ゆめのかよひじ_No.02_cover_01おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

きりかぶのはら

 

 そのひからしばらく、おとうさんはゆめにきてくれませんでした。

 「やっぱり、あれはおとうさんのことだったんだわ」

 あたしはしんぱいでなりませんでした。

 おとうさんはどうしてじこになんかあってしまったのでしょう。

 まさか、しんじゃったということはないでしょうか。だっていきていたなら、おとうさんはあたしをほっておくはずがないからです。あたしにあえるたったひとつのばしょである、ゆめのなかにきてくれないはずがないからです。すこしきになったのは、あのゆめのなかでくさむらにいたくらいかげがいったことばでした。おとうさんにむかって、

 「おまえいったいどこからはいってきた。そんなことをしたら・・・」

 ってたしかにそういいました。どういうことなのでしょう。わたしにはわかりませんけど、おとうさんはずいぶんむりなこと、あぶないことをしでかしていたのかもしれません。もしかしたら、あたしのために。

 「ねえ、おとうさんって、いきてるかな」

 さりげなく、あたしはおかあさんにきいてみました。

 「さあね、くたばってくれたらりゅういんがさがるけどね」

 がちゃがちゃとらんぼうに、ばんごはんのおさらをかたづけながらおかあさんがくろいいろのことばをはきだしました。

ゆめのかよひじ_No.02_01

 おとうさんのことをはなすとき、おかあさんのことばはくろずんでくるのです。そして、くろずんだことばをはきだせばはきだすほど、おかあさんはイライラし、おかしくなっていくのです。だからあたしは、そんなくろずんだことばをききたくないから、おとうさんのことはできるだけくちにださないようにしているのです。

 りゅういんがさがる、ということばのいみはわかりませんでしたが、とにかくおかあさんはおとうさんのいのちをしんぱいしていません。むしろ、おとうさんがいのちをなくすことをいのっているようにみえました。

 けはははは、わらいごえがきこえてきました。おにいちゃんです。テレビをみながらわらっているのです。さいきんでは、いえにいてもかぞくとはあまりはなしをせず、テレビにむかってなにやらぶつぶつくちにすることがおおいのです。

 「おとうさん、どうしてるかなあ」

 あたしが、おにいちゃんのちかくにいってさりげなくつぶやいてみても、

 「うるさい、あっちいけよ」

 とけってくるばっかりです。

 「なによ、おにいちゃんのばか。テレビばっかりみて」

 「おまえこそばかだ。おとうさん? どうでもいいやつのことなんかくちにすんなよ」

 おにいちゃんまでがくろずんだことばをはきました。おにいちゃんもくるしいんだって、そのときあたしははじめてきがつきました。くるしくてくるしくてしかたがないから、テレビをみてるんだって。テレビからめをはなすことがこわいんだって。

 

 あたしは、ふとんにはいってひとりぼっちでひとりぼっちのゆめをみました。さびしくて、こわくてさいしょはゆめのなかでも、からだをまるめてめをとじていました。そっとめをあけてみると、だれもいないひろばにあたしはいました。

 「うわあ、とってもひろい」

 ってあたしはおもわずくちにしていました。じっさい、とってもひろいひろばだったのです。

 「でも、なあんにもない」

 そうなのです、こまったことになんにもないのです。

 「すべりだいも、ジャングルジムも、すなばもない」

 せっかくのゆめなのに、なんということでしょう。このさいだから、きらいなてつぼうだけでもあってくれたら、あたしはいっしょうけんめいぶらさがってみたでしょうに、そのてつぼうすらなかったのです。ちなみに、あたしはまださかあがりができません。このあいだ、なみちゃんにばかにされたので、くやしくてしかたありません。

