再開発騒ぎ_05_cover_01この町には黒ヒョウがマスターをしているバーがある。お客はシャム猫にフクロウ、アライグマ、コウモリ夫妻といった動物たちで、ヒトは僕だけだ。でも僕はこのバーになじんでいる。フクロウが言うように、僕はヒトでヒモでもあるからだろうか。僕は少しだけ人間ではないのだろうか。この町に線路を地下に潜らせる再開発話しが持ち上がる。再開発、それは何を変えるのか・・・。寅間心閑の辻原登奨励小説賞受賞作!。

by 寅間心閑

 

 

 

 

  

 

 賛成だとか反対だとかで店を分けるのはおかしい、と黒ヒョウは鋭く吼える。

 「店をやってる側としてはね、そんなレッテル、勝手に貼られたくないんだ」

 たしかにその言い分には一理ある。でも、今回のレッテルならば、別に貼られても不都合はなさそうなのに。いや、将来立ち退きを迫られる店としては、むしろ歓迎すべではないのだろうか――。

 そんな思いを察したのだろう、黒ヒョウは低い唸り声をたてる。

 「こんなビラに名前が載れば、来なくなる客や来づらくなる客が出てくるだろ?」そう言われてもまだ釈然としないヒトの鈍さに苛立ったのか、その声は更に厳しさを増した。

 「道路建設を歓迎している客は、反対ですと掲げている店にわざわざ行かないよな?」

 「極端に言えば、マル電の社員ですかね。ま、この店には縁がないでしょうけど」

 フクロウさんの援護射撃のおかげで、何となく分かってきた。

 たしかに、「こころの夜警団加盟店一覧」に名前を連ねている店は敬遠したい、という連中は一定数いるだろう。ただ、それはいけないことなのだろうか。いや、そもそも黒ヒョウの店に僕以外のヒトが来るのだろうか。

 「今から、綺麗事を言うよ」

 グラスに半分だけワインを注ぎ、黒ヒョウは一気に飲み干す。

 「酒飲んでる時は、みんな同じだろ。いや、せめて酒飲んでる時くらいはそうでなくっちゃ、ちっとも面白くない」

 思わず「もちろん」と声が出た。ヒトであろうがなかろうが、このカウンターで酒を飲んでいる限りは平等、そして同種同類だ。黒ヒョウは僕の目を見ながら、そうだろう? という感じで深く頷く。

 「だから再開発に賛成でも反対でも、酒飲んでる時は同じ。そんな事、どっちだって構わないんだ」

 うまく言葉にならなかったから、「でも……」とだけ呟いた。そんな僕のグラスにジンを注ぎ足し、黒ヒョウは「すっきりしないんだろ?」と覗きこむ。

 「いざ再開発となれば、この店は立ち退かなければいけない。それなのに、どうして再開発賛成の連中を迎え入れようとしているのか!」

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 演説調の声色でフクロウさんが張り上げる。そう、まさに言いたかったのはそれだ。どう考えてもおかしいじゃないか。そう問い質そうとする僕の視線を逸らすことなく、黒ヒョウは微笑んだ。

 「だから宣言したろ、綺麗事を言うって」

 どういう反応をすればいいのか分からなかったから、黙ってジンに口をつけた。黒ヒョウの話が本当に「綺麗事」なのか、その判断がまずつかない。

 「再開発する方と、それに反対する方。どっちの言い分も立派な綺麗事さ。格好つけてるんだ。なら俺だって綺麗事で勝負させてもらうよ。まあ、単に客を選ばないだけなんだけどね」

 「お、第三の勢力が誕生したってわけか。推進派でもなく反対派でもなく、うーん、こういうのは何派って呼ぶんだろうなあ」

 そうやって茶化すフクロウさんも、茶化された黒ヒョウも屈託なく笑っている。ここ最近、見れなかった光景だ。ふと思う。もしかしたら、黒ヒョウは照れ隠しで「綺麗事」と言ったのかもしれない。酒飲んでる時はみんな同じ、というのは本音ではないのか。その考えは何だか心強く、僕も仲間に入りたくて大きな声を出してみた。

 「じゃあ、僕はその新しいヤツを支持します!」

 「そうか。まあ、今までどおりにしとけばいいんだから、とにかく楽でいいだろう」

 「たしかに」

 黒ヒョウと笑って話すのも久しぶりだ。ここに来るまでのもやもやは、とっくに消え去ってしまった。

 「で、どうするんだい?」フクロウさんはうまそうに煙草を吸いながら、器用に煙の輪っかを口から出している。「今後名士様が来た時さ。もう店には入れないのかい?」

 「いやいや、そんなことはしません。ウエルカムです。再開発に賛成であれ反対であれ、お客さんはお客さんですから」

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 そうだそうだ、と僕も密かに同調する。意見が同じであろうとなかろうと、ヒトであろうとなかろうと、この店のカウンターに座っている限りは、みんな同種同類だ。

