仙田学_ツルツルちゃん2 _06_cover_01イケメンチンドン屋の、その名も池王子珍太郎がパラシュート使って空から俺の学校に転校してきた。クラスのアイドル兎実さんは秒殺でイケチンに夢中。俺の幼なじみの未来もイケチンに夢中、なのか? そんでイケチンの好みの女の子は? あ、俺は誰に恋してるんだっけ。そんでツルツルちゃんてだぁれ?。

早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!

by 仙田学

 

 

 

第三章 Gよりコンパクト(上)

 

 

大振りのイカ飯の載った皿を差しだしたまま、母親は首をかしげた。

「未来ちゃん。どっか具合でも悪いの?」

「んーん。なんで、おばさん」

「だって……」

おふくろは困り果てたようにおれに横目をくれる。

未来の手もとを見たおれは、口に運んでいた人参をとり落としそうになった。

未来が箸で掴んでいるのは、イカの頭の先っぽの、もっとも飯の量の少ない部分だったのだ。

ありえねえ!!

皆ですき焼きをつつけば真っ先に牛肉を大量にさらっていく。

中華料理屋に行けばまわるテーブルに渋滞を起こさせる。

ロールケーキや果物など、切り分けられたものは基本真んなかの、いちばん肉厚なところに遠慮なくフォークを突き刺す。

それが未来って女じゃなかったっけ?

「いーしゃん、今日ねー学校れねー、お習字の時間、となりの男子にヒゲ描いてあげたんらよっ?」

口のまわりをご飯粒だらけにしながら、箸の先に突き刺したコロッケを振りましてきゃっきゃと笑っているのは、妹のつなだ。

お気に入りの猫耳パーカーの胸もとには、ソースの染みがべっとりとついている。

おれはふたたび、母親と目をあわせ、唾を飲みこんだ。

いつもなら、嫌がるつなからパーカーを脱がせ、洗面所に駆けこんで染み抜きに没入しているはず……なのに。

そう。

未来は極度の潔癖症だった。

看護師をしている未来の母親に夜勤の入っている日には、未来はうちで夕飯を食べていくのだが、そのたびにおれと母親はヒヤヒヤしなければならない。

棚の上やテレビの上や冷蔵庫の裏側。

わずかでも埃やゴミのたまっているところを見つけると、未来は鬼のような勢いでこすりまくる。

とくに、ソース類がおかしなところについている、なんて事態にはいちばん耐えられないはずだった。

「ん。すごいじゃん、つなちゃん、やったね」

超棒読みで返事をすると、未来はテーブルの上の砂糖壺を引き寄せ、イカの切れ端に振りかけた。さらにマヨネーズをてんこ盛りに塗りたくり、唐辛子をトッピングする。

ぐずぐずになった物体を箸の先で突つきながら、未来は長ながとため息をついた。

「はふぅ―――――――っっ……」

ため息を繰り返す未来の目は、どこにも焦点があっていなかった。

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「いーしゃん、帰りに肉まん食べてきた?」

つなが上目遣いで首をかしげた。

小学五年生なりに、年上の幼なじみの食欲不振を気遣っているらしい。

「よくわかったね、さすがつなちゃん。でも、今日はピザまんと餡まんにしたよ。あとホットドッグとフライドチキン」

食ってるじゃねえか!

