家を看取る日_No.013_cover_01その家は今から90年以上も前、大阪の外れに建てられた。以来、曾祖父から祖父、父へと代々受け継がれてきたのだが……39歳になった四代目の僕は、東京で新たな家庭を築いている。伝統のバトンを繋ぐべきか、アンカーとして家を看取るべきか。東京と大阪を行き来して描く、郷里の実家を巡る物語。

by 山田隆道

 

 

 

 

  第十三話

 

 夫が葬儀屋になると言い出した。父親の事業を継ぐためだ。

 私が嫁いだ栗山家は大阪北部でいくつかの霊園を代々所有しており、義父はそれをもとにした葬祭事業を展開している。夫の新一はその長男だけに、いつかは関わりをもつかもしれないと頭の片隅には入れておいたつもりだが、それでも寝耳に熱湯をかけられたような衝撃があった。今どき、長男が父親の仕事まで継ぐなんて聞いたことがない。しかも、よりによって葬儀屋だなんて――。

 栗山家が所有する霊園の相続とか、そこに立ち並ぶ墓地の永代所有権とか、そういった難しいことはわからない。わからないのだけれど、なんとなく胸騒ぎがする。もしかして、新一は泥の船に乗ろうとしているんじゃないか。

 「俺が継げば、孝介かって自分の能力に見合った学校に進学できるやろ。せっかく優秀なんやから、俺のせいで可能性を摘み取りたくないねん」

 新一にとっては、それも事業を受け継ぐ理由のようだ。

 孝介が私立中学を受験したいと言い出してから、ずっと学費のことで頭を悩ませていたのは私もよく知っている。新一いわく、これからの葬祭事業は昔のように繁盛する見込みはないものの、時代に合わせて規模を調整すれば決して消えてなくなるものでもないという。そういう安定した財源を捨ててまで自分の好きな仕事にこだわり、子供たちの進路を制限するような親は馬鹿だとか。

 そう言われても、私はどうにも釈然としなかった。

 以前の新一は葬儀屋のことをまるで忌み仕事かのように侮蔑している節があった。自分が葬儀屋を継ぐのは絶対に無理だと断言していた。しかも、これまで二十年近くも映像制作一筋でやってきた人だ。あまりに畑がちがいすぎる。

 だから、急に葬儀屋に転職すると言われても、どうしても信じられない。どれだけ筋の通った理由を並べられても、それが新一の本音とは思えない。

 なにしろ、大阪に引っ越してからの新一は確実に変わったのだ。父親にまるで頭が上がらず、父親のご機嫌をうかがってばかりいる。だから葬儀屋の件も、本当は父親の勧めを断れなかっただけじゃないのか。それを正当化しているだけじゃないのか。私から見れば、今の新一は父親の言いなりだ。

 その日の朝もそうだった。義父と二人で家を出る新一を見送ったとき、その横顔には生気が感じられなかった。しかも、新一は珍しくスーツを着て、地味なネクタイまで締めている。まるで義父が引き連れる従順な部下のようだ。

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 私はガレージに向かう新一を呼び止めた。

 「ねえ、どこ行くの?」

 「ちょっと挨拶回り」新一は小声で答える。

 「もしかして、お義父さんの会社関係?」

 「ちゃうちゃう。まだ正式には決まってへんし」

 「そうだよね……」

 すると、前方から義父の声が聞こえた。「はよせい!」義父の険しい顔を見た途端、新一は焦ったような顔で「はい!」と返事をして小走りする。

 その瞬間、私は思わず目をつむった。小さく息を吐く。

 また手のひらがかゆくなってきた。たまらず爪でかきむしると、手のひらの皮がずるずる剥けていく感触があった。かゆみが痛みに変わっていく。

 おそるおそる両手の爪先を見ると、そのどちらにも練り物状になった薄紅色の皮膚の塊が大量に付着していた。ほんのり血のにおいがする。いつものことなので特に驚きはなかったが、それでも気分の良いものではない。

 新一は義父のグロリアに乗り込み、二人でどこかに向かって出発した。私は事情を飲み込めず、ただただ不安になった。運転が新一だったから、余計なことまで引っかかる。運転中にまた喧嘩して、事故でも起こしたらどうしよう。

