ゆめのかよひじ_No.001_cover_01おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

どうぶつえん

 

 きのう、ゆめのなかに、おとうさんがはいってきました。

 あたしがみていたのは、どうぶつえんのゆめでした。おとうさんがいたころは、よくどうぶつえんや、すいぞくかんにつれていってくれました。でも、おとうさんがいなくなったので、わたしはおやすみのひは、いっつもきんじょのなみちゃんとばかりあそんでいます。おかあさんは、つかれたといってずっとにちようびはねているからです。おこすとふきげんになってどなるからです。

 おとうさんのところにいきたいといってもどなられます。おとうさんはわるいひとなんだと、なんかいもなんかいもわたしにいうのです。それがいやなので、あたしはもうおかあさんに、おとうさんのことはいいません。わすれたふりをしてくらしています。

 

 きのうのよる、もしかしたら、おとうさんもわたしといったどうぶつえんのことをおもいだしていたのかもしれません。だから、おとうさんにあいたいあたしのきもちと、あたしにあいたいおとうさんのきもちがいっしょになったのかもしれません。

 

 それはふしぎなどうぶつえんでした。ライオンとうしがおなじおりにはいっているのです。こやぎのみずのみばがワニのいけなのです。どくへびとうさぎたちがおなじガラスケースにはいっているのです。

 「たいへんだわ」

 あたしはしいくがかりのひとをさがしました。

 「これじゃあ、いまにたいへんなことになっちゃう」

 あたしはしんぱいでなりませんでした。

 「ああ、もう」

 いわんこっちゃない。とうとう、ライオンがうしにおそいかかりました。うしはいっしょうけんめいにげようとしますが、なにしろおりのなかですから、ぐるぐるまわることしかできません。とうとう、くびすじをかまれてしまいました。

 「が、が」

 あたしはめがまわりそうでした。だって、うしのくびのかまれたばしょからがでてきたからです。

 「しんじゃうよお、たべられちゃうよお」

 そんなふうにべそをかきました。そしたら、だれかがあたまをなでてくれたのです。

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 「だいじょうぶ。よくみてごらん」

 そのひとにいわれて、あたしはこわごわおりをみました。

 「ほら、なんともないだろ」

 たしかに、そこにはしいくがかりにもらったにくのかたまりをおいしそうにかみちぎっているライオンがいるだけでした。

 「ほんとだね、パパ」

 おもわず、あたしはほほえんでいました。だって、かおはみえなかったけど、それはおとうさんだってすぐにわかったからでした。

 「たしかにあれはうしのにくだけど、ここでライオンがころしてたべてるわけじゃない」

 おとうさんがいいました。

 「だから、ちっともこわくないよね」

 「でもおとうさん。これだけじゃないんだよお」

 あたしはあまえてさけびました。ぎゅっとおとうさんのこしにしがみつき、おとうさんもぎゅっとわたしをだっこしてくれました。

 「あっちでは、ワニがこやぎをみずのなかにひきずりこもうとしてるし、もっとむこうではどくへびがふざけてうさぎたちをつぎつぎとかんでるんだよお」

 「そうかな」

 おとうさんはやさしくわたしのせなかをさすってくれました。

 「じゃあ、ほんとかどうかみにいってみよう」

 「うん」

 おとうさんといっしょだとおもうと、わたしはもうちっともこわくありませんでした。なるほど、ワニのおりでは、やはりしいくがかりにもらったこやぎのあしを、ワニがほおばっているところでした。どくへびも、えさとしてあたえられたにくのかたまりを飲み込んで頭の後ろがまあるくふくらんでいるばかりでした。

 「ほらね、なんともないだろ」

 「うん、そうだね」

 あたしはとってもうれしくなって、おとうさんにべたべたあまえながら、いっしょにどうぶつえんのなかをあるきました。ピンクいろのフラミンゴをみたり、きれいないろがいっぱいついたごくらくちょうをみたり、のんびりみずのなかでくつろいでいるかばをみたりしました。くじゃくはわたしたちのために、はねをおおきくひろげてくれたし、メガネザルは、アクロバットみたいにおおきなおりのなかを、あっちからこっちへ、こっちからあっちへととびうつってみせてくれました。

