No.107_TVドラマ批評_01

 

 

 初回から数字がよくないらしい。残念である。緊張感に満ちた画面、無理のない台詞、各俳優の好演と、言うことなしに思えたのだが。これについては視聴率の低迷が続くフジテレビの、同じ不振でも質が違う。こういう惜しい当たりを繰り返して、いずれスランプ脱出する、というものだろう。

 

 実際、充実ぶりは観る前から伝わってくるのに、なぜ初回から、と思う。キャスティングというのはそれ自体がメッセージ、言葉であり作品ではないか、と考えさせるほど力強い。「ナオミ」ことデパートの外商に勤めるキャリアウーマンの女主人公に広末涼子。その親友で、新妻の「カナコ」に内田有紀。エリート銀行員で、妻を殴る夫に佐藤隆太。

 

 これだけでもテンションの高さが伝わってくる。NHK『聖女』以来、いやその前から広末涼子には善悪紙一重の感覚、そこから繋がる、日常性に密着する犯罪の匂いがよく似合う。そして内田有紀の潤んだ瞳は、親友に窮状を訴える説得力に満ちている。一方で、その夫の佐藤隆太には、このタイプの役にありがちな線の細さ、メンタルを思わせるところがない。

 

 つまり描こうとしているのは、妻に暴力を振るう男の心理ではない、と明確に伝わる。妻の言葉通り、そういう男は存在する。ただ理由もなく存在し、優しい夫から理由もなく豹変する。佐藤隆太の一種でくのぼうのような雰囲気は、それをよく表している。ドラマはそこには理由を求めない。

 

 妻に暴力を振るう男の病的な表情を映したドラマは概して評判がよいのに、それを殺そうとする女二人の道行は敬遠されてしまうのは、どういうことだろうか。似たコンテンツとして思い浮かぶのは、桐野夏生の小説『OUT』だ。大ヒットした話題作だが、必ずしも万人に好評ではなかった。

 

 『OUT』に対してどこか引っかかる、あるいは引いてしまうという向きは、やはり男性だったと思う。家族も含めた社会に対して徹底した距離感を持ち、そのくせ女友達のために殺人の首謀者となる。女同士の友情からというより本当のところ、すべての男を含む社会への絶望から確信的に犯罪者となる女主人公は、男性読者に本質的な恐怖と混乱を与えたのだと思う。

 

 可愛くてきれいな二人の女性が、そうせざるを得ない理由を素晴らしい演技で示しても、夫がそうせざるを得なかった理由については完全に無視され殺されるということから、もし視聴者の半分を占める男性が引いてしまうなら、数字的な苦戦は必至と言わざるを得まい。

 

 それでも原作のあるドラマらしく、女主人公の背景、事件に至る出来事の積み重ねもしごく丁寧に描かれ、目を離せない。デパートで時計を盗んだ中国人を演じる高畑淳子の、「そんなオトコはコロしてしまいなさい」という中国訛りのハイテンションも、少なくとも大河ドラマ『真田丸』の絶叫よりはずっと納得がいく。物事を動かすのは常に問答無用の説得力なのである。

山際恭子

 

 

 

 

 

ナオミとカナコ 我が家のヒミツ (集英社文芸単行本)