 私はグロリアを追って、ガレージの外に出た。車道の端に突っ立ちながら遠ざかるグロリアを見つめていると、無性に切ない気持ちになってくる。

 「こんなんじゃなかった……」

 不意に独り言が口をついた。鼻の奥がツンとする。

 「私が好きだった新ちゃんはこんな人じゃなかった……」

 今度はわざと芝居めいた口調で言ってみた。なんだか恥ずかしくて、少し顔が熱くなってしまう。また手のひらがかゆくなってきた。

 

 その後、私は家の中に戻り、溜まっていた洗濯に取りかかった。孝介と秋穂は学校だから、家には私と義母しかいない。私は洗濯機で脱水まで終えると、水気を含んだ洗濯物を籠に詰め込み、それを庭先まで運び出した。

 九月の空は快晴だった。まだ午前中だから太陽もおとなしくて、過ごしやすい陽気だ。私は物干し竿のそばに洗濯籠を置くと、再び家の中に戻った。

 「お義母さん、今日は天気いいですよ。日向ぼっこしましょうか」

 義母は顔の右半分だけでぎこちなく微笑んだ。私は義母の肩を支えながら、庭先までの歩行を促してみる。義母は小さいながらも精いっぱいの声で「おいっちに、おいっちに」と言いながら、ゆっくり歩を進めた。スムースな自立歩行はまだ困難だけど、よくぞクモ膜下出血からここまで回復したな、と感心する。

 義母が退院して自宅療養することが決まったとき、最初は吐き気がするくらい気を揉んだ。実の母親ならともかく、血縁的には他人の高齢女性、しかもリハビリが必要な高齢女性と一緒に暮らすなんてことが私にできるのか。義父と新一は仕事があるため、義母のサポートは私の役目になると容易に想像できた。

 実際、それは想像以上に大変だったけど、今のところなんとか気持ちを保てているのは、義母が着実に回復に向かっているからだ。この調子なら、いつかサポートなしで日常生活を送れるようになる気がする。いくら苦役であっても、終わりがなんとなく見えているのなら、人間は意外に耐えられるものなのか。

 二人で庭先に出ると、置きっぱなしのウッドチェアに義母を座らせた。義母は細い目で青空を眺めながら、鼻先をひくひく動かしている。

 「秋の匂いでもしましたか?」

 私は洗濯物を干しながら、義母に声をかけた。義母はなにやら口を動かしているが、「うう」だの「ああ」だの、そういう声しか聞こえない。

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 「お義母さん、最近の新ちゃん、なんか変ですよね」

 私は話題を変えた。今の義母は人が言うことは理解できるものの、言葉を流暢に発するのは難しいという段階だ。だから会話は成立しにくいのだが、それでも話しかけるようにと医師に言われている。義母が口を動かしているときは、必死に脳を動かしているときだから、それもまたリハビリになるという。

 「お義父さんの前ではやけにおとなしくて……。なんか別人みたいですよ」

 義母はウッドチェアから少し背中を浮かして、口と右手を動かした。

 「し、し、ち……」

 たぶん新一と言っているのだろう。神経を耳に集中させる。

 「お、おひ、お、おひろ、ごし……だ、だな……」

 ああ、もう無理だ。さすがに聞き取れない。

 だけど、それは百も承知だ。別に答えを求めていたわけではなく、話を聞いてもらいたかっただけだから、私としては問題ない。むしろ、今の私は一人になると気が滅入ってしまうから、こんな一方的な会話ですらありがたい。

 「お義母さん、昔の新ちゃんってもっと度胸があって堂々としていて、相手が誰であってもちゃんと自己主張のできる、そんな強い人だったと思うんです」

 「あ、あ、あ、うう、う」

 「まあ、少し理屈っぽいところはあるけど、それ以上に行動力があったから、私は頼もしかったんです。新ちゃんとなら、人生でなにか困難なことがあってもたぶん乗り越えていけるんじゃないかって、そんな安心感もあったんです」

 私は自分の言葉を噛みしめた。その安心感に確かな根拠があったわけではないけれど、それでも長男の嫁として義実家で暮らすことになった私にとっては大きな支えだった。新一と一緒なら大丈夫だと自分に言い聞かせて、この漠然とした安心感を犬みたいに信じて、大阪に乗り込んできたのだ。

