ゆめのかよひじ_No.04_cover_01おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

とげとげひめとべたべたおうじ(前編)

 

 ゆめをみました。

 みたことのあるばしょ、そしてとてもなつかしいばしょでした。むかし、おとうさんとよくいったまちのとしょかんでした。

 あたしがまだがよめないころから、おとうさんはあたしをよくとしょかんにつれていってくれました。

 「ほんはね」

 おとうさんは、ろうどくコーナーで、いっさつめのえほんをよみおえてからいいました。

 「まほうみたいだって、おとうさんはいつもおもうよ」

 「まほう? どうして?」

 「だって、ひょうしをめくったとたんに、ちがうせかいにいけちゃうだろ?」

 そういえばそうでした。さいしょのおはなしをきいていたとき、あたしはおやゆびくらいにちいさなおひめさまになっていました。おはなのなかからうまれたのです。そして、ふたつめのおはなしでは、おとこのこになってりゅうをたいじにいくのでした。

 「いろんなひとになれるってこと?」

 「そうだね。それもあるね」

 「いろんなところにいけるし」

 「そうそう」

 「ぼうけんもできるし、けっこんもできるし」

 「うん」

 ほんとだ、ほんってすごいってあたしはおもいました。

 「これは、こどものおはなしだけど、よんでるとおとなのおとうさんだってたのしいきもちになれる。それもすごいよね」

 「じゃあもっとよんで」

 そういって、あたしはなんさつもなんさつもきにいったひょうしのほんをえらんではおとうさんのところへはこびました。はたらきもののありみたいにです。でも、ありさんとちがうのは、それはきりぎりすみたいにたのしむためのおしごとだったということです。とちゅうでおとうさんは、のどがつかれたといってやすんだり、おみずをのみにいったりしました。それくらい、としょかんにいくたびに、あたしはたくさんのほんをおねだりしたのです。

ゆめのかよひじ_No.04_01

 いまはあたしもしょうがくせいだから、ひらがなとカタカナはよめます。かんじだってほんのすこしならわかります。大とか川とか山とかです。目とか口とか木とかです。でも、まだまだよめないかんじのほうがおおいです。

 ところが、そのひのあたしはちがいました。としょかんにあるほんがぜんぶすらすらとよめるようになっていたのです。ひらいてみてみたことがないかんじがずらっとならんでいても、

 「ふんふん」

 とわかるのです。

 「なるほど」

 ってうなずけるのです。

 「ゆめのなかのとしょかんってすごい」

 あたしはそうおもいました。

 あたまをあげて、ぐるっとみまわすと、それはなんじゅっかいだてかわからないくらいでっかいとしょかんでした。らせんかいだんでどんどんうえにのぼっていけるしくみでした。うえをみあげると、ずうっとずううううっととおくにてんじょうがみえました。てんじょうには、おおきなめだまがえがいてありました。そのめだまはもしかしたら、ほんのかんりにんかもしれません。ほんのかみさまかもしれません。このとしょかんにあるぜんぶのほんをよんだなのかもしれません。いいえ、きっとそうにきまっています。

 「あのめだまとおはなししたい」

 あたしはそうおもいました。

 「あたしも、ここにあるほんをぜんぶよみたい」

 われながら、すごいけついでした。あたしは、いきごんで、さいしょにについた、おおきなえほんをひらきました。

 タイトルは、「とげとげひめとべたべたおうじ」でした。

 「なんて、へんてこなだいなのかしら」

 ひょうしには、からだじゅうからとげとげがでていて、ふきげんなかおをしているおひめさまと、いろんなものがくっついておもたそう、というよりぼんやりしているおうじさまがえがかれていました。

 「どっちもたいへんそう」

 

 ほんをひらいたとたん、あたしはもうほんのなかにはいっていました。いきなりおしろのなかにいました。へいたいさんや、きぞくや、おうさまがいました。

 ないているのは、おうひさまでした。

ゆめのかよひじ_No.04_02

 「ああ、どうしたらいいのかしら、あのこたちがふびんでふびんで」

 そんなふうになげきくらしておられました。

 「そうなかないでおくれ。それもこれも、わたしのせいだ。あのまじょのいうことをきかなかったせいなんだ」

 そうなのです。このくにからずっととおくにあるやみのやまにすんでいるやみのまじょがいるのです。やみからうまれたまじょとよばれている、こまったまじょなのです。

 