「それしか食べてないの? なにがあったかおばちゃんわかんないけど、栄養つけとかないと、からだもたないよ」

いや、じゅうぶん食ってると思うんだけど、なんて口を挟める空気じゃねえ。

母親は未来の目をじっと覗きこみ、口ごもりながらこう続けたのだ。

「未来ちゃんもしかして……好きなひとでもできたの?」

飲んでいた味噌汁を勢いよく噴いたのは、おれだった。

未来は顔色を変えて俯き、しばらく黙りこんでいたかと思うと、席を立った。

「ごちそうさま。おばさんごめんね」

台所から駆けだし、階段を昇っていく足音が響いた。

部屋の扉の閉まる音が聞こえる。って、おれの部屋なんだけど。

未来が抜けたぶん大幅に残った夕飯を片づけ終わると、おれは恐る恐る二階へあがった。

部屋のドアを開けると、電気が点いていなかった。

「おまえのぶんのイカ飯、ラップして冷蔵庫しまってあるから、あとで腹減ったら食えよ」

未来はベッドに突っ伏したまま、ぴくりとも動かなかった。

おれは薄暗い部屋を手探りで横切り、椅子に腰をおろす。

そのとたん、ドっと疲労が襲ってきた。

頭もからだも、ふだん使わないような部分をフル稼働させ続けていたような一日だった。

疲労のいちばんの原因は、ふらのスペシャル★ランチボックスだ。

池王子につきまとい媚を売りまくる、兎実さんの笑顔がよみがえる。

こめかみに小さな汗の玉が流れていた。笑顔は引きつっていたし、いつものような後光も射していなかった。それだけに、いつもよりはるかに身近に感じられる。

地上に舞い降りてきた天使。

でも、その笑顔が向けられてるのは、おれにじゃなく、自家用セスナで登校してきた、大金持ちのイケメン新入生野郎になんだ。

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ぶんぶん頭を振り、記憶を振り払おうとする。

その底から浮かびあがってきたのは、母親の言葉だった。

――未来ちゃんもしかして、好きなひとでもできたの?

顔色を変え、目を泳がせた未来の顔が蘇る。

そういや、未来は今朝から様子がいつもと違った。

苛々していたかと思うと魂を抜かれたようにぼんやりしていた。

いつも以上に食欲を発揮していたかと思えば、夕食にはほとんど手をつけなかった。

なにか変わったことといえば、ひとつだけ。

クラスに、池王子がやってきたことだけ。

もしかして、未来まで……?

おれの胸は激しく鼓動を打ちだした。

顔が一気に赤くなったのがわかる。

まるで中学生の頃、道で拾って引き出しの奥に隠しておいたエロ本を、母親に勝手に整理され、本棚に並べられていたときのようだった。

なんだこの感じは?

兎実さんならともかく、未来に好きなひとができようができまいが、知ったこっちゃない。

なんでこんな動揺してんだ、おれ?

昔からプロレスラーにしか興味がなく、男性アイドルタレントやイケメン俳優からいい寄られても跳ねつけていた未来のことを、おれはひそかに心配していたほどだった。

好きなひとができた?

けっこうなことじゃないか。

まあ、相手が池王子ってところがひっかからないでもないが。

………………えぇい!!

おれにはやらなきゃならないことがある。現役で医大に合格して大金持ちになり、自家用ジェット機で兎実さんを迎えにいくんだっ。

机に向かって参考書を広げ、卓上蛍光灯を点けようとして、おれは固まった。

そうだった未来が寝てるんだった。

わざわざ好き好んで眠ってる虎の尾を踏む必要はなかろう。リビングに行くか。

ドアを開けた瞬間、

「どおりゃゃゃゃあああああっっっっ!!!!」

甲高い声をあげながら駆けこんできたのは、つなだった。

おれを突きのけると、つなは床を蹴ってベッドに飛びあがる。

「せいやっ」

「とおっ」

反射的に跳ね起きた未来と、つなはがっちり両手を掴みあった。

そのまま睨みあううちに、未来の力に押され、つなはえび反りになっていく。

やがて、つなが組み敷かれるような格好になった。

かと思うと、つなは足を未来の腹にかけ、弾き飛ばした。

きれいな弧を描いて、未来は背中から一回転し、床の上に転がる。

「おりゃっ! どーだっ!!」

つなはすぐさま立ちあがり、未来の腹の上へダイブした。

たちまち未来も身を起こし、

「そーはいくかっ」

だの叫び返して、ふたりは空中で激しくぶつかりあい、おれがあいだに入って強制的に引き離す、

……はずなんだけど?

