ゆめのかよひじ_No.03_cover_01おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

すけろくずし

 

 あたしはねむるのがきらいになりました。おにいちゃんのそばにいって、いっしょにテレビをみるようになりました。でも、あんまりちかづかないようにします。そして、おとをたてたり、はなしかけたりしないようにします。おにいちゃんがおこるからです。すぐにどなったりけったりするからです。

 おにいちゃんのみているテレビは、たまにおもしろいこともありましたが、あたしにはよくわからないものがおおかったです。だから、たいくつしてとちゅうでねむりそうになることもよくありました。でも、タメダメねちゃだめよ、とあたしはじぶんにいいきかせました。おにいちゃんのほうがさきにねてしまうこともありました。

 「なにやってんのよ、うちのこたちはもう」

 なにもかもめちゃくちゃだわ、とおかあさんはいらいらしました。

 「それもこれも、あいつのせいなんだから」

 と、まっくろいのろいのことばをはきだしました。そういうことばのせいで、おとうさんはじこにあってしまったのかもしれない、とあたしはおもいました。

 あたしはねないようにがんばりましたが、それでもいつもいつのまにかねむってしまうのでした。でも、ゆめはみませんでした。あるいは、みていたのかもしれません。でも、あたしはけっしてそれをおもいだしませんでした。みていてもおもいださなかったら、それはみていないのとおなじなのです。まいにちねざめがわるくなりました。おにいちゃんだけでなく、あたしまでなかなかおきなくなったので、おかあさんのいらいらはますますひどくなりました。

 あるあさ、

 「だって、ねむいんだもん」

 とおきるのをいやがったあたしは、とうとうほっぺたをはたかれました。おかあさんにたたかれたのはひさしぶりでした。でも、だれもたすけてくれません。

 そうでした。おとうさんはいつもこういうとき、わってはいってきて「やめろ」とか「いいかげんにしろ」って、おかあさんにどなってくれたのでした。「どうして、おまえはそうやってすぐぼうりょくにうったえるんだ」って。

 そしたら、おかあさんは、こんどはおとうさんになぐりかかるのでした。すでじゃなくて、パソコンとか、いすとか、そうじきでなぐるのです。そうじきは、ゾウのはなみたいなぶぶんじゃなくって、まるくておもいどうたいのぶぶんをつかうのでした。おとうさんがたおれると、あしでけりました。あたまやおなかをねらってけるのでした。

ゆめのかよひじ_No.03_01

 いちどなど、おとうさんが、かいだんからつきおとされたこともありました。「おまえは、こころのちりょうがひつようだ」って、おとうさんはおかあさんにいいました。「じぶんのかことむきあうべきだ」といいました。おとうさんはひだりのかたをだっきゅうしていました。うでがぶらりとたれていました。「なにいってんのよ、ばか」っておかあさんはこたえました。そして、「どいつもこいつも、ばかばっかりだ」とわめきながら、いえをでていきました。

 「だいじょうぶか」

 っておとうさんは、あたしにききました。

 「うん、おとうさんこそ、だいじょうぶ」

 あたしがきくと、おとうさんは、

 「けっこういたい」

 ってわらいました。おとうさんがわらったので、あたしもようやくわらうことができました。

 「どうして、おかあさんはきゅうにおこるの」

 そうたずねると、

 「うーん」

 しばらくかんがえてから、おとうさんはこたえました。

 「こどものころにね、いろいろつらいめにあったらしいよ」

 そういってから、

 「でも、おまえたちはおとうさんがまもるから。おかあさんみたいにならないようにするから」

 ってまがおでいいました。

 「うん、わかった」

 あんしんして、あたしはこたえました。

 

 でも、そんなおとうさんはもういないのです。おこりすぎたおかあさんに、ひどいしうちをうけてでていったのです。わすれません。わすれられません。だって、おとうさんのあるいていったあとには、がしたたっていたからです。いやなことをおもいだして、あたしはからだがかたくなるのをかんじました。

 「いらないよ」

 おかあさんは、どんどんとかいだんをおりていきました。

 「あたしにはもうこどもなんかいらない。なんのいいこともない。なんのかわいさもない。じゃまなだけ」

 いっかいで、おかあさんがものをなげはじめました。おかあさんは、なくかわりにものをなげるのです。なくかわりに、おにいちゃんをぶつのです。もしかしたら、おかあさんはいつもないているのかもしれません。おとなだから、なみだもださず、こえもあげずにないているんだ、あたしにはそうおもえました。

 「ごめん、おかあさん」

 あたしはあわててかいだんをかけおりて、おかあさんのこしにしがみつきました。

 「もうおきたから。いいこにするから」

 「うるさい」

 ふいに、どんとおかあさんはあたしをつきとばしました。あたしは、ゆかにたおれて、あたまをうちました。

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 「きもちわるいから、くっつかないで」

 「おかあさん」

 おきあがってちかづこうとしたあたしを、おかあさんはおびえためでみました。

 「こないで、っていったでしょ」

 そういって、だいどころのほうちょうをにぎりました。あたしはびっくりしました。おかあさんは、そのほうちょうをなんにつかうつもりなのでしょう。おとうさんにしたようなことを、わたしにもするのでしょうか。