 「お、いいねえ。そうこなくっちゃ。では、もうひとつ。ここを立ち退く事になったらどうするんだい?」

 和やかな雰囲気に便乗したのか、フクロウさんはきわどい質問を重ねた。僕も思わず黒ヒョウの顔を見る。

 「そしたら他の場所に移る。それだけですよ」

 「お、ますます頼もしいなあ。よし、私も第三の勢力を支持しよう」

 結局、開店時間前という事を忘れ、僕たちは飲み続けてしまった。好きではないジンも美味しく感じてしまうほど、ただただ楽しいだけの時間なんて滅多にあるものではない。どうやら僕は、黒ヒョウの店がなくならない、という事実を求めていたらしい。

 

 彼女が仕事に行かなくなった。

 といっても、勤めを辞めたわけではなく、店の改装工事云々で一週間ほど休むだけだ。

 「別に系列店で働いててもいいんだけど、ま、少しは休まないとね」

 そんな彼女に「せっかくの機会だし、たまには色々と出かけてみようか?」と切り出したのは僕の方だ。このまま一週間、二人して部屋に閉じこもってもいられないし、当然彼女を置いてひとりで飲みに行くわけにもいかない。こういう時、僕のような立場はつらい。

 「出かけるってどこに?」そう訊かれるのもつらい。

 「ほら、普段行けないようなところとかさ……」

 頼りない答えを返しながら、僕は怯えていた。

 「じゃあさ、昔みたいに近所で遊ぼうよ」

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 そんな風に言われたらどうしようか、と。なぜ困るのか、と問われても言葉にはならない。この口が発するのは中身のない奇声だけだろう。

 しかし彼女は普段と変わらず、この町の話は持ち出さなかった。楽しげに悩みながら他の繁華街の名前をいくつか挙げ、当然僕は一週間かけて、そのすべてに付き合った。彼女の荷物係として買い物に同行し、電車の中で他愛もない会話を交わしたり、普段は縁のない店で食事をしたり、という日々は思いのほか楽しかった。前から行ってみたかったというレンガ造りの喫茶店に入り、お目当てのケーキを美味しそうに食べている彼女を見ている時、予想外に楽しい理由は何となく分かった。

 もう彼女は女優の卵ではないし、僕もやはり画家の卵ではない。互いにその事実を消化し、ある部分ではきれいさっぱり忘れてしまっているから、こうやって楽しく、そして穏やかでいられるのだろう。

 本当は、レンブラントの画集の在り処がまだ気になっていたけれど、結局口には出さなかった。別に無理をしたわけではない。ケーキを一口食べる度、幸せそうに目を閉じる彼女を見ていたら、どうでもよくなってしまっただけだ。

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 女優の卵と画家の卵、ではない形で新しく始めていく。

 そんな選択肢に、どうして今まで気付かなかったんだろう。もしかしたら目の前の彼女はとっくに気付いていたのかも、と考えると胸が詰まって仕方がない。

 「食べないならもらっちゃうよ」

 そうおどけてフォークを伸ばす彼女に潤んだ目を見られたくなかったから、僕は俯いたまま慌てたふりをした。

 

 一週間、そんな時間を思いがけず共有し、僕たちは再び親しくなっていった。

 再び、とは言うものの、無論以前とは違う道をたどるつもりだ。もしかしたらそんな決意めいた感情に、僕自身がのぼせてしまったのかもしれない。彼女と行動を共にしている間、次の区長選や再開発や夜景団の事は気にならなかった。つまり、忘れていた。

 あの日、黒ヒョウ、フクロウさんと一緒に開店前から飲んで、僕なりの結論が見えてしまった事もひとつの要因かもしれない。まあ理由はどうあれ、忘れていたからこそテレビから「こころの夜警団」と聞こえた瞬間、鳥肌が立ってしまった。夜のニュースの特集コーナー。画面に映っているのは、区長選に出馬するあの男だ。

 ちょうど彼女が仕事を再開する前の夜で、今晩くらいはと外出をせずに家で晩ごはんを食べていたのもよくなかった。今度の休みはまたどこかへ行こうとか、この間の店で他のメニューも試してみたいとか、二人でのんびりとした話をしていたが、テレビが「こころの夜景団」を流し始めたので、僕の動きは完全に止まってしまった。