 ふたごのこどもがうまれて、おしろがよろこびにわいているときに、ひとりのまじょがおうさまのまえにあらわれたのでした。

 「どちらかひとりをわたしにおくれ」

 まじょは、そんなとんでもないようきゅうをしました。うわさによると、まじょはあかごをにてたべるのだそうです。こうきなうまれのあかちゃんをたべると、わかがえって、まりょくもよりいっそうつよくなるのだそうです。そうやって、このまじょは、ずいぶんとながいじかんをいきてきたのでした。

 「わたせるものですか」

 おうひさまは、ふたごのあかちゃんをぎゅっとだきしめました。

 「そうだとも」

 おうさまもこたえました。

 「じぶんのこどものどちらかをえらんで、まじょにわたすなんて、そんなひどいことができるものか」

 おうさまは、へいたいたちにまじょをおいださせようとしました。

 「おろかものめが」

 まじょはあざわらいました。

 「あたしにてがだせるとおもっているのかい」

 まじょのがあかくひかり、てにしたつえがいやなおとをたててふられました。するとへいたいたちは、みんなありんこにかわっていました。まじょは、ありんこになったへいたいをふみつぶしました。

 「ほらどうだ? ありんこなら、いくらつぶしてもこころがいたまないぞ」

 「やめてください。わたしのこころはいたみます。だって、ありんこにかえられていたって、それはかけがえのないわたしのへいたいさんたちだからです」

 おうひさまがいいました。

 「そうだ。そのとおりだ。わかった、そういうことならわたしのいのちをおまえにささげよう。だから、こどもたちはどうかかんべんしてくれ」

 おうさまは、まじょのまえにひざまづいてそうおねがいしました。

 「だめだだめだ。おまえみたいなおいぼれ、まずくてくえたものじゃない。それに、ふたりのこどものひとりをわたしにさしだしたというざいあくかんこうかいっていうスパイスがかかってないと、ちっともおいしくないんだよ」

 そういって、まじょはいじわるくわらいました。

 「なんてことを」

 おうさまはあきれはてました。

 「おまえはなんのために、ながいじかんをいきつづけてきたのだ」

 「なんのため?」

 まじょはせせらわらいました。

 「じぶんのためにきまってるだろ? じぶんいがいにたいせつなものがいったいどこにあるってんだい」

 

 どうしてもふたりがあかごをてばなさないとわかると、まじょはいかりました。

 「そうかい、それなら、おまえさんたちがけっしんできるようにしてやろう。おまえのこどもたちは、ひどいくるしみをせおうことになる。とげとげとべたべただ」

 まじょはめをまっかにしました。くちがひきさけてみみまでひろがりました。みみがおおかみのそれのようにぴんとたちました。かみのけがてんをめがけてつきたちました。てにしたつえをぐるぐるまわしながら、まじょは、

 「のろわれてあれ。わたしのやくにたとうとしないむいみなこどもたちよ」

 ひくくしゃがれたこえでそういいました。

 「いたい」

 おうひさまがこえをあげました。

 あかんぼうのひとりのぜんしんからするどいトゲがうきだしてきたからです。それがおうひさまのむねをさしたのです。

ゆめのかよひじ_No.04_03

 そして、もうひとつのむねには、からだじゅうからべたべたしたものがふきだしたあかんぼうのからだがべっとりとはりついていました。

 「ふははは、なんというざまだ。みじめであわれなこどもたち」

 あざけりながら、まじょはさっていきました。

 「きがかわったら、わたしをよぶがいい。きぞくのこどもをさんにん、いきたまましろのてっぺんのとうにつきさすがいい。そのなきごえで、はげたかたちをよびよせるんだ。そうしたら、そのうちのいちわにのってわたしもきてやるから」

 

 まじょがさってから、おうひさまとおうさまはなげきかなしみました。

 トゲはどうやら、むすめのむねのなかからでてくるようなのです。つまり、トゲはからだをさすまえに、むすめのこころをきずつけてくるようなのでした。

 むすこのほうは、もっとたいへんです。いろんなものがくっついてくるので、どこまでがじぶんなのかがわからなくなるのです。どうやらくっついたもののきもちがじぶんのなかにはいってくるようなのでした。だから、どこまでがじぶんのきもちで、どこからがおもちゃのきもちなのか、どこまでがじぶんのきもちで、どこからがかいがらのきもちなのか、どこまでがじぶんのきもちで、どこからがコンニャクのきもちなのか、わからなくなってしまうのでした。

 「だいじょうぶ」

 おうさまは、それでもきをつよくもとうとしました。

 「それでも、このこたちはわたしたちのてもとにのこされた。わたしたちが、あいしてそだててやれば、きっときちんとそだつだろう」

 

 でも、そうもいかないようでした。こどもたちのくるしみは、おうさまとおうひさまのあいのちからでも、とりのぞくことができないのでした。あるいは、そのようにまじょがしくんだのでした。