 へんなはなしですが、あたしはほうちょうをこわいとおもいながら、こころのどこかではそのほうちょうでさされてしまいたいとおもってもいたのでした。ほんと、へんなはなしですけど。

 

 おかあさんは、とりだしたほうちょうをしばらくみていましたが、それをながしにほうりだしました。エプロンをぬいでゆかにほうりなげました。

 「かってにしなさい」

 いいすてて、おかあさんはつっかけをはいてでていってしまいました。

 「おかあさん」

 あたしは、あとをおおうとしましたが、おかあさんに「こないで」っていわれたことをおもいだしました。それで、どうしていいのかわからなくなってゆかにぺたんとすわりました。

 おにいちゃんにそうだんしようとおもってテレビのへやにいきました。でも、こえをかけても、ゆさぶってもおにいちゃんはおきませんでした。あたしはしかたなく、ひとりできがえをし、がっこうにいきました。じぶんでふくをえらんできたので、ズボンのうえにスカートをはいていて、かなちゃんにわらわれました。

 「おもしろいでしょ」

 わざとはいてきたふりをして、スカートをぬぎました。それでもうだれもわらわなくなりました。

 

 いえにかえると、おかあさんはいませんでした。でも、ちゃんとおけしょうをしたあとがあったので、おしごとにいったのだとわかりました。ゆうがたには、なにごともなかったようなかおをして、

 「ただいま」

 とかえってきたので、あたしも、

 「おかえり、おかあさん」

 なにごともなかったかのようにおむかえをしました。おにいちゃんはなんじにおきたのかわかりませんが、それでもがっこうにはいったみたいでした。でも、まだかえってきていません。

 「おにいちゃんは」

 そうきいても、

 「さあ」

 としかおかあさんはこたえません。しんぱいじゃないのかな、ほんとうにこどもたちのことがもうじゃまなだけなのかな、とあたしはすこししんぱいになりました。

 はちじすぎに、おにいちゃんがもどってきました。ぜんしんドロドロでした。かばんのなかみがなくなっていました。からっぽのランドセルをしょってかえってきたのです。

 「おにいちゃん、どうしたの」

 あたしはびっくりしてたずねましたが、おにいちゃんはなにもこたえませんでした。だまって、テレビのへやにいき、テレビをつけて、じいっとそのがめんをみつめるばかりでした。

 「あ、わらった」

 ふいにおにいちゃんがわらったのですが、それは、テレビのなかのギャグにうけただけでした。そのえがおはテレビにだけむけられたものだったのです。

 「ねえ、おかあさん、おにいちゃんドロドロだよ。かばんのなかみがなくなってるよ」

 あたしはおかあさんにいいました。

 「ああ、そう」

 なんだか、おかあさんは、かんしんがなさそうでした。おしごとでつかれているせいかもしれません。

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 「きょうはつかれたから、これたべといて」

 おかあさんはそういうと、ひとりでおふろにはいって、さっさとねてしまいました。

 すけろくずしのパックがふたつ。あたしはひとつをじぶんでたべました。でも、だいきらいなバッテラがはいっていたので、のこしました。もうひとつのパックをおにいちゃんにわたしました。ドロだらけので、おにいちゃんはそれをたべていました。くちのなかにドロがはいるのがみえました。でも、おにいちゃんはそれにきがつかないかのように、ドロつきのいなりずしやまきずしをばくばくたべました。おなかがすいていたのでしょう。

 でも、そのときあたしはびっくりしました。おにいちゃんのからなみだがぼろぼろこぼれだしたからでした。すけろくずしをばくばくたべながら、おにいちゃんはこえをあげずにどんどんなみだをながしているのでした。でも、そのはあたしをみてはいませんでした。ただただ、テレビのがめんをじいっとみながら、もぐもぐしながらないているのでした。

 「おにいちゃん、だいじょうぶ」

 ついこえをかけてしまいました。

 「うるさい、あっちいけよ」

 どん、とおなかをけられました。

 「ごめん、おにいちゃん」

 むっとするときもあるのですが、きょうはすなおにあやまりました。だって、おにいちゃん、ひどくすごくないていたからです。そんなかなしいおにいちゃんに、おこることはできません。

 あたしは、そおっとにかいにあがっていって、おかあさんのちかくによこになりました。おかあさんは、いびきをかきながらねていました。さいきん、ふとったせいかもしれませんが、おかあさんはこのごろよくいびきをかきます。

 そのおとが、でもなんだかあんしんできるかんじにきこえて、あたしはそれにじいっとみみをすませました。そして、そのまま、おふとんもかぶらず、ねまきにもきがえないでねむってしまったのでした。

(第03回 了)

 

* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

 

 

 

贄の王 姉飼 角川ホラー文庫

 

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