 「すごいね、すごいね、たのしいね」

 あたしはもうたのしくって、うれしくってたまりませんでした。おとうさんといっしょなのです。ちいさいころよくつれてきてくれたおとうさんと、ちいさいころよくみたどうぶつたちをみているのです。

 

 「ねえ、あっちあっち」

 あたしは、おもいつく方向へとどんどんおとうさんをひっぱっていきました。

 「ああ、こっちはだめだ」

 ふいにおとうさんがたちどまりました。

 「こっちはいっちゃだめだ」

 「どうしてよ、おとうさん。こっちにはくまがいるのよ。でっかいつきのわぐまが」

 「でも」

 おとうさんはどうしてもきがすすまないようでした。

 「いくの。ぜったいいくの」

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 あたしはだだをこねました。あたしをおいてでていってしまったおとうさんがきゅうににくたらしくなって、ぜったいこっちにいくのだときめました。

 「わかった、じゃあ」

 おとうさんはこまったかおでいいました。

 「これからさんじゅっぽはふたりでめをつぶってあるこう」

 「さんじゅっぽも?」

 「どうして?」

 あたしはふしぎにおもってたずねました。

 「みたくないどうぶつがいるんだよ」

 「そうなの。こわいの」

 「うん」

 おとうさんがうなずきました。

 「そう、こわいどうぶがいるんだ。だからぜったいだよ。ぜったいにめをあけちゃだめだ」

 「うん、わかった」

 なんだかゲームみたいとおもいました。おとうさんとてをつないで、めをつぶってあるくのです。とてもわくわくしました。

 「さあ、いくよ」

 おとうさんがあたしのてをぎゅっとにぎりました。どういうわけか、これまでつるつるしていたおとうさんのてが、すこしあせをかいているようでした。おとうさんでもこわいどうぶつがあるなんてびっくりでした。

 

 ふたりでめをつぶりながらあるきました。

 「ねえ、なにがいるの。おとうさんがこわいどうぶつってなに」

 そんなふうにたずねても、おとうさんはこたえません。

 「いーち、にーい、さーん、しーい」

 おとうさんはただかぞえるばかりです。

 

 「わかった、あれね、サーベルタイガーね」

 むかし、おとうさんといっしょにみたずかんにそれはのっていたのです。もういまはいないいきものだとおとうさんはいいましたが、このどうぶつえんにはいるのだとあたしはおもいました。

 「じゅういち、じゅうに、じゅうさん、じゅうし」

 おとうさんはへんじをしません。ただかずをかぞえるばかりです。

 

 「ちがうの? じゃあ、あれね、きょうりゅうだわ。チラノサウルスとかそういうやつでしょ」

 きょうりゅうは、ほんとはもういないはずだけど、きっといるんだ、このどうぶつえんにだったらいるんだとわたしはおもいました。

 「にじゅういち、にじゅうに、にじゅうさん、にじゅうし、あとちょっとだ」

 おとうさんがあたしをはげますためか、じぶんをはげますためかわからないいいかたでそういいました。

 

 「なによなによ、おしえてくれたっていいじゃないの、パパ」

 もうもどかしくてたまりませんでした。いったいおとうさんがみたくないほどこわいどうぶつってなんなのでしょう。

 「にじゅうく」

 っておとうさんがいったとき、わたしはもうがまんできませんでした。あとひとつかぞえたら、そのどうぶつはもうみれないのです。おとうさんがこわがっていたどうぶつがなんなのかわからなくなるのです。

 「さんじゅ・・・」

 おとうさんのこえがふっつりととぎれました。あたしはめをあけてみてしまったのです。そこにはさえないどうぶつがいただけでした。ちっともこわくなんかありません。まっくろいはなのながいどうぶつでした。