 「このこたちのくるしみは、としをおうごとにおおきくなっていきます。だってあなたみてごらんなさいな」

 おうひさまは、ごさいになったおひめさまをゆびさしました。だきあげることはもうできません。からだじゅうから、はりねずみのようにトゲがつきだしているからです。

 「トゲトゲも、このこといっしょにおおきくなるようなのです。どんどんふとくながくなっています。それがからだのなかをとおってうきでてくるとき、このこのこころとからだをどれだけいためつけることか」

 おひめさまは、うらめしそうなめでおうさまとおひめさまをにらみました。

 「もういや」

 いたみにゆがんだこえでおひめさまがいいました。

 「おとうさま、おかあさま。あたしをまじょにささげてください。そして、せめておとうとだけでもたすけてあげて」

 ひめのやさしいきもちにふれて、おうさまとおうひさまはおいおいなきました。

 「でも、おまえのおとうとは」

 おうさまとおうひさまは、おしろのかべにべっとりくっついたおうじをみました。からだじゅうに、まんげきょうやら、にわとりやら、とけいやら、とかげやら、よろいかぶとやら、にんじんやら、うまやら、つくえやら、さんにんのへいたいやら、ちりょうしようとしたごにんのおいしゃさまたちやらが、べったんべったんくっついています。そして、とうとうけさ、おうじさまのからだはおしろのかべとくっついてしまったのです。

 

 おおきなおしろとくっついたら、こころのちゅうしんがからだのそとにでてしまうのではないか。おうさまとおうひさまは、とてもしんぱいしていました。だから、いつもちゅういにちゅういをかさねていたのです。

 でも、けさおうじさまは、あさのさんぽちゅうに、まちがえてにぐるまにこしをおろしてしまったのです。くっついているものがおおすぎて、あるくのにつかれたのかもしれません。それは、おしろに、とれたばかりのやさいをとどけにきたのうふのにぐるまでした。いろんなものがくっついたおうじさまのからだはとてもおもくて、にぐるまはいきおいつけて、すべりだしました。

 「おお、これがにぐるまのきもちというやつか。おもたいものを、しっかりはこぶよろこびにあふれている。やりがいのあるじぶんのしごとに、とてもほこりをもっているようだ」

 そんなかんそうをのべながら、おうじさまのからだはゆったりしたさかみちをもうぜんところげおちていきました。そして、そのさかみちのさきには、さきほどでてきたばかりのおしろがあったのです。

 「ああ、なんてこった」

 それをみていたのうふがこえをあげ、ろばにのっておいかけました。

 「おうじをおとめしろ」

 へいたいたちも、あわててうまにのってかけつけました。

 「だめだ、おしろにぶつかったら、おうじさまが」

 こどもたちも、てんでにおいかけました。

 「わーい、まてまてーっ」

 でも、まにあいませんでした。

 いろんなものがくっついたおうじさまのからだはあんまりはやすぎたからです。

 とうとう、おうじさまのからだはおしろのまっしろいかべにべったんべたりんことくっつきました。

ゆめのかよひじ_No.04_04

 「なるほど」

 おうじさまは、かんじいったようなこえをあげました。

 「これはすごい。これがおしろのきもちか。おとうさまおかあさまのおとうさまおかあさま、そのまたおとうさまおかあさまたち、なんびゃくねんものあいだこのおしろにすんでいたひとたちのこと、いろんなできごとのこと、そんなぜんぶをおぼえてるんだ」

 でも、あんまりたくさんのことをいっぺんにみたりきいたりかんじたりうけとったりしすぎたせいでしょうか。おうじさまはそのままくちをとじて、めをとじて、ながいながいねむりにはいってしまったのでした。

 「ああ、きっとあのこのたましいは」

 おうひさまが、しんぱいのあまりにくちをひらきました。

 「おしろのどこかにうつっていってしまったのにちがいないよ」

 「そんなことはない。だいじょうぶだ」

 おうさまはひっしになっておうひさまをなぐさめました。でも、しんぱいでむねがはりさけそうなおうひさまは、ただただなきくずれるばかりなのでした。

 

 それから、またつきひがながれました。ろくさいになったおひめさまのトゲトゲは、とうとうおおきくなりすぎて、おひめさまのからだからながいツルギのようにつきだすにいたりました。

 それまでずうっとねむったままだったおうじさまが、かべのところではっとめをみひらきました。

 「おお、おうじ、ぶじだったか」

 いちねんぶりに、をさまされたというしらせに、おうさまとおうひさまは、おしろのそとにかけつけました。ふたりとも、ながいねんげつのかなしみとくるしみで、すっかりやつれていました。

