鶴山裕司さんの連載歴史小説『好色』(第06回)をアップしましたぁ。物語がグッと動き出す回ですね。お千さんが寿阿弥の僧坊を訪ねると、先客に仲蔵がいます。寿阿弥が昔可愛がっていた男ですが、今は絵と戯作の仕事をしています。

 

 「あの、お兄様はなにかご心配事でも」

 お千は直截に仲蔵に聞いた。

 仲蔵はしばらく黙っていたが、「お千さんにこんなことを申し上げるのはなんですが、小一郎さんのことですがね」と少し声を潜めて言った。お千ははっとした。

 「うちの亭主が何か」

 「いえ、そういうわけでは」と仲蔵が、身を乗り出したお千を慌てて制した。

 「ただね、先生は小一郎さんのお遊びを大層案じておられまして・・・」

 「やっぱり家の亭主が何か」と言うお千を、「いえ、決してそんなわけじゃござんせん」とまた仲蔵がたしなめた。

 「でも先生はわたしもちょっと過ぎやしねぇかと思うほどご心配なさっておりまして。そりゃ小一郎さんのような旦那衆が本気でお遊びを始めれば、一大事でございます。でも小一郎さんのお遊びは、先生があんなにご心配されるほどじゃあ、ないと思うんですがね」

 「仲蔵さんも、うちの亭主のことを、何かお聞き及びで?」

 「いえ、そんなわけじゃあ」と答えてまた仲蔵は言葉を濁した。

(鶴山裕司『好色』)

 

寿阿弥が住む日輪寺門前でのお千さんと仲蔵の立ち話です。歴史小説では人間心理の描写をある程度抑え込む必要があります。詳細に人間心理を描きたいのなら現代小説の方が向いているからです。また歴史小説ではある時代特有の〝歴史〟が、すべての登場人物の上位に存在しなければなりません。その〝歴史的抑圧〟と〝人間心理〟のせめぎ合いが、歴史小説の醍醐味となるわけです。

 

鶴山さんが作品タイトルにした『好色』には、人間全般の〝色恋〟の意味もあります。小説である以上、それは具体的登場人物たちの色恋が中心になるわけですが、それが最終的に何を指向しているのかが、歴史小説最大のポイントになるかもしれません。

 

 

鶴山裕司 連載歴史小説『好色』(第06回) pdf版 ■

 

鶴山裕司 連載歴史小説『好色』(第06回) テキスト版 ■

 

 

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