 「お義母さん、覚えてますか? 私が初めてお義母さんと会ったとき、お義母さんは私に訊いたんです。新一のどこが好きになったの、って」

 義母は反応しなかった。黙ったまま、宙を見つめている。

 「そのとき、私は新ちゃんの話を聞くのが好きだって言ったんです」私はかまうことなく続けた。「私の友達は、家で彼氏の話なんか聞きたくない、それより自分の話を聞いてもらいたい、なんて言う子がほとんどだったけど、私は新ちゃんの仕事の話を聞くのが好きだったんです。それが毎日の楽しみだったんです」

 実際、あのころの新一は仕事の話ばかりしていた。大学時代から自主映画を作るほど映像が好きで、勤め先の制作会社でもADからディレクターに昇格したばかりだったから、つい夢見がちになっていたのかもしれないけど、いつかは映画やCMを撮りたいだなんて、若者にありがちな自意識の氾濫を見せていた。

 もちろん、仕事なんだから楽しい話ばかりではなく、時には愚痴をこぼすこともあった。だけど、新一は良いことも悪いこともすべて興奮気味に語るから、私としては嫌な気分はしなかった。新一の仕事を疑似体験しているような、新一を通して未知の社会とつながっているような、そんな気分になることもできた。

 「だけど、大阪に来てからは、そういう楽しみもなくなっちゃいました」

 不意に溜息がこぼれた。穏やかで温かい風が頬を撫でる。

 大阪での新一はフリーランスを選んだとはいえ、同じ映像制作の仕事をしているはずなのだが、以前みたいに家で食事をしながら仕事の話をするなんてことはなくなり、いつも義父の隣でおとなしく座っているだけだ。

 「お義母さん、新ちゃんって本当にお義父さんの会社を継ぐんですかね?」

 返事がないことはわかっているけど、どうしても問いかけてしまう。

 「新ちゃんって、映像の仕事が本当に好きだったんですよ。好きだからこそちょっと融通が利かないところがあって、だから出世するタイプではないけど、それでも新ちゃんの仕事ぶりを買ってくれる人はたくさんいたんです」

 話しているうちに、だんだん胸が熱くなってきた。息が苦しくなってきた。

 「私はそれこそが新ちゃんだと思っていたんです。不器用だけど一生懸命で、根本的には仕事が好きで……そういう新ちゃんを誇りに思っていたんです」

 また手のひらがかゆくなってきた。手相が見えなくなるほど、真っ赤に腫れあがっている。かくのは良くないとわかっているけど、我慢できない。

 義母はいつのまにか目を閉じていた。一瞬、寝たのかなと思ったものの、すぐに鼻をすする音が聞こえてきたので、たちまち心が波打った。

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 「お義母さん?」

 声をかけると、鼻をすする音がさらに大きくなった。

 華奢な肩が小刻みに震えていた。しわだらけの頬に小粒な滴がつたう。

 いったいなにが悲しいのだろう。なにがつらいのだろう。義母は私のことを思って泣いているのか、新一のことを思って泣いているのか。

 なんだか、私まで泣きたくなってきた。新一の顔が頭に浮かんでくる。今の新一は、見ていてつらい。私が想像していなかった、夫の変化がつらい。

 新一についていけば大丈夫だと思っていたのに、その新一は私の前から完全にいなくなった。私が好きだった新一は、私の飼い主だった新一は、栗山家の世代交代の波に呑み込まれ、跡形もなく姿を消した。

 

 洗濯を終えると、急いで手のひらに薬を塗りたくった。

 とはいえ、気休めみたいなものだ。病院の処方薬だから、それなりに効果を期待していたのだが、実際はあまり効いていない。二ヶ月くらい塗り続けているのに回復の兆しはまったく見えず、ますます悪化するばかりだ。

 今では手のひらの大部分の皮が剥けてしまった。いたるところに小さな傷もあって、手を洗うと沁みて痛い。かゆみは一向におさまらず、脱皮の範囲も日に日に広がっていく。そのうち、手首の皮まで剥けてしまいそうな勢いだ。

 かゆくなり始めたのは、今から三ヶ月くらい前、六月に入ったばかりのころだった。最初は左手だけが少しかゆい程度だったのだが、それは日を追うごとに激しくなり、いつのまにか左右均等に襲ってくるようになった。乾燥しがちな冬ならまだしも、梅雨時に肌がかゆくなるなんて初めての経験だ。