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 「なによ、ちっともこわくないのに」

 わたしはおとうさんをからかおうとおもいましたが、いつのまにかおとうさんのすがたはきえていました。さっきまでのてのぬくもりだけが、あたしのてのひらにのこっていました。

 「おとうさん。おとうさん、おとうさん」

 よびましたが、こたえはありません。あたしのあたまをなでてくれるてのひらもありません。

 「どうしてなの? あなたしらない? あたしのおとうさん、しらない?」

 あたしはおりにしがみついて、そのぼんやりしためをしたどうぶつにたずねました。

 「どこ? あたしのおとうさんはどこなの?」

 そのどうぶつは、なにもこたえませんでした。ただ、ぼんやりしためをしながら、なにかをくちのなかでもぐもぐとうまそうにかみしめるばかりなのでした。

 こうして、あたしのゆめはおわりました。めをさますと、またおとうさんのいないいえでした。あさからふきげんなおかあさんが、いらいらしながらおにいちゃんをおこしているところでした。そのかんだかいどなりごえでめがさめたのかもしれません。

 あたしは、こっそりふとんにもぐって、こっそりなきました。

 

 

 

かめのいし

 

 つぎのばんも、つぎのばんも、おとうさんはあたしのゆめのなかにきてくれませんでした。

 どんなにたのしいゆめをみても、どんなにこわいゆめをみても、おとうさんがいっしょにわらってくれたり、どこまでもおいかけてくるこわいさつじんきからまもってくれたりはしなかったのです。

 

 あたしは、なんだかおとうさんがよわっているようなきがしてなりませんでした。そうでなければ、おとうさんがあたしのゆめをほったらかしにするはずがないからです。

 まいにちおとうさんがきてくれることをねがいながらねむりました。でも、つぎもひも、つぎのひもはずれでした。はずればっかりつづきました。

 

 いっかげつくらいして、ようやくおとうさんがまたゆめのなかにきてくれました。

 なぜだかはわかっています。あたしがまいにちまいにちとてもとてもつよくねがったからです。おとうさんがよくなりますように。げんきになりますように。またあえますように、こんばんはおとうさんにこんばんわできますように、って。

 

 だから、ちかごろでは、おかあさんに「もうねなさい」といわれるよりまえに、あたしはふとんにもぐりこみます。「ひとりでねれるの」とおかあさんはききますが、「うん、だいじょうぶ」とこたえます。

 

 いつもテレビのおとがすこしうるさいのですが、これはおにいちゃんのせいです。おとうさんがいなくなってから、おにいちゃんはまえよりいっそうテレビがだいすきになりました。がっこうからかえってくるとテレビをつけて、そのまえでごはんをたべます。しゅくだいはあまりしません。たまに、するときもありますが、そのときだってテレビをつけたままです。おふろにはもうはいりません。ときどきおもいだしたようにシャワーをあびるだけです。あとはずっと、テレビのまえにすわっています。そして、テレビをつけたままでねてしまうのです。まるでテレビのせかいにすんでいるみたいです。わたしがゆめのせかいにすんでいるのとにているのかもしれません。

 

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 おかあさんがあらいものをしたり、せんたくきをまわしたりするおともきこえます。おかあさんはおしごとをはじめたので、ひるまはかじができないのだそうです。いつもつかれてイライラしているので、よくおさらやコップをわります。せんたくしたものをほすのをわすれて、よくあさいやなにおいになっていることもあります。

 

 「ぜんぶ、ぜんぶ、おとうさんのせいだから」

 おかあさんは、ときどきひとりでにおこりだします。そして、おこりすぎたときには、おさらをかべにぶつけたり、おにいちゃんがぬぎちらかしたふくをやぶいたりします。いちどなど、まちがえてだとおもいますが、おにいちゃんのきょうかしょをやぶいてしまったこともありました。