 「てつぼうがあったら、れんしゅうできたのに」

 そうです。ゆめのなかででも、れんしゅうすればもしかしたら、うまくなれたかもしれないのです。

 あるものといえば、きりかぶだけ。

 「きりかぶ? いつのまにぃ?」

 へんでした。さっきまではたしかになんにもなかったのです。ところどころに、ちぢれたような、かれたようなくさがいじけたようにはえているだけのひろばだったのです。

 ところが、いつのまにか、あちこちにきりかぶがちらばっているのでした。おおきいのやちいさいの、まっすぐのやななめの、いろんなきりかぶがいたるところにあるのです。

 「まあいいや」

 あたしはすぐにきもちをきりかえることができます。だって、なんにもないよりは、きりかぶでもあったほうがましだからです。

 きりかぶとびあそび、をすることにしました。

 かもがわのかめのいしをとぶときのように、あたしはきりかぶからきりかぶへとジャンプしてあそびました。とおすぎるときは、いったんじめんにかたあしをついていいというルールをじぶんでつくりました。ただしにどはだめというきまりです。

 よくかんがえたらきりかぶはべんりです。だってつかれたらそこにすわってやすむこともできるからです。

ゆめのかよひじ_No.02_02

 きりかぶとびあそびをあたしはずいぶんながいことやっていました。ときどき、きりかぶのかげからくろいものがちらりとみえることがありました。そうです。あたしにはわかりました。あれはやみです。やみへびです。きっときょうはへびのすがたをしていると、あたしはおもいました。へたをしてやみがひそんでいるきりかぶのうえにながいしたり、すわってしまったりしたらかまれてしまうって、わかりました。どうしてわかったのかはわかりませんけど、ゆめのなかってそういうものでしょう?

 あたしにはコツがわかっていました。くろいものがちらりとでもみえたらそくざにべつのきりかぶにとびうつればよいのです。それにくろいものがみえるまえには、すこしひんやりしたけはいがただようので、それときづくことができるのでした。

 でも、しっぱいしました。あたしはまちがえていました。やみへびはいっぴきしかいないとおもっていたことです。いっぴきのやみへびが、あっちのきりかぶ、こっちのきりかぶととびうつってかくれているのだとおもっていたのです。かくれんぼのいっしゅだとおもっていたのです。

 とちゅうでひとつおおきなおおきなきりかぶがありました。あたしがよこになってねむることができるほど、りっぱなきりかぶでした。

 「さぞ、おおきなだったろうに」

 あたしはすこしかわいそうになりました。よくかんがえてみると、ここいらいったいはひろいひろいもりだったことになります。それが、ぜんぶばっさいされて、こんなきりかぶだらけの、っていうかきりかぶしかないひろばにかえられてしまったのです。

 そして、このおおきいは、きっとこのもりのおおさまだったにちがいないのです。

 「おおさまのだ」

 あたしは、そのきりかぶにとびのると、そこでダンスをしてみました。がっこうでならったダンスです。そういえば、あたしがダンスをしてみせると、おとうさんはいつもよろこんでおおわらいしてくれたものでした。そのことをおもいだすと、あたしはとまらなくなって、あのダンスこのダンスと、つぎつぎとおどりつづけました。

 そのせいでしょうか。なんだかねむくなってきたのです。そしてさいわいなことに、このきりかぶはよこになってねむれるほどおおきいのです。

 ためしによこになってみると、いいにおいがしました。

 「ひのきぶろのにおいだわ」

 あたしは、おとうさんといったりょかんのおんせんのにおいをおもいだしました。

 「これはひのきぶろっていうんだ」

 おとうさんがおしえてくれました。

 「ひのきっていう、とってもりっぱなをきってつくったんだよ。いいにおいだろ」

 そんなことをおもいだしました。おんせんのあたたかさと、そのときかいだにおいとがからだとはないっぱいにあふれそうなほどでした。なんだかぽかぽかあったかいきもちがして、あたしはよこになりました。

 「めをさまして」

 こえがしました。

 「えっ」

 ねむいめをこすっておきあがると、ずいぶんひんやりしました。あたしのあたまのうえに、いっぴきのむしがとんでいました。アトラスオオクワガタです。おとうさんが、せかいでいちばんすきだといっていたむしでした。

 「あ、アトラスオオクワガタ」

 「さあ、つかまえて」

 そういうと、アトラスオオクワガタは、ひょいっととびさりました。

ゆめのかよひじ_No.02_03

 「まて」

 あたしがジャンプするのと、あたしがいたばしょにあっちこっちからくろいへびがおしよせるのとはどうじでした。いっぴきなど、あたしのスニーカーにかみついて、ひきおろそうとすらしたのです。

