく?する?」

 

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「それがわかってて」とグリフォンが続ける。「醜くするのがどういうことかわかんないってんなら、あんた相当天然だな」

わたしもそれ以上聞く勇気はなかった。だからウミガメモドキに向かって「ほかには何を習ったの?」って聞いたの。

 

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「ええと『裏歴史』と・・・」ウミガメモドキは答えながら前ヒレで一個一個科目を数えてた。「これは古代と現代とがあって、あとは『海里学』と『間ノビ術』。この『間ノビ術』の先生はおじいちゃんアナゴでね、週に一回だけ教えに来てた。『間ノビ術』と『ストレッチ』と『とぐろ失神法』を教えてたんだ」

 

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「なにそれ?」

「いや、ぼくには見せられないんだ。体がかたくってさ。グリフォンは受けてないだろ?」

「そんな時間なかったよ。古典の授業は受けてたけど。小難しかったな、おじいちゃんカニの先生でさ」

 

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「ぼくはあの人のは受けなかった」ウミガメモドキがため息ついて言う。「『笑って語』と『グズり語』を教えてたって話だよね」

「それそれ」って言って、今度はグリフォンがため息をつく。そしてふたりとも前足で顔を隠しちゃったんだ。

 

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「で、授業は一日どのくらいあったの?」

わたし、とにかく話を変えようと思って。

「初日は10時間」とウミガメモドキ。「2日目は9時間って方式だったよ」

「へー、おもしろい時間割!」つい声をあげちゃった。

「だから時間割っていうのさ」とグリフォンが答える。「一日ごとに割り引いていくわけだ」

 

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ほんと目からウロコだった。でもちょっとよく考えてみてから「じゃあ11日目はお休みなの?」って聞いてみた。

「もちろんそうだったよ」とウミガメモドキ。

「12日目はどうするの?」

わたしは気になってしょーがなかったんだけど「もう時間割の話はいいだろ」ってグリフォンがきっぱり切り上げちゃったんだ。「遊びの話をしようぜ」だって。

 

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(第09回 了)

 

 

* 『アリス失踪!』は毎月09日に更新されます。

 

 

 

 

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■