 「いもうとがふざけてやったって、せんせいにはいいなさい」

 とおかあさんはおにいちゃんにめいれいしました。

 それはないだろうと、さすがにあたしもおもいました。

 どうしておかあさんがやぶいたのに、あたしのせいにされなきゃならないの。でも、そういうとまたおかあさんがおこるし、このごろはおこるとあたしやおにいちゃんをぶつことがふえました。いぜんから、ときどきいきなりおこりだして、おとうさんやおにいちゃんをなぐったりけったりすることはありました。でも、おとうさんがいなくなってからは、だんだん、それがひどくなってきたようにおもいます。だって、いつもふきげんなのですから。

 おにいちゃんは、くちごたえするから、けっこうなぐられたりけられたりしています。あさ、おみそしるをあたまからかけられたこともあります。おかあさんもわるいけど、おかあさんをおこらせるおにいちゃんもわるいとおもいます。

 「おかあさんのせいで、おとうさんはでていったんだ」

 そんなことをいうからです。それがいちばんおかあさんをおこらせることばなのに。わざとそういうことばをくちにするのです。それはいけないことだとあたしはおもいます。

 

 もしかしたら、こんやもあたしがねているうちに、おかあさんとおにいちゃんはテレビのまえでどなりあったり、けんかしたりするかもしれません。でも、あたしはぜったいにめをさましません。どんなにおおきなものおとがしても、わめきごえがしても、どなりごえがしても、あたしはゆめのなかからでていきません。だって、あたしはいまゆめのなかにいるときが、いちばんしあわせだからです。

 

          ☆

 

 「ほら、そこにおさかながいるよ」

 おしえてくれたのは、もちろんおとうさんです。

 かもがわのさんかくすのところで、かもがわとたかのがわがひとつになります。そこにはかめのかたちをしたいしや、しかくいいしがならんでいて、いしからいしへとジャンプしながら、かわをわたることができるのです。そのとき、まんなかにあるのがさんかくすです。ほんとうにさんかっけいをしています。

 あたしは、このばしょが、かもがわでいちばんだいすきです。おとうさんがいえにいたころには、

 「どこにいきたい?」

 ときかれると、あたしはいつも、

 「かめのいしのとこ」

 ってこたえました。

 おぼえています。

 「またあ?」

 とあきれるおとうさんのかおもよくおぼえています。

 

 なによりわすれられないのは、はじめていしといしのあいだをじぶんでとんでわたったときのことです。それまでは、おとうさんにてをにぎってもらって、それからジャンプしていたのです。でも、さんさいのときに、あたしはせんげんしました。

 「だいじょうぶ、じぶんでわたる」

 しんぱいそうなおとうさんのてをふりほどくと、あたしは、おもいっきりジャンプしました。こわくて、どきどきしました。しんぞうが、ばくばくおとをたてるのがわかりました。でも、あたしはなんとしてもわたってやるんだときめていました。

 「すごい、すごいよ」

 おとうさんは、にっこりわらってはくしゅしてくれました。あたしはせいこうしたのです。いしからいしへとぶじにジャンプできたのでした。

 「もういっこ」

 あたしは、すっかりうちょうてんになってとびました。

 「ああっ」

 おとうさんのひめいのようなこえがきこえたようなきがしました。あたしのあしさきは、むこうのいしのへりにあたって、そのままおちました。つめたいみずが、あたしのあしから、こしへとあがってきました。

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 「だいじょうぶ」

 あたしは、わらってたちあがりました。ほんとうでした。おちたけど、あたしはうれしかった。つめたいみずのかんしょくは、それはそれできもちよかったからです。

 「いそいでかえらなきゃ」

 おとうさんはあわてていました。まだはるになったばかりで、それほどあたたかくないひだったからです。

 「かぜひいちゃう」

 もっとあそびたいというあたしをおとうさんはむりやりじてんしゃにのせると、おおいそぎでいえにむかってこぎました。

 「でも、おとうさんびっくりしたよ」

 いちどふりかえってそういいました。

 「せいこうしたね。もうとべるね」

 「ううん、しっぱいした」

 あたしは、そうこたえましたが、ほんとうはちがいました。もうとべるっておもったからです。にどめはだいぶゆだんしてしまったのです。ゆだんしなければ、きっとだいじょうぶ。あたしはそうおもいました。

