鶴山裕司さんの連載歴史小説『好色』(第07回)をアップしましたぁ。特にきったはったの大事件は起こっていませんが、お千さん、じょじょに追い詰められてゆく気配です。歴史小説ですから内面描写は少ないですが、お千さんは、気丈で思い切りがよくて、それでいて情の深い江戸の女として造形されています。こういふ女性、江戸の片隅にいそうです。

 

 「もういいよ、新七」

 お千は新七の話をさえぎった。新七が顔を上げてお千を見た。

 「もう沢山だと言ってるんだよ」

 お千は言葉を続けた。新七が真剣な表情でお千の言葉を待っていた。

 お千は「いいかい新七、あたしが知りたいのはそんなことじゃないよ。恩なんかこれっぽっちも返して欲しくないよ。新七、よくお聞き、あたしゃお前が店辞めたからって、小娘と一緒になったからって、お前の元奉公先の、菓子商仲間の、真志屋の気のいいお上さんでいてやるつもりはないよ」と言い放った。

 新七の肩がびくりと動いた。しばらくして「・・・と申しますと」聞いた。

 「忘れたのかい。あたしゃ、今のままでいいって言ったじゃないか」

 新七はぽかんと口を開いた。しばらく言葉が出ないようだった。新七の額から汗が噴き出した。顎を伝って畳の上にぽたりと落ちた。

(鶴山裕司『好色』)

 

『好色』は言うまでもなく〝色好み〟から生まれた漢語です。色好みとは、『源氏物語』が書かれた平安中期に生まれた国風文化の粋です。当時から男女間の恋愛の機微に長けた人のことを指しましたが、色鮮やかで美しい自然などの、風雅の境地を深く理解できる人の心性を指す言葉でもありました。それが江戸の初期頃から、もそっと下世話な男女間の秘め事を含む意味が強くなってきます。鶴山さんの『好色』は、王朝的雅と現代的な色好みの中間にあると思います。

 

 

鶴山裕司 連載歴史小説『好色』(第07回) pdf版 ■

 

鶴山裕司 連載歴史小説『好色』(第07回) テキスト版 ■

 

 

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