 「?」

 異変に気付いた彼女もテレビの画面に注目する。なんとかしなきゃ、と思いながらも僕の頭はなかなか切り替わらない。

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 「知ってたの?」

 抑揚のない声に気圧されながらも、なんとか「うん。隣の駅前では色々やってるみたいだからね」と自然に答えてみせた。ここを切り抜けなければ、黒ヒョウの店のことを洗いざらいぶちまける破目になる。ぶちまけたら最後、全部消えてしまう――。そう思ったから、細心の注意を払いつつ自然に振る舞った。

 僕は隠し事が下手だ。誰にでも、ではなく、彼女に対してだけ。今まであの店のことを喋らずに済んだのは、彼女が知ろうとしなかったからで、自分自身の努力の成果ではない。知りたいと思っていない人に教えない状態は、「隠している」とは呼ばない。だから今初めて、黒ヒョウたちのことは「隠し事」になった。

 あの名前のない店、僕と同種同類のみんな、そして夜警団結成前夜の興奮。一週間、忘れていた事を棚に上げ、それらが消えてしまわぬよう必死に、でもそれと気取られないよう軽く微笑みながらぐっと踏ん張る。なんだ、結局何も変わってないんじゃないか――。そんな自分の単純さに情けなくなりながらも、ひとつ理解できたことがある。

 消える、といっても黒ヒョウの店が一瞬で煙になるわけではない。僕が忘れている時にも、あの店は消えているのだ。

 軽い微笑みを保ち続けたことが功を奏したのか、彼女は無言のままテレビから目を逸らすと、空になったビールの缶を持って立ち上がった。あまりにも滑らか過ぎるその動作が、かえって緊張を強いる。油断禁物。まだ嵐が去ったわけではない。画面にはまだ出馬する男が映っていて、先週居酒屋で聞いた話を繰り返している。

 「こんなふれあいに溢れた町なんて、作ろうと思って作れるものではないんですよ。それなのに、なぜわざわざぶち壊さなくてはいけないんですか」

 チャンネルを変えてしまおうかとも思ったが、それもまた不自然だろうと諦める。まだ嵐は過ぎ去っていないのだ。画面はその後、夜警団に協力している有名人の顔写真を映し始めた。音楽家、俳優、詩人、コラムニスト、ジャーナリスト。当然、一年先輩のデザイナーの顔もあった。

 「自分なりに何か協力できれば、と思い参加させていただきました。難しいことはよく分からないですけど、人々のふれあいって大事じゃないですか」

 はい、と彼女がビールを注いでくれた。どうやら徐々に嵐は遠ざかっているらしい。でも僕の内側は、新たな理由でささくれだっていた。テレビの画面に映っているものが、そのすべてだ。

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 再開発反対、というスタートラインは同じだったはずなのに、なぜこんなにも僕たちと違うのか。あいつらが勝手に暴走しているんじゃないのか。それとも、こっちの方がもたついているだけなのか。答えは分からない。ただ、テレビに出ている方が「正しい」と世間は判断してしまうだろう。

 苛立ちに押し流され、もう気軽な微笑みは残っていない。鏡を見なくても予想が付く。さっきから彼女の戸惑うような視線が、僕の険しい表情に向けられている。ありがとう、と言いながら口にふくんだビールが歯にしみた。

 どうして苛立っているのかは、うまく言葉にまとめられない。でも、夜警団結成前夜の興奮を返してほしい、という想いだけは間違いなくある。テレビの映像は、確実に僕から何かを奪い続けている。

 きっとあの時の興奮は今、僕の内側で獰猛な獣に姿を変え、腹を空かせてうろうろしているにちがいない。

 

 次の夜、彼女が仕事に出かけた後、さっそく僕は黒ヒョウの店へと繰り出した。いつもの面々と挨拶を交わし、いつものジンを注文し、椅子に腰掛けると、すぐにいつもの顔ぶれと同種同類になれる。

 たった一週間の欠席や、その間まったく忘れていたことなんて、一杯目のジンを飲み終わる前にどうでもよくなってしまったが、されど一週間。夜警団に対するみんなの風当たりはずいぶんと強くなっていた。

 「駅前で歌ってる奴等って、本当どうにかなんないですか」

 皮肉屋のイノシシがけしかければ「最近の駅前、本当に通りづらいんだよな」とアライグマが呼応する。

 「あのビラも刷るだけ刷ってるけど、なんか無駄になってますよね。地球にはちっとも優しくないっていうか」

 更にイノシシが油を注ぐと、もう酔っ払っているシャム猫が「結局、全部選挙に利用されてるだけじゃないか、馬鹿々々しい!」とカウンターに突っ伏しながら燃えあがる。

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 「君等の愚痴は、取り残された僻みじゃないのかい? 選挙に参加できるのはヒトだけだって、最初から分かっていただろう?」