 

 じっさい、そのひいらい、あたしはコツをつかんだのです。

 きをぬかなければ、だいじょうぶっていうのが、そのコツです。ちゃんとむこうのいしをみて、おもいきってジャンプするのです。

 「だいじょうぶ、あたしはとべる」

 っておもうのです。そうしたら、だいじょうぶなのです。ほんとです。だって、あれからあたしはかわにおちなくなったからです。

 

 おさかなは、ちいさなこげちゃいろのさかなでした。せなかがちょっとみどりがかってて、こけがはえているみたいでした。

 「なんていうおさかな?」

 あたしがきいても、おとうさんは、

 「さあ」

 としかこたえません。

 「なあんだ、しらないの?」

 ってきくと、

 「うん、しらない」

 なんて、さっくりこたえました。

 「おとうさんは、むしのことはちょっとばっかしくわしいけど、おさかなはだめなんだ」

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 おとうさんのこどものころは、かわではあまりあそばなかったのだそうです。そのかわりに、ちかくにいけがあって、そこでかえるつりをしたり、ざりがにとりをしたのだそうです。

 「フナとかドジョウはいたけどね。こういうさかなはいなかったな。これはいけのさかなじゃなくって、かわのさかなだよ。だからおとうさんはしらない」

 そういっておとうさんはすましたかおをしています。

 「とってよ」

 あたしがいうと、

 「むりだな」

 おとうさんはまたしてもすましてこたえました。

 「どうして」

 「だって、はやいもの。おとうさんはついていけないよ」

 「だめねえ、おとうさんは。じゃあ、みてて」

 あたしは、てにしたあみを、おもいっきりさかなにむけてうごかしました。

 「ああ、あ、にげちゃった」

 からかうようにおとうさんがいいます。

 「なによお。じぶんだってつかまえられないくせに」

 あたしはむっとして、ぜったいつかまえてやると、かわのなかにじゃぶじゃぶはいっていきました。

 「あんまりとおくはだめだよ、あっちのほうはながれがはやいし」

 おとうさんがかめのいしのうえからこえをかけます。

 かわはあさいので、はんズボンをまくりあげれば、ぬれるしんぱいはありません。それに、ながれがはやいといっても、ここのところあめがあまりふっていないから、みずのりょうはそんなにないのです。

 「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 あたしはそういって、じいっとみずのなかをのぞきこみました。さいしょはみずと、すなと、いししかみえません。でも、じいっとじいっとみつめていると、そのなかにうごくものがみえてくるのです。

 「ほらいた」

 あたしは、あみをかまえました。ほそながいいしのようにみえたものが、さかなだときがついたからです。いしがうごきました。みどりいろのいし。いいえ、ほんとはさかなです。あたしがふりおろしたあみをするりとぬけると、ちょっとさきのところでまたいしにもどりました。

 「だまされないんだから」

 そうです。いしのふりをしたって、あたしにはもうしょうたいがみえているのです。あたしは、そおっとちかづいて、こんどはそんわりぞんわりあみをちかづけました。

 ふるりっと、さかなはなめらかにみをかわしました。さっきまでいしのふりをしていたくせに、とてもなめらかなうごきでした。

 「へんなさなかね。ぜったいつかまえてみせるわ」

 おどろくおとうさんのかおをそうぞうしながら、あたしはまたすこしさきでいしにもどったふりをしているさかなにちかづきました。

 

 いつのまにか、あたしはさんかくすのよこのしげみのちかくにきていました。それはさかなのたくらみだったのかもしれません。だって、つぎににげたときそのさかなはさんかくすのきしべにずらりとはえているくさのあいだにきえてしまったからです。