 「こら、あっちいけ」

 もういっぽうのあしさきで、あたしはそのへびをけりました。くろいへびは、まぼろしのようにこわれてきえました。

 「あぶなかった」

 もうすこしで、やみへびたちにかまれるところだったのです。でも、アトラスオオクワガタのおかげでたすかったのです。

 「そうだ、クワガタ」

 どうしてもつかまえたいとおもいました。つかまえて、おとうさんにあげようとおもったのです。

 「にほんにはいないむしなんだよ」

 おとうさんはそういっていましたが、ゆめのなかにならいるのです。ゆめのなかだからいるのです。

 「まてえ」

 きりかぶとびのルールをきちんとまもりながら、あたしはアトラスオオクワガタをおいかけました。

 アトラスオオクワガタは、ひゅんひゅんととんでいきます。あたしもぴょんぴょんとおいかけていきます。ついに、むこうがこんまけしました。とびつかれたアトラスオオクワガタが、きりかぶのひとつにおりました。とびつかれたあたしも、つづけてそのきりかぶにとうちゃくし、クワガタのせなかにてをのばしました。

 これがコツなのです。クワガタにしてもカブトムシにしても、むしぜんぱんは、こうやってせなかをつかまえるのがただしいのです。とくにクワガタやカマキリをつかまえるときはきをつけなければなりません。このばしょでないと、はさまれたり、かまれたりすることになるからです。

 「さあ、つかまえた」

 あたしのゆびはたしかにアトラスオオクワガタのおおきなせなかをとらえました。いえ、とらえたはずだったのです。でもまちがいでした。

 「いたいっ」

 あたしはさけんでいました。さっきまでアトラスオオクワガタだったはずのものが、いつのまにかほそながいへびになっていたのでした。

 「だまされたっ」

 とおもうまもなく、あたしはかまれていました。つめたくてくろいものがあたしのなかにはいってきました。

 「ああ、いやだ、いやだ」

 あたしはさけびました。

 「たすけて、たすけて、おとうさん」

 あけがたにうなされて、あたしはなきながらをさましました。ねむたそうなおかあさんが、

 「どうしたの」

 と、ふきげんにこえをかけました。

 「あら、ねつ」

 おでこにてをあてがおかあさんは、びっくりしたようにそのてをどけました。すごいねつがでていたようです。がっこうをやすむことになりました。

 

 「あんたのせいで、しごとにいけないじゃない」

 おかあさんはむっとしていました。

 「どうして、ねつなんかだすのよ」

 そんなふうにせめられもしました。

 「どいつもこいつも、わたしのじゃまばっかりして」

 おもわずおかあさんは、にぎりこぶしで、あたしをなぐろうとしました。でも、さすがにおもいとどまってくれました。じぶんがいちばんかわいそうだと、おかあさんはおもっているようでした。そんなおかあさんをみて、あたしはかわいそうになりました。

ゆめのかよひじ_No.02_04

 「いいから、おしごといってきて」

 そういいました。

 「ほんと、いいの?」

 おかあさんは、すっとたってへやからでていきました。さっさとおけしょうをはじめました。に、さんちゃくふくをかがみのまえであててみて、きにいったのをみにつけました。

 「テーブルのうえに、パンおいといたから、おなかすいたらたべなさい」

 そういっていなくなりました。

 あたしはほっとしました。

 

 あたしはかなしくてなきました。

 おかあさんがいってしまったからではありません。おとうさんがきてくれなかったからです。そのせいで、とうとうあたしはかまれてしまった。やみにかまれて、やみをそそぎこまれてしまったのです。そう、あのときあたしはアトラスオオクワガタは、おとうさんなんじゃないか、あるいはおとうさんのなかまみたいなものなんじゃないかっておもったのです。でも、もしかしたらそんなあたしのきもちをりようされたのかもしれませんでした。

