偏態パズル_第87回_cover_01偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。

論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の連載小説!。

by 三浦俊彦

 

 

 

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■  ①蚕糸②真珠粉③緑虫+雲丹④蜂蜜⑤蟻酸+筋子⑥牛乳+貝柱⑦鱈白子+蚊目玉⑧鶏卵⑨鼈血+岩海苔⑩鮟肝⑪烏賊墨⑫蟹味噌⑬人糞

 

■ ……それらが少女の常食対象であったには違いなかろうが、問題は、袖村茂明自身がファーストフードやカップめんというものを適度に食するとはいえ商品名を意識的にチェックしたことなどなく、興味もなく、それら諸商品を自分が知っているということすら知らなかったにもかかわらずとっさに鮮明な商品名込みの嗅ぎ分けができてしまっていたという準不可解な事実である。エレベーター内顛末がいかに袖村の感覚を研ぎ澄ましたか、いや顛末というよりその腸内環境の持ち主との波長いや波動の共鳴ぶりが袖村にとって異例の相性覚醒と言うべきだったのか、いやカップめんで思い出されるのは、印南哲治の学生時代一時期が三食カップめんの達人だったということだろう。おろち文化内のこの些細な照応に意味を読み取ることは自然である。そう、印南の「おろち魂」が時空トンネル効果により袖村に乗り移っていたとしか考えられまいということだ(なぜ乗り移らねばならぬほどの衝動が疼かざるをえなかったかについては後に明らかになる)。女子高生はドアが開くとともにす、ぷ、ぶ、ぴ、すすと断続的なガス洩れの連発音を引きずりながら前屈みの小走りに廊下を去っていったのだった(最後の残り香は明らかにローソンの「揚げたこ焼き」と「アメリカンドッグ」の混合臭だった)。←第4回

 

■ 袖村茂明は金妙塾参加初回・自己紹介時に、幼少時の例の姉・叔母の空洞破裂便連続目撃体験のダイジェストを語り始めて中途撤回し(自分を注視する噂の達人・印南哲治の権威的眼光に恐れをなして咄嗟に「フライング」を自粛したためと言われる)、かわりに新幹線内、ライブ会場等での二次的目撃体験程度を語った模様だ。蔦崎公一、袖村茂明の履歴の全経験中においてはおしなべて中の下レベルといえるだろうエピソードを仄聞かされただけでもちろん印南の達人体質は、二人の背後に広がる絶大な体質世界を本能的に察知したのであって、

 体質……

 ……袖村ビジュアルワールド(印南は心中密かに「偶発フモール誘験界」と唱えていた)、蔦崎食わされワールド(印南は心中密かに「純愛ビザール法験界」と唱えていた。命名することで少しでも己が嫉妬の茫漠脅威を晴らそうという努力とみられる)の深奥を自ら覗いてもいないという劣等感・伝え聞いてもいないという不安感が、二人に典型的諸エピソードを直接問い質す勇気を萎縮させ、印南の達人プライド魂を熱病的に苛んだのである。

 未知であることが幻想を膨張させ、幻想かもしれぬと弁えつつ嫉妬している自分の愚かしさをひしひしと感じ、幻想でないかも知れぬ・事実は想像を絶する巨大さかもしれぬと怯え、幻想・非幻想どちらに転んでも大嫉妬の大波は同一破壊エネルギーを変えぬばかりか二種干渉した大々嫉妬大々自嘲の渦間に印南はほとんど我を忘れた苦悶生活を強いられることになってしまった。

 にもかかわらずいまや金妙塾主宰として貫禄をもって振舞わねばならず、その表向きの平然超然と内面の動転とが印南哲治の心身を早くも致命的に蝕み始めていたのである。

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 自己紹介以降の体験談告白は、印南顧問への「懺悔」と呼ばれてステージアップの重要儀式として重視された。

 ほかならぬ蔦崎公一も袖村茂明も、幾度か個室でまたは公開の席で印南哲治にせっせと「懺悔」したとされている。アイドル握手会に並ぶ卑小なオタクの目をして。

 懺悔内容の記録はほとんど残っていないが、自己紹介の体験談と大差ないレベルの逸話のみを懺悔したと推定され、まだ奧に大体験を隠していること見え見えの「余力ぶり」がますます印南を刺激し、追い詰めていったようである。

 印南の神経的嫉妬症度の進行ぶりは、袖村・蔦崎だけでなく――

 袖村的天然ビジュアル体験の前兆タイプとして桑田康介のあの顔振峠ビジュアルですら印南の嫉妬の対象になりかけていたことに顕著に表われている。

 「いいなあ君は。そういう偶然目撃談ってのはないんだよ私は……。こんな偉そうに塾長ぶっているけれどね……」

 「え。そうなんですか?」

 「心がけが十分じゃなかったのかなあ、それとも素質なのかなあ、私は意識的な努力だけでスカトロ界にかろうじて君臨しているようなものだからねえ……。限界が見えてるよ……」