 自分では原因がまったくわからなかった。肌がかぶれるようなものを触った記憶もないし、今さら新たなアレルギーが発症したとも思えない。だいたい手のひらがかゆい程度で大騒ぎするのも変な話だから、最初はあまり気にしていなかった。そのうち自然に治るだろうと高をくくって、そのまま放置していた。

 しばらくすると、手のひらの皮が剥け始めた。かゆみに耐えきれず、爪でかきむしり続けた結果だ。魚の鱗みたいに皮がぼろぼろとこぼれ落ち、やがて出血と痛みも伴うようになり、いつしか手のひらがささくれだらけになった。

 そのあたりで、ようやく近所の病院に駆け込んだ。けれど、皮膚科の医師をもってしても原因が判然とせず、塗り薬を処方されるだけだった。もちろん、病院は何度か変えたが、結果はどこも一緒だった。

 「ねえママ、なんか手が変だよ」

 家族で最初に気づいたのは秋穂だった。六月下旬の夜、義父母も含めた全員で夕飯の食卓を囲んでいるとき、隣の席から私の手をのぞきこんできた。

 「うん、ちょっと手が荒れててね。たいしたことないから」

 私はなるべく明るい声で返事をしたつもりだけど、秋穂は手荒れの意味がそもそもわからないのか、怪訝な顔で首をひねった。

 「ほら、海で日焼けしたあとって皮が剥けるでしょ?」

 「あっ、秋穂も剥けたことある!」

 「でしょ。あれと一緒よ」

 「じゃあ、手が日焼けしたってこと?」

 「そうそう、最近暑くなってきたからねー」

 秋穂とそんなやりとりをしていると、他のみんなも私の手を気にするようになった。孝介は「なんで手のひらを日焼けするんだよ。普段、日光が当たらない場所なんだから、おかしいじゃん。黒人だって手のひらは黒くないよ」ともっともなことを言い、新一は「季節の変わり目にわりとあるらしいで。大丈夫、そのうち治るよ」などと、どこかで聞いたらしい情報を教えてくれた。

 すると、斜め正面の席から義父の声が飛んできた。

 「ちゃうちゃう! そらもう、あれや。手が水虫なんや!」

 一瞬、食卓が静まり返った。新一は義父の隣で下を向いている。

 ほどなくして、孝介と秋穂が口をそろえて言った。

 「水虫って?」

 「水虫っちゅうのはあれや、バイ菌が入ってカビてくるやつや」義父はいつもの口調で続けた。「普通は足の裏にあれするもんやけど、足の裏を手でかいとったりしたら、手にもあれするんや。そらもうあれや、かいーぞー、ほんま」

 屈辱的な言葉だった。デリカシーの欠如もここまできたら犯罪ものだ。少なくとも、孝介と秋穂の前で言うことではないだろう。私だって女だ。

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 新一が顔を上げたので、目で不服を訴えた。しかし、新一は「水虫って手にもできるんやなあ」と毒にも薬にもならないような言葉をつぶやくだけだった。

 「あの……病院行ったんですけど」私はたまらず抗弁した。「お医者さんも原因はわからないらしくて……。少なくとも水虫じゃないんです」

 「ほんなら、なんや?」

 「いや、それがわからなくて」

 「それやったら水虫や」

 「いや、だからちがうみたいなんです」

 「そらもう、水虫にきまっとるわ!」

 義父は断言して笑い飛ばした。「清潔にしてへんからや!」と続けた瞬間、私は席を立ちたくなった。義父のこういう性格はよく知っているつもりだけど、やっぱり傷つくものは傷つく。新一が黙っていることもショックだった。

 七月に入ると、あまりのかゆさと痛みで夜も満足に眠れなくなった。

 「大丈夫か? 氷で冷やすか?」

 新一は義父のいないところでは心配してくれるのだが、だからといって病院に同伴してくれたり、新たな病院を探してくれたりすることはないから、なんだか白々しく聞こえてしまう。いつだったか夜中に症状が激しくなって目を覚ましたとき、隣で新一が熟睡しているのを見て、思わず首を締めたくなった。