 「おとうさんのばか」

 あたしは、おふとんのなかでおとうさんをわるくいいました。それから、トイレにいってはきました。そのまま、いちにちなにもたべずにねていました。

 

 ひるま、うとうとしていると、ゆめをみました。

 「いやだ、いやだ」

 いやなゆめばかりみて、あたしはなんどもひやあせをかいてとびおきました。

 いちばんこわかったのは、ナイフのゆめでした。あたしのてにはナイフがにぎられていて、そのナイフから、がしたたりおちているのでした。そして、そのナイフでさされたひとがだれなのか、わたしにはわかってしまいました。

 「そんなのいやだ」

 あたしはゆめからでようとしてもがきました。これがやみのちからなんだとおもいましたが、そのちからのなんとつよいことでしょう。どうあがいたって、のまえにたおれているひとがきえてくれないのです。よくしっているひと、とてもだいじなひとなのです。てにししたナイフも、そこからしたたりおちつづけるもとまらないのです。

 「たすけて、いやだ、ぜったいにいやだ」

 あたしは、かなしくて、くるしくて、こわくて、さむくてどうしようもありませんでした。

 でも、だれもたすけてはくれません。だれもやさしいこえをかけてもくれません。あたしはほんとうにひとりぼっちでした。

 そのとき、きいたことのあるおんがくがきこえてきました。こわれかけたスピーカーからながれる、すこしわれたおとでしたが、しあわせならてをたたこうとというきょくだとわかりました。つづけて、

 「ごちょうないのみなさま、こちらはみどりのとらっくでおなじみのしじみしょうじでございます。ごふようになったふるしんぶん、ふるざっしがございましたら、おちかくのかかりいんまでおもうしつけください」

 というアナウンスがながれてきました。ちょうどいえのまえをこしかいちゅうのトラックがとおったのでした。

ゆめのかよひじ_No.02_05

 「よかった」

 あたしは、うれしくてしかたがありませんでした。おかあさんは、いつもこのおんがくがながれると「うるさい、うるさい」とおこっていますが、あたしはおかげさまだとおもいました。どうしてもでられなかったこわいゆめから、たすけだしてくれたからです。

 それでも、ざんねんなことに、ゆめのなかのできごとははっきりとおぼえていました。わすれることができないのでした。

 「ちがうから、ちがうんだから」

 ってあたしはつぶやきました。

 「あたしはしないから、そんなことぜったいしないんだから」

 

 それからは、できるだけねむらないようにどりょくしました。さきにかえってきたのはおにいちゃんでした。でもおにいちゃんはあたしがねているにかいにあがってくることはありませんでした。ランドセルをなげだすおとがして、すぐにテレビのおとがきこえはじめました。いつものとおりのおにいちゃんです。きっとうえのへやであたしがねていることにすらきづいていないのです。もしきづいたって、なにもかんじはしないでしょう。テレビのなかのできごとしか、もうおにいちゃんにはかんじとることができないのですから。

 ゆうがたになって、おかあさんがかえってきて、

 「あら、なんにもたべてないじゃないの」

 といらいらしたこえをあげました。

 「どうしたの、おなかがすかなかったの」

 「うん」

 とあたしはこたえました。

 「でも、たべる」

 とおきあがりました。

 「おなかすいたから、たべる」

 そういって、おかあさんがもっていたかしパンをもらってたべました。なかにクリームがはいっているのですが、それはまんなかのいちぶぶんだけでした。そこにたどりつくまでに、あじけのないおいしくもないパンだけのばしょをずいぶんとかじらねばなりませんでした。それでも、たべはじめるとほんとうにおなかがすいてきました。とうとう、クリームにたどりつくと、あまさがくちいっぱい、いいえ、からだいっぱいにひろがって、うれしさがこみあげてきました。そうだわ、そうだわとあたしはおもいました。

 「ゆめにばっかりきをとられていたからいけないのよ」

 もうゆめをみるのはやめよう、そうおもいました。

 ゆめをみなければいいんだって。

(第02回 了)

 

* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

c‘縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。

 

 

 

 

 

贄の王 姉飼 角川ホラー文庫

 

■ 遠藤徹さんの本 ■

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■