 権威によるこうした過剰な率直口調はもちろん軽いジョークと受け取られがちである。

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 そして実際桑田康介は、印南哲治を雲上人だと認識するまま、印南的唐突な謙遜口調をシモジモとコミュニケーションを図るためのことさらなジェスチュアだと思っており、実際康介の目撃対象たるや所詮「ザリザリの刑」で人気の四十五歳、ホエザルこと飯島隆文先生」のにょきにょき排便に他ならなかったのであるから、目撃内容の性質からして印南の嫉妬の対象からは公式に除外されるべきレベルのものでしかなかった。しかし桑田康介に目撃対象の如何を問わず目撃体験そのものが生起したことは事実であり、得点なのであり、無価値もしくは反価値的むさ苦しい男尻であったということを総合してもプラマイ帳消し以上のポイントとして残りえたというのだから印南の疼きの深刻さはもはや到底笑い事ではなかったと言える。まあ印南にしてみればそんな桑田康介は実際まだ子どもであるから、康介相手なら心置きなく、見栄も虚栄も脇において本音かつ素直に嫉妬語を放出できるだろうし、それによって日夜の本物嫉妬の捌け口的両方が試みられると踏んでいたのであった。

 が、これが致命的効果を及ぼした。

 桑田康介という無害な対比物・背景的存在をなまじ前景化してしまったことによって真打の蔦崎、そしてとりわけ純粋本物袖村的一連ビジュアル体験への印南の嫉妬をひたすらいっそう前景前に、超前景化鮮明化させ増幅させたに過ぎなかったのである。

 その境地に労せずして達している袖村と蔦崎に対し達人修業体質・印南ならではの日々指数関数的なる嫉妬増幅を募らせていったのだが、

 そう、「労せずして」というところがまた致命的だった……

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 スカトロ体験のステージは遙かに自分が上であることになっている塾内における師弟関係の名目上常に断然上位を装わねばならず、

 しかも袖村と蔦崎がそれぞれのそれぞれなりの懊悩からあちらはあちらでこれまた本物の嫉妬を自分に寄せてきているらしいと察せられることにより印南自身の嫉妬はさらに八方塞がりに内にこもり激しく燃焼しつつ焦燥しつつあったのだ。袖村のエレベーター体験時(第4回)に、すでに印南哲治のおろち魂が袖村に乗り移ってしまう時空トンネル効果的憑依現象が(印南の意識はこれに気づきようもなかったが)生じていたことを想起せよ。ふたりの人生が時空的に合流、接点が生ずる以前に、あれは乗り移ったというよりも逆に袖村のビジュアルパワーが印南の生気流を吸引しつつあったと言うべきなのである。【蔦崎死後、袖村に宛てた印南の遺書】

 事情を複雑にしているのは、さらにもう一人、袖村とともに、というよりたぶん袖村を導いて入塾してきた三谷恒明も――三谷恒明ごときですら――印南の嫉妬対象となりおおせてしまったことである。

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 三谷は袖村体質のトレーナーに徹し始めていたため、懺悔の場で、あるいは例会の折に袖村がいようがいまいが必ず一度は袖村の目覚しいビジュアル誘引力を感嘆込めた口調で、

 「いやあ袖村のおかげでおとといはあの書店で女子店員のいかにも苦しげな下痢音をですねえ……」

 「先週は公園で女子小学生がこっちにモロかわいいすぼみ尻向けながら野グソを……こっち振り向き振り向き……」

 「先々週ったらあの駅で女子トイレ清掃中だったらしく切羽つまった表情で男子トイレに駆け込んできたクレヨンしんちゃんTシャツ着た黒眼鏡の太め中年女性がそのまま個室ドアばたんと閉めると同時にバブィビィイイーッ、ものすごい破裂音を響かせましてねぇ……気の毒にあれ間に合わなかったんじゃないかな……絶対あれ間に合ってないな……」

 「ひと月前ったら県境のスーパーの今どき男女共用トイレの個室あけると鍵かけ忘れたスリム女子高生風のモロ極太排出中ドめくれ尻をアップで拝んじまいまして……極太の山吹色の尻尾がブッ! て切れて和式の縁にニュるんってちょうどはみ出し横たわった瞬間だったんですよ……」等などと吹聴したのであって、これらが――

 これらが懺悔室であるいは司会席に座って平然を装ってはいる印南哲治の目には

 〈素晴らしきビジュアル超能力者袖村茂明への嫉妬感情の素直な表出〉

 と映ったのである。確かに三谷の心には従来どおり袖村の豊富なビジュアル体験への嫉妬根性も残り火的にくすぶってはいたが、いまやほとんどトレーナー的情熱が一見嫉妬的語勢でもって語らしめたのであって、印南は明らかに現象を過大評価していた。三谷は旧知袖村茂明に加え塾生間にじわじわ知られるようになってきた蔦崎公一食ワサレ体質に対してもトレーナー的欲望を感じており、こちらも一見あからさまな隠れもなき嫉妬語の装いで迸った。例会だろうが個人的会話だろうが塾生と見るやことあるごとに袖村・蔦崎の資質および履歴を羨み崇める言葉を口にしていたのである。