 眠れない日々が続くと、昼間も体調が悪くなった。なんだか頭が痛くて倦怠感があって、家事にも身が入らない。義父は配慮とかに縁がない人だから、私の家事のほころびを容赦なくつついてきて、やれ「片付けがなってない」だとか、「風呂の掃除が甘い」だとか、厳しく指摘してくる。時々、その現場に新一が居合わせることもあったのだが、新一は顔をしかめて私に目配せするだけだった。

 七夕あたりから、家族に内緒で精神科にも通院するようになった。「かゆみの原因はもしかしたら心理的なものかもしれませんね」皮膚科の医師がそう言いだしたのが発端なのだが、その真相は体よく追い払われただけだと思う。

 当然、精神科には抵抗があった。無知なだけかもしれないけど、そこに足を踏み入れると大きなものが変わってしまうような不安があった。けれど、他に対策は見当たらず、せめて睡眠薬でも手に入れたいと思って門を叩いたのだ。

 精神科ではカウンセリングがほとんどの時間を占めた。

 厚化粧で気の強そうな女性精神科医は、私の暮らしについてヒアリングしたあと、見知らぬ土地での新生活や義父母との同居などによるストレスが自律神経を乱して、手のひらに表面化したなどと同情気味に言う。なんでも自律神経には交感神経と副交感神経があり、双方がバランス良く働くことで人間の体は正常に作動するのだが、その自律神経が乱れると皮膚に十分な栄養や酸素が行き届かなくなり、肌が荒れて手の皮が剥けることもあるという。

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 そう言われると、私はかえって気分が悪くなった。女性精神科医は、あたかも自分は全女性の味方かのような口ぶりで、古い家族のかたちは女性の敵よ、そんなものにしたがわなくてもいいのよ、もっと気楽に考えて――などと優しい声で諭してくるのだが、私にしてみればそれが鬱陶しくてたまらなかった。

 なにしろ、今の暮らしを選択したのは私なのだ。だから、それが原因だと言われると、自分を否定されたみたいで胸糞が悪くなってくる。同居がつらいなんて最初からわかっていたことなのだ。わかっていたことに屈したくはない。

 それでも通院するようになったのは、処方される精神安定剤や睡眠導入剤が欲しいからだ。これを飲まないと熟睡できないのだからしょうがない。

 けれど、診察後はいつも憂鬱になってしまう。待合室では明らかに挙動不審の人がふらふらと歩き回っていて、失礼を承知で逃げたくなる。

 やっぱり、ここは私の来るべき場所ではない。私はただ手がかゆいだけで、皮が剥けただけで、薬がないと眠れないだけで、日常的に頭が痛くて倦怠感があるだけで……決して精神を乱してなんかいないのだ。

 

 「亜由美、あんたどうしたの!?」

 七月末、亡き父の墓参りで東京に帰省したとき、母に会うなり驚かれた。

 「どうって?」

 「顔よ、頬なんかずいぶんこけちゃって……。自分で気づいてないの?」

 「ああ、ちょっと痩せたからじゃない」

 「いやいや、痩せたっていうより、やつれてる感じだけど。顔色も悪いし、ほうれい線も濃くなってるし……はっきり言って五歳くらい老けて見えるよ? 瘦せて綺麗になるならわかるけど、かえって老けたら意味ないじゃない」

 母は厳しい口調で指摘した。一泊二日の強行日程だったから新一と子供たちは大阪に残したのだが、だからこそ遠慮のない物言いになったのだろう。

 実際、そう言われて鏡を見ると、ようやく自分でも気づいた。確かに顔の肌がカサカサで、黄土色にくすんでいて、まるで枯渇した沼の底みたいだ。

 手のひらの異常もすぐにばれた。その日は母のマンションに泊まり、二人きりでゆっくり話す時間があったから、手のひらについての経緯はもちろん、大阪に引っ越してからのことも洗いざらい打ち明けることができた。

 そのとき、私は自分でも不思議な現象を経験した。

 別に悲しいわけでもないのに、ただ大阪でのことを母に話しているだけで、どういうわけか胸がどんどん熱くなって、涙腺がコントロールできなくなって、両目から水漏れしたみたいに涙があふれだしてきて、収拾がつかなくなった。私は母を心配させまいと、「別に新ちゃんと不仲ってわけじゃないんだよ。孝介と秋穂も元気なんだよ」と笑いながら言ったのだが、そのせいで笑いながら号泣する人という、誰かのギャグみたいな奇妙な事態になってしまったから、母は驚きと心配を飛び越え、激しいショックを受けたようだった。