「ぐふっっ!」

落ちてきたつなの全体重を腹で受けとめると、未来は両手両足を大きく痙攣させ、動かなくなった。

「いーしゃん?」

未来に覆いかぶさったまま、つなは首を傾げた。

未来はぴくりともしない。

白目を剥いていた。

「はいはいはい、今日のお遊戯はこれまでだ」

おれはつなのわきの下に手を入れ、ちからずくで未来から引っぱがす。

「おにいしゃん。いーしゃん、なんかヘン」

「大丈夫だぞー、もとからヘンだから」

大粒の涙を滲ませたつなを、おれは宥めながら追い払った。

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ドアを閉め、とりあえず灯りを点ける。

夕食後のプロレスごっこは、円山家の伝統行事といってもいい。

プロレスごっこをしながら寝かしつけるのが、つなのゼロ歳児の頃からの未来の仕事だった。

長じてつなは三度のメシよりプロレスが好きになり、未来とは寄るとさわるとレスラーの話に興じてばかりいるようになっていた。

「おい大丈夫か未来、どうしたおまえさっきから……ん?」

いない。

一瞬前に転がっていたはずのベッド脇には、未来の影もかたちもなかった。

反射的にあたりを見まわそうとしたおれは、激しい衝撃を背中に受けてふっ飛んだ。

「えーいちっ!!」

おれに馬乗りになって胸倉を掴んできたのは未来だった。

目が血走っている。髪はざんばらになっていた。

「どうどうどう、もうつなは寝たぞ。ご苦労ご苦労わははははは」

「あれどこにあんのあれっ? いますぐだして、いますぐっ!」

「うぐっ、イカ飯なら冷蔵庫に」

「バカっ! そんなのどうでもいいから、雑誌よ、雑誌。あたしが載ってるの!」

「おまえ、いままで見たことなんかなかったじゃねえか。なんでいきなり……」

「あたしの載ってるの、あんたがぜんぶ保存してることなんて知ってんだからねっ。早くだしなさいよ、この変態!」

引き起こされ、小突かれるままに、おれはふらふらと押入れに近づいていく。

あたっているだけに、なにもいえなかった。

小学生の頃に竹下通りでスカウトされていらい、未来がモデルとしてページを飾った雑誌は一冊残らず買い集めてある。

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誤解のないようにお断りしておくが、おれは変態ではない。未来の仕事の管理をしているだけだ。

極度の潔癖症のくせに、未来は自分のことにかんしては過剰なまでにひと任せだった。髪を毎朝巻くのも、授業のノートをまとめるのも、弁当を作るのも洗濯をするのも、昔からすべておれの仕事だ。

なんでおれがそこまで未来のいいなりになってるのかって?