 「ああ、もう」

 みうしなったあたしはくやしくてじだんだふまんばかりでした。

 「おしえてやろうか」

 そんなこえがきこえました。

 「え」

 いいえ、それはおとうさんのこえではありませんでした。おとうさんのやさしいこえではなく、もっとずるがしこそうなこえでした。あたしをばかにしているようなこえでした。

 「だあれ」

 あたしは、こえのしたさんかくすのきしべをじっとみました。たしかに、くさのあいだになにかがひそんでいるようにみえました。そこだけ、みずにまっくろいかげがおちていたからです。

 

 「あなたは、だあれ」

 「だれでもないよ、まだ」

 「どうして」

 「だって、おまえにみられてないからな」

 かげならみえるわ、といってやろうかとおもいましたが、たしかにそのかげにはまだはっきりしたかたちがないようにもおもえました。

 「みられたらどうなるの」

 「しかたがないから、みられたとおりのものになるさ」

 「じゃあ、みてやるわ」

 「ちょっとまった」

 こえのぬしは、あたしのうごきをせいしました。

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 「でもおまえ、さかながとりたいんだろ」

 「いいえ、いまはあなたがとりたいわ」

 ふはは、とそのかげはわらいました。

 「それはいい。ちょうどおれもはらがへっていたところだ」

 「どういうこと?」

 あたしにはいみがわかりませんでした。とにかく、なんでもいいからつかまえないことにはきがすまないおもいでした。それに、ことばをはなすいきものをつかまえたら、おとうさんだってきっとおどろくにちがいないのです。もしかしたら、そのいきものをいっしょにかいたくなって、いえにかえってきてくれるかもしれません。

 「いくわよ」

 あたしがあみをふりかぶっていっぽふみだそうとしたときです。

 「だめだ」

 ふいにだれかがあたしのてをおさえました。わたしからあみをうばいとって、いきおいよくくさむらにつっこみました。

 

 「あ、おとうさん」

 それは、おとうさんでした。

 「ずるい、あたしがとろうとおもってたのに」

 「あぶないところだった。ゆめのひだ、つまり、めくれかえったり、おりたたまれたりしているぶぶんにはやみがひそんでいるんだ。やみはいつだって、ひとのこころをたべるチャンスをねらってる」

 それがおとうさんのこえだったのか、ゆめのどこかべつのところからきこえてきたこえなのか、あたしにはわかりません。ともかく、きゅうにあたしにはそういうきけんがあることがわかったのです。

 「そうなの?」

 あたしはびっくりしました。

 

 「だから、こうしてやる」

 「くそ」

 くさむらのなかのこえは、のろわしげでした。

 「おまえいったいどこからはいってきた。そんなことをしたら・・・」

 なにかいいかけたくらいかげを、おとうさんのあみがすくいあげました。みずのうえにひきあげられたあみのなかには、よんほんのてあしとながいしっぽをぎゃんぎゃんうごかしてのがれようとあばれているくろっぽいいきものがいました。

 「あ、サンショウウオ」

 あたしは、びっくりしました。よく、あらしのあとなどに、じょうりゅうからサンショウウオがながされてくるというはなしをきいたことがありました。でも、こんなばしょにいるなんて、おもってもみなかったのです。

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 「そうだ、おまえはただのサンショウウオだ」

 おとうさんが、まるでめいれいするかのようにそういいました。

 サンショウウオはもうなにもこたえませんでした。まるできゅうにくちをきけなくなってしまったようなのでした。

 「きょうのところはみのがしてやる。にどとうちのこどもにちかづくな」

 そういうと、おとうさんはあみをひっくりかえしました。

 

 「ああ、だめ、どうして」

 あたしはびっくりしてさけびました。だって、サンショウウオです。これをすいそうにいれてがっこうにもっていったら、ぜったいみんなびっくりします。おどろくみんなのかおまでとっくにあたしはおもいうかべていたっていうのに、おとうさんったら、なんてもったいないことをするのでしょう。