 そんなフクロウさんのからかいにも、みんな一向にひるまない。もしやと思い店内をぐるりと見回す。予想どおり、夜警団の黄色いビラは一枚も貼られていなかった。

 「しかも、あの手伝ってる連中、マル電で通ってきてるらしいじゃないですか」

 奥さんの腰に手を回したまま、天井からコウモリまで参加し始めた。まだ攻撃の手は緩みそうにない。

 「まあ、たしかに、それはちょっと道理に合わんよなあ」このままだと、フクロウさんまで巻き込まれそうだ。

 ちらりと黒ヒョウの方を見るが、広がる波紋を鎮めるでもなく、かといって加勢するわけでもなく、黙々と働いている。

 「びっくりしたでしょ?」アライグマが隣にやってくる。

 「ん? ああ、まあねえ」

 「最近来なかったじゃないですか? 実はマスターとオランウータン、ひと悶着あったんですよ」

 夜警団加盟店の一件がよぎる。それなら知ってるよ、と言うべきか迷ったが、黙って話を促した。実はですね、と声を潜めるお調子者。その内容は予想とまったく違うものだった。やはり、一週間は長い。

 

 事の発端は三日前。店のドアに夜警団の黄色いビラが三枚、縦並びに貼られていた。

 「いや、最初は僕たちも何とも思わなかったんですよ」

 その言葉から、あの加盟店の話が広まっていないと知る。あぶない。危うく口を滑らすところだった。

 黒ヒョウは縦並びの三枚に気付いた瞬間、カウンターの中から表へ飛び出し、貼り付けてあったビラを狂ったように剥がしだしたという。

 「ちょっとマスターのあんな姿、見たことなかったですからねえ」アライグマはなお声を潜める。「本当、怖くて近寄れなかったんですよ」

 へえ、と驚いてはみたものの、僕は黒ヒョウが飼っている凶暴な炎を知っている。それよりも引っかかったのは、あの加盟店の一件から数日しか経っていない、ということだ。再びカウンターの中に視線を投げるが、素知らぬ顔で黒ヒョウは働いている。

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 「でね、聞いたら夜警団に反対らしいんですよ。それは知ってました?」

 「ああ、ちょこっとはね」何だ、知ってたのか、という表情を隠して頷く。

 「まあ分からなくはないんですよねえ」アライグマは小さく溜息をつくと、黒ビールを頼んだ。「最近、ちょっと思うんですよ」

 「?」

 「ほら、俺、ずっと地元じゃないですか。たしかにでかい道路が出来たり、この店が立ち退きになったりするのは反対だし、そういう意味では夜警団と同じなんですよ」

 いつになくアライグマの表情が険しい。難しい問題を解いている子供みたいだ。

 「でも、町って変わり続けるものでしょ? そりゃ昔の方がよかったところもあるけど、だからって今さらこの状態を守るって言われても、何ていうか、もう遅いよって感じかなあ」

 つられて険しい表情になっていた僕を「なんて顔してんですか」とからかい、「少しどうですか」と黒ビールを勧めつつ、アライグマはゆっくりと話を戻した。

 「実は本当にまずかったのはそれからで、マスターが荒れ狂った直後にオランウータンが来ちゃったんですよ。最初はペコペコ謝ってて、それも謎なんですけどねえ」

 僕なりに補っていくと、どうにか話が繋がってくる。多分、真っ先にオランウータンが謝ったのは「夜警団加盟店」と記した例のビラに、勝手に黒ヒョウの名前を載せたことについてだろう。

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 「で、一瞬は収まったんですよ。握手したり乾杯したりして。ただ、その後何か話し合っている時にマスターがいきなり怒鳴りつけたんですよ。なんで勝手にビラを貼ったんだ、って」

 そうなると話が繋がりづらい。加盟店の件でペコペコ謝っておきながら、夜警団の黄色いビラを無許可で、しかも三枚も貼り付けるというのはおかしい。黒ヒョウが怒るのも無理はない。

 「どうやらマスター、前にもあのビラの事で怒ったらしいんですよ。そしたらオランウータンは、私は知りませんの一点張りで、後はもう平行線ですよ。さすがに手は出なかったけど、ありゃ平行線っていうか導火線だったなあ」

 本当にオランウータンはビラ三枚の件を知らないのだろうか。

 僕は、本当に知らないと思う。

 根拠らしい根拠などないが、多分、町の名士はその手の嘘をつくタイプではない、ような気がする。

(第05回 了)

 

 

* 『再開発騒ぎ』は毎月06日に更新されます。