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 中でも母がもっとも顔色を変えたのは、私が精神科に通院していることを知ったときだった。笑いながら泣いていると頭が痛くなってきたので、いつものように精神安定剤を飲んだのだが、母はその姿を見るなり大声をあげた。

 「ちょっと、あんた! 絶対やばいって!!」

 けど、そこからは言葉が続かなかった。母は私の顔を見つめながら、ゾッとしたような表情で唇を震わせるだけだった。私はますます大笑いして、おもしろくもないのに手を叩いて、「精神安定剤くらい、今はちょっとしたことで飲む時代だよー」と弁明したのだが、その一方で涙はずっと止まらなかった。

 その夜は睡眠薬を飲んでも眠れなかった。いつもより手のひらがかゆくて、一晩中かきむしっていたら、布団のシーツのいたるところに赤黒い血が付着してしまって、起きぬけの母をますます驚かせた。私が大阪に戻るとき、母は珍しく新幹線の品川駅まで見送りに来てくれたのだが、口数はずっと少なかった。

 ただし、それ以降の母は毎日のようにラインを送ってくるようになった。

 最初は娘の心身を心配するようなメッセージばかりだったから、私も優しさや温かさを感じていたのだが、途中から様子がおかしくなってきた。

 『幸せになるための離婚だって、世の中にはあるんだからね』

 はあ? なに言ってんの、お母さん――。

 離婚という文字を見た瞬間、私は思わずスマホを放り投げた。離婚? なんでよ。子供もいるのに、そういう無責任なことをできるわけないでしょ。

 私は当然のように否定したのだが、どういうわけか否定すれば否定するほど母はエスカレートした。離婚だの別居だのシングルだのといった不愉快な言葉を毎日ラインで送りつけてくるようになり、そのうち姉からも同様のラインが届くようになった。母と姉は、遠く東の街から私のことを心配しているという。

 だけど、私はそれも素直に受け取れなかった。

 心配していると言いながら、姉のフェイブックにはしょっちゅう母と一緒の写真がアップされている。今日は子供と母とディズニーランドに行ったとか、中華街に行ったとか、そういう楽しそうな日記を見るたびに、私は無性にイライラして歯向かいたくなってしまう。ふん、二人とも呑気なもんよ。あんたたちに遠く大阪に嫁いだ私の気持ちがわかってたまるか。同情されてたまるか。

 このあたりから、なぜか他人の優しさがすべて嫌になった。私の心の中に入り込もうとしてくる、あらゆるものを遠ざけたくなった。

 「亜由美、お母さんの病院のこととか、そんなに無理せんでええからな」

 八月のある日を境に、新一がそんなことをよく口にするようになった。

 「孝介の学費の件も大丈夫だから。私立でもなんとかするから」

 新一は私の変調に気づきだしたのか、やけに優しい言葉をかけてくるようになったのだが、それもかえってイライラを加速させた。新一は私のことをわかっていない。お義母さんのこととか子供のこととか、そういうんじゃないの。見くびらないでほしいの。男が想像する女の世界の中で、私を見ないでほしいの。

 「亜由美」

 深夜、低い声で囁きながら私の体に向かって伸びてくる新一の手。私はそれも冷たく振り払うようになった。薄明りの寝室で隣同士に並べた敷き布団も、八月の終わりくらいから少し間を離すようになった。

 「疲れてんのか?」誘いを拒否すると、新一はいつも心配そうに言う。

 「うん、ちょっとね」

 嘘をつくことにも慣れてきた。うしろめたさも薄れてきた。

 九月八日で新一は四十歳になる。いつだったか、四十歳の誕生日は子供に留守番をさせて、二人だけでプリティウーマンみたいなデートをしようなんて笑いながら約束したことがあったけど、それもきっと実現しないだろう。

 手のひらがかゆくて、手のひらが痛くて、シーツがまた赤く染まった。

(第13回 了)

 

 

* 『家を看取る日』は毎月22日に更新されます。

 

 

 

 

 

 

 

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