 「あの蔦崎ってのは凄えなあ、凄えって意味わかる? わかるよなあ、わかんなきゃ皆さんこんなとこにいないもんなあ、袖村君も相当な玉だけど蔦崎の素質もまた一味なァ……」

 このような「開放的嫉妬者」の存在が、「閉鎖的嫉妬者」たる自己の因業を印南に思い知らせることとなったのだ。嫉妬を自由に口にできる立場にある三谷恒明に強烈な妬みを覚え始めた印南だったのである。

 メタ嫉妬というべき複雑隠微なメカニズムである。

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 存分に嫉妬を表明できる三谷的道化的立場への嫉妬である。

 こうして本来なら嫉妬の対象となるべき客観的クオリティには恵まれぬ単なる偽便所経営上がりの三谷恒明ごときをもまた密かなるメタ嫉妬の対象と仕立て上げざるをえなかった印南の宿業は悲劇的なまでに根深いと評さざるをえず、対袖村・蔦崎嫉妬と対三谷メタ嫉妬との二層サンドイッチに悶絶しつつどうしようもない深濁嫉妬状況に苛まれ、臨界点に達しつつあった。

 虚構的権威の重圧は嫉妬によって熱圧に達する。

 嫉妬への嫉妬ほど原型のままでいないものはない。

 おろち文化がもたらした数多い非おろち的教訓の筆頭にこの二つが常に諳んじられる疑似おろち様式の日常的確立こそ、この印南袖村蔦崎三谷四角関係の黎明期しがらみゆえだったのである。

 三谷恒明が「懺悔」の場で印南に告白した思い出話を二つここで紹介しておこう。

 「うちの近くにゆるやかな坂道があったのです。そこをゆっくり上っていくのが何よりの楽しみでした、高校生の頃。というのも坂を歩いて上っていくと、うしろから自転車がちらほら追い越してゆくんですね。で、ゆるやかな坂道ですからみんな立ち漕ぎくらいで上っていきます。毎日高校サボってぶらぶら散歩してたんでたいてい昼過ぎなんですが自転車に乗ってるのは女が多いです。それもおばさん層ですね午後は。で坂上りつめたあたりで追い越されると、ちょうど立ち漕ぎから普通の坐りへと、そう、オバサンのヒップがずんとサドルに乗っかる瞬間が間近に見られるわけですね。それが興奮するんですよ。勃起します。でも、おばさん尻がサドルに密着する瞬間ばかり見つづけたせいで半ば年増尻マニアになりかけてる自分に気がつきましてこれはヤバイ、と、散歩コースを変えたんですね。もっと急な坂があるんです。そっちはさすがにおばさんたちは自転車を降りて押していってて、立ち漕ぎしていくのは元気な若い層ばかりで……そう……熟女趣味にはまりかけた俺自身をナントカ軌道修正させられたという次第です……」

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 第28回に引用した吉岡明之の懺悔と酷似していることに注意されたい。尻フェチの生育には共通した少数のプロトタイプがあるらしいということを立証する些末一致と言えるだろう。

 「……変態の芽は早めに摘んでおくに限るんです。あれだけは誇れる効果的な自己セラピーでした……セラピーしてよかったのかというささやかな悔いとともに……」

 (こっ、こやつ……)(聞き役が俺のときだけ……)あえてこんな低レベルの後下半身談を自らの懺悔に選ぶこと自体が怪しい、と印南は疑った。悶々と疑った。袖村茂明の深奥を隠し注意をそらすためのフェイントではないだろうか。こればかりは印南の疑念が正しかったのかもしれない。三谷恒明は後に

 史上初のトレーナー体質者……

 として密かに一部方面に名を残すことになる小人物界の大人物だからである。

 トレーナーもしくはサポーターもしくはマネージャー特有の布石防衛本能で至宝袖村茂明の、そして派生的に蔦崎公一の真価を印南哲治の注意焦点から逸らすふりをし、実際逸らしつつかえって引き付け、真正おろち文化の開闢を実現させた、ただしすべて三谷的無意識に、という定説が、その少なくとも半分が、印南哲治の疑念としてすでに意識化され、印南的震源を刺激していたらしいのである。

 さてもうひとつ。

 「僕って半端もんの尻マニアだったんですが、どうもダメだったんです、機会がなくて。……(→第15回)

(第87回 了)

 

* 『偏態パズル』は毎月16日と29日に更新されます。

 

 

 

 

 

 

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天才児のための論理思考入門  下半身の論理学

 

 

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