東京センチメンタル

テレビ東京

金曜日深夜 0:12

No.111_TVドラマ批評_01

 

 

 テレビ東京の十八番と言うべき企画である。下町の情報番組に、設定とストーリーをのっけてある。「一応ドラマ」とも呼ぶべきジャンルが、『孤独のグルメ』などで確立したかもしれない。今回はそれに、柴又の寅さんが重ねられた企画である。パロディとか本歌取りとか、教養的な厚みを出そうとするのは、テレビ東京としてはめずらしいかもしれない。

 

 テレビ東京の確立した情報系「一応ドラマ」の持ち味は、薄っぺらーい情報に依存するところにあって、その薄さといいかげんさが特に深夜にはいいのだと思う。今回は寅さんを下敷きにするということで抒情的な雰囲気を狙ったのか、逆にそんな雰囲気を無視しようとしたのか、ちょっと曖昧である。

 

 抒情的な雰囲気を狙ったとすると、残念ながらあまりうまくいってない。言問橋の菓子職人が55歳という年齢で、毎回女性にフラれるという設定だが、本人の離婚歴が3回というところで「男の純情」に水を差す。しかも結構、ダンディである。フラれ続けに切実感がない。

 

 つまりは吉田鋼太郎というキャスティングが、やや幼稚な優男に過ぎるのである。寅さんをなぞり過ぎるのも、ということかもしれないが、寅さんと別のタイプではあっても、こういう主人公は岩のようにアクの強い、ブ男という設定でなくてはならない。さもなければ女性への憧れと純情、フラれた悲哀が、ドラマ世界そのものとして肥大化しない。

 

 主人公の近所に住む理髪店亭主を片桐仁が演じ、コメディのリズムで喧嘩の掛け合いを引っ張る。ドラマとして見られる箇所は、率直に言えばそこだけである。なぜ片桐仁を主役にしなかったのだろう。コメディでリズムを作れば、寅さんとは違ったテイスト、それもテンポのいいドラマ向けに仕上がるし、アクの強さからフラれる悲哀も滲ませることが可能だったはずだ。

 

 女に理解されない男の悲哀は、物言わぬモノを通して世界に染み渡るべきだろう。主人公はカメラ好きで、下町を撮って歩き、各マドンナを案内してまわるという筋書きなのだが、そのカメラ、写真が前面に出てこない。ただ、優男がカメラを手にした図があるだけで、それへの執着が見えてこない。

 

 女性への憧れはカメラを通しても表現されるはずなのに、それもない。主人公にカメラを持たせるというのはいい思いつきなのに、カメラを通した世界への、女たちへのセンチメンタリズムが表現されていないのは、どうしたことだろう。ただ、カメラを手にした55歳のボクちゃん自身へのセンチメンタリズムにしかなっていないのは、いかにも惜しい。

 

 もちろんドラマの出来は二の次で、あくまで情報番組なのだということかもしれないが、そのようにゾンザイに作られたドラマで、主役が妙に味を出しては話題になってきたのがこれまでのテレ東の経緯である。情報は薄っぺらくていいのだけれど、それにしてもつるっとしたガイドブックをなでるみたいなのも、キャラクターの味の薄さとあいまっているようだ。

山際恭子

 

 

 

 

 

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