小学生の頃、こんなことがあった。

未来の家族とうちの家族とで、一緒に旅行にでかけた。

乗り換えの駅のホームで、電車を待っていたときだった。

名産品の饅頭を未来が欲しがった。ところがその饅頭は売り切れで、次に売店に入ってくるのは一時間後だという。おれたちの乗る電車がでるのは十分後。

――お饅頭買ってくんなきゃ、あたしここから一歩も動かないからねっ。

ゴネまくる未来に押し切られ、おれたちは饅頭のために電車をずらしたのだ。

翌日の新聞を見て仰天した。おれたちの乗るはずだった電車が事故を起こし、膨大な数の死傷者をだしていたのだ。

いらい、未来の求めるものは、おれにとっては文字通りの未来そのものとなった。

どれほど理不尽で自己中心的にみえようとも、未来のいうことに背けば、待っているのは破滅しかないのだ。

「これでぜんぶ?」

「ぜんぶだ」

おれは額の汗を拭った。

おれたちの目の前には、数十個のダンボール箱の中身がぶちまけられていた。

小学生向けの学習教材。

百貨店の着物屋のパンフレット。

交通安全のポスター。

美容院のチラシ。

そして大量のファッション雑誌。

読者モデルとしてちらほら載っていた頃から、専属モデルとして巻頭ページを占めるようになり、人気モデルとして頻繁に特集ページが組まれている最近のものまで。

こうして眺めわたすと、未来の成長ぶりには胸に迫るものがある。

よくここまで育てあげたもんだなあ。

「あんた……きもいよ」

眉根を寄せ、口を押さえて、未来はおれから一歩遠のいた。

異様に顔がにやけていたことにおれは気がついた。

「そういう意味じゃないって。あのな。おれはな」

「わかった、わかったから、ちょっと離れなさい」

未来はノラ犬を追い払うようにおれに手を振り、座りこんだ。

とっかえひっかえ雑誌を手にとると、自分の写真が載っているページに次々と険しい目を走らせていく。

未来の仕事の記録は、一緒に育ってきたおれの過去の記憶を呼び覚ました。

この頃は小六だったっけ。カナヅチだった未来に近所の川で泳ぎを教えていたら、流されて溺れかけたよなあ。

この頃は中二か。ちょうどテスト期間に撮影が集中してたんだ。未来のための一夜漬けプリントを全教科作りだしたのはこの頃からだったよなあ。

「映一。あたし、かわいい?」

「へ?」

思い出にふけっていたおれは、耳を疑うような質問で我に返らされた。

ジャージ姿であぐらをかいたまま、未来はこちらを見あげている。

目が潤み、頬は赤く染まっていた。

朝おれが巻いてやった髪はゆるゆるに解けている。

口紅ひとつ引いていない顔は剥きだしのドすっぴんだ。

だが、触れれば指紋がつきそうなほどの白く滑らかな肌も、アーモンド型の大きな目も、写真にはないまぶしいほどの輝きをまとっていた。

「答えなよ。かわいいの? かわいくないの?」

未来はおれの親指を握ってきた。

反射的におれは、未来のほっそりとした手を、残りの指で包みこむ。

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小学校にあがる前までの、未来の癖だった。

あの頃、未来はまだいまの未来じゃなかった。

カルガモの親子みたいに、いつもおれの後をついてまわって、おれがいないとなにひとつできず、いつも泣いてばかりいて……。

「どっち? ねえ」

とつぜん未来は手に力をこめてくる。

おれはバランスを失い、足を滑らせた。

ぽむっ。

「お?」

「ん?」

頭から床に倒れこんだおれの頭を受けとめたのは、弾力抜群のクッションだった。

ちょうどひと肌くらいの温度にあたためられて、触り心地も抜群だ。

顔が埋まるほどの大きさの、張りのあるふたつの球体。

まるで呼吸をしているように緩やかに上下して……?

おれの顔から、ほんの数センチのところに開いていたのは、色づきはじめたばかりの桜の花びらのような、未来の唇だった。

熱っぽい息の、甘いミルクのような香りが鼻腔をくすぐる。

「いつまでモフモフしてんだよっ」

おれが顔をうずめていたのは、細いからだに不釣あいなほどよく発育した、未来の胸だった。

尋常ならぬ力で肩を押しのけられ、おれは雑誌やチラシの海へと仰向けに倒れこむ。

ガコンッ!!

後頭部を床で強打した瞬間、甘い感触は跡形もなく消え去った。

未来が猫のように助走もつけず飛びあがるのが見える。

そのまま揃えた両膝を下にして、おれの腹の上へ落下した。

「ぐほっ」

「どうなのよ、あたし、かわいいの? きれいなの?」

似たような選択肢しかねえ。

「か、かわい……」

「だよねっ? どう考えてもそうだよねっ。ったくあのヤロー!」

未来は顔を真っ赤に染めて、おれのTシャツの襟もとを引きちぎらんばかりに絞めあげてくる。

「ぐ、ぐるぢ……なん、なんの話だいっだい……」

声を振り絞っておれは当然の疑問を口にする。

「あのイケチンヤローの話に決まってんじゃん」

「イケ、チン……?」

卑猥極まりない響きの単語だ。

「今日きた新入生だよ。ぎりぎり雰囲気イケメンだけど、チンドン屋みたいなカッコしてるから、残念なイケメン。イケメンチンドン屋、略してイケチン」

イケメンイケメンうるさいな。微妙に半笑いだし。このあだ名を気に入ってるとみた。

「やっぱ幼なじみだな。おれも似たようなこと思った。ぬはははは」

馬乗りになったまま、未来はアーモンド形の目の端で、冷ややかにおれを見おろしてきた。

「そこはどうでもいいし。とにかくあいつ、ぜったい許せない」

「穏やかじゃねえな。なんかされたのか、あいつに」

「なんかされてたら、あいつとっくに泣きながら退学届けだしに行ってるはずだよ」

未来は鼻息を荒らげる。

(第06回 了)

 

* 『ツルツルちゃん 2巻』は毎月04日と21日に更新されます。

 

 

 

 

 

■ 仙田学さんの本 ■

盗まれた遺書 ツルツルちゃん キャラ設定画付kindle限定版 (NMG文庫)

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■