 「おとうさまおかあさま、わかりましたよ」

 おうじさまは、にこやかにかたりかけました。

 「わたしは、おしろのきもちをすみからすみまでたどりました。それから、おしろにくっついているこのくにのはたけ、かわ、もり、やま、そしてそらのきもちまで、すべてをみてきました」

 「そうだったのかい」

 おうさまとおうひさまは、おどろきました。

 「とうとう、おまえは、このくにそのものにまでひろがってしまったんだね」

 「ええ、いろんなことをまなびました。いまではまじょにかんしゃしているくらいです」

 けなげなことばに、おうさまとおうひさまはなみだしました。

 「でも、おまえそんなすがたになってしまって」

 「いいえ、みかけほどくるしくはないのです。やみのまじょは、みかけしかわからない。なかみがみえないのです。まほうにかかったものが、ほんとうはどんなきもちになるのかが、あのひとにはみえないのです」

 そういって、あわれむようなをしました。

 「がけのしたにうちすてられていた、いっこのわれたカップがありました。そのカップが、とてもたいせつなことをわたしにおしえてくれたのです」

 おうじさまは、とてもおどろくようなはなしをしました。

 なんと、あのやみのまじょは、かつてはこのくににすんでいたというのです。このくにのもりにすんでいた、きこりのむすめだったというのです。

 

 「あのまじょは、おさないころにははおやをなくし、おとうさんにそだてられていました。きこりだったおとうさんは、くまよりもふというでをしていて、かもしかよりもはやくのをかけました。おおかみよりもおおきなこえでしゃべり、ふくろうよりもよめがきいたのです」

 おさないころのまじょは、まだまじょではなかったのです。ちゃんとしたなまえのある、かわいらしいおんなのこでした。おとうさんが、だいすきなおんなのこだったのです。

ゆめのかよひじ_No.04_05

 「でも、あるとき、せんそうがおこりました。そのころのおうさまは、とてもせんそうがすきだったのです。よそのくにのりょうどをてにいれたくて、いつでもせんそうをしかけていたのです」

 やまにとてもつよいきこりがいるといううわさが、おうさまのみみにとどきました。

 「なんと。それはみみよりなはなしじゃ。すぐにつれてこい」

 けれども、きこりはこばみました。

 「わたしは、このやまのにんげんだ。このやまをはなれてくらすことはない。わたしは、たしかにこのとおりのかいりきだが、そのちからはをきるためにしかつかわない」

 そうなのです。このきこりは、いきものをころすのがだいきらいだったのです。だから、むすめときこりは、いつもやまのいもや、やまのくだものをたべていました。ときどき、さかなくらいはつってたべましたが、それいがいはいっさい、いのちをうばうということをしなかったのです。

 「なんだと」

 ことわられたとしったおうさまは、とてもおこりました。

 「わしのめいれいにさからうとは、ゆるしがたいやつだ」

 きこりには、たいそうかわいがっているむすめがいると、おうさまはみみにしました。

 「よし、では、そのむすめをさらってこい」

 ぶかに、そうめいじたのでした。

 

 「わたしのむすめをかえせ」

 いかりくるったきこりが、おしろにやってきました。おしろのかべをゆさゆさゆすぶって、おおかみのようにほえたけりました。

そのひ、しごとからかえってくると、むすめのすがたがなかったのです。のみかけのミルクがはいったコップが、ゆかにおちてわれていました。もちてのところがとれて、ゆかいちめんにミルクがとびちっていたのでした。こぼれたミルクが、おうけのもんしょうをえがいていたので、きこりには、すぐになにがおこったのかがわかったのですた。

「いいとも」

 おうさまは、ぐらぐらゆれるおしろのなかから、かちほこっていいました。

 「となりのくにのへいたいをひゃくにんころしてこい。そうしたら、むすめのいのちはたすけてやる」

ゆめのかよひじ_No.04_06

 くるしくて、かなしくて、きこりはおおごえでほえました。そんなきこりのまえに、むすめのなきごえがひびきました。わざとうでやあしをつねってなかせたのです。

 「わかった、わかった。わかったから、むすめにてをだすな」

 きこりは、をきるためのおのをふりかざして、となりのくにへとびこんでいきました。たたかっているじぶんのくにのへいたいたちをあっというまにぬきさって、てきのへいたいをたったひとふりでひゃくにんころしてしまいました。

 「そいつは、すばらしい」

 そのたたかいぶりをきいて、おうさまはにやりとわらいました。

(第04回 了)

 

* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

 

 

 

■ 遠藤徹さんの本 ■

贄の王 姉飼 角川ホラー文庫

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■