 サンショウウオは、かわにぼちゃんとおちると、するりとみをくねらせて、くさむらのおくへときえていってしまいました。

 

 「ああ、もう、おとうさんったら」

 あたしは、おとうさんをしかってやろうとおもいました。どうして、かってにあたしのあみをとったのか、どうしてせっかくつかまえたサンショウウオをにがしたのか、どうしてあたしをおいてでていってしまったのか、どうしてあたしをおこりんぼのおかあさんと、いじわるなおにいちゃんのところからたすけだしにきてくれないのか、あたしのいいたいことはやまほどあったのです。

 「おいおい、おじょうちゃん。あんまりかたむけたらにげちゃうよ」

 こえをかけてくれたのは、さんかくすにいたしらないおにいさんでした。

 「え? あっ」

 きがつくと、あたしはてにあみをもっていて、そのあみのなかに、みどりいろのいしみたいなさかながはいっているのでした。さかなはじょんじょんとんでにげようとします。そして、ちからがぬけたあたしのては、そのあみをとりおとしそうになっていたのでした。

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 「うわ、どうして」

 いつのまに? ってあたしはふしぎにおもいました。どういうことでしょう。さっきまでおとうさんがにぎっていたはずのあみをいまはあたしがにぎっているのです。そして、おとうさんは・・・、おとうさんはいつのまにかすがたをけしていました。

 「おとうさん?」

 あたしは、あたりをみまわしました。さんかくすがぼんやりなって、かめのいしがぼんやりなって、あしをひたしていたはずのかわがぼんやりなって、あたしはめをさましました。

 

 そして、おもいだしたのです。あわてて、いっかいにおりていって、せんたくかごのなかをさぐりました。それは、ズボンスカートのポケットのなかにありました。がっこうのかえりにであって、きにいって、ひろったいしでした。みどりいろのすきとおったいしでした。

 「どことなく、さかなっぽい」

 そうおもって、ポケットにいれたのでした。

 「おまえが、でてきたんだね」

 あたしは、いしにむかってはなしかけましたが、もちろん、いしはこたえませんでしたし、ぴくりとはねもしませんでした。

 

 あさごはんのときおかあさんがにやにやしていました。

 「どうしたの、うれしいことでもあったの」

 あたしがきくと、おかあさんはもっとにまりにまりしました。

 「あのおとこがね」

 トーストとめだまやきののったおさらをだしながら、おかあさんはおもしろくってたまらないっていうように、みをふるわせました。

 「じこにあったんだって。こうつうじこだって」

 「あのおとこってだれ」

 あたしは、ふあんになってききました。

 「だれでもいいよ。あんたにはかんけいのないことだから」

 おかあさんは、「いいきみだぁ」、とか「おもいしったかぁ」とかいいながらながしであらいものをはじめました。

 

 「それって、もしかして」

 あたしがきこうとしたとき、おかあさんは、どうっとばかりテレビのへやのドアをあけました。

 「なにやってんの、がっこういかないつもりなの」

 おこしてもおこしてもおきないおにいちゃんをどなりつけはじめました。おにいちゃんがなにかいいかえして、おかあさんがかなきりごえをあげました。おにいちゃんがなにかいって、それからすこしまがあいたので、

 「あ、いまおかあさんがおにいちゃんをなぐった」

 わたしにはわかるのです。なんかいもそういうばめんをみてきたからです。それから、へやのなかでものをなげとばすおとがきこえてきました。まいあさのことです。こうれいぎょうじ、っていうらしいです。

 「のまれちゃえばいいんだ」

 あたしは、トーストをかじりながらつぶやきました。

 「おかあさんも、おにいちゃんもやみにたべられちゃえばいいんだ」

 でも、そういいながら、あたしにはわかっていました。もうふたりともとっくにやみにたべられちゃったあとなんだって。

 そのあさのトーストは、まるですなをかむみたいにじゃりじゃりしたあじがしました。

(第01回 了)

 

* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

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