於:Twitter/都内某所
  アカウント(https://twitter.com/ALICEs_wndrland
日時:作品公開後、一ヶ月以内

 

作:ルイス・キャロル
翻訳:星隆弘
演出:窪田アリサ

 

 

Alicia失踪_01

 

 「不思議の国のアリス」を『アリス失踪!』として翻訳するうえで取り決めた約束事が二つある。ひとつは「アリス自身によって翻訳されていること」であり、もうひとつは「最新のアリスの読者によって読まれること」だ。前者について詳しく述べるのは本作の「あとがき」に譲ることとして、この稿では後者を中心に述べることで『アリス失踪!』再演の状況説明としたいと思う。

 

 『アリス失踪!』が再演されるのは、公式Twitterアカウント(@Alice’s_wndrland)をフォローしているフォロワーのタイムライン上である。このアカウントは管理人・窪田アリサさんのために用意したサブアカウントであり、再演の文脈で言うならある種の劇場である。アリサさんには再演時のみならず、『アリス失踪!』についてや日常のツイートを、なるべく写真付きという条件で委託している。そのようなわけで、彼女には『アリス失踪!』の原稿も掲載前に目を通してもらっている。これは宣伝の方便でもあるが彼女を本作の「最新の読者」とするためでもある。

 

Alicia失踪_02

 

 窪田アリサは『アリス失踪!』を読み(且つ読まない自由を持ち)、そのテキストをツイートする。しかしこれはテキストの再現ではなく、再演であるため、窪田アリサという人格によって演出を施されることになる。言いにくいと思う部分には手を加えてもいいし、原文通りに区切らなくてもいい。140文字以内の自由の中でならいくらでも改行してかまわない。再演演出者が間を必要とするなら、台詞はいくら遅れてもいいだろう。つまり、再演されたテキストには、窪田アリサという人格の読書経験が入り込んでいる。彼女がどのようにテキストの一語一句を読み、且つ読まず、賛同と批判を与えたか。テキストの受容がテキストの再生成を生む。この再演プロセスにもひとつの翻訳がある。

 

 およそ翻訳なくして可能なコミュニケーションなど存在するだろうか。テキストそのものはどんな確信的な意味も担保していない。原作である”Alice’s Adventures in Wonderand”はジョン・テニエルの挿絵なくしては語れないと言っていいほどに強烈なビジュアルイメージを持つが、挿絵制作時には原作者ルイス・キャロルとの間で辟易するような打ち合わせがあったということだ。丁々発止に打ち合ったであろう解釈と解釈のなかで、どれほどの意味が反故となり、紙くずとなったことだろう。

 

Alicia失踪_03

 

 再演版『アリス失踪!』では、ビジュアルイメージとなる画像については、「再演時にその場で」用意するようにと指示している。もともと『アリス失踪!』が翻訳テキストの文脈とは無関係な画像で構成されているので、テキストの文脈と画像の文脈の断絶を読み且つ再演するためにはそのような手法が妥当だろうと考えた。再演で新たに生まれる文脈が、本作の断たれた文脈を補完するかもしれないし、しないかもしれない。すくなくとも再演時の画像は翻訳作品読後の世界を拠り所としているのであるから、原文、翻訳、再演の三つの時間のズレが三作品のビジュアルイメージの差異となる。それはとりもなおさず三者の作品受容の重なりで、原作を読んだ翻訳を読んだ彼女の読書体験をテキストに差し込んで変形を促すという『アリス失踪!』再演の仕組みには適っているだろう。

 

Alicia失踪_04

 

 こうして「つまりこの再演は読書行為の再現ないし再生産なのである」と自明のことを臆面もなく主張するかたわらで、再演であることを執拗に繰り返しているのは、本作が「アリス」の最初の受容はだれによるものかという疑問に端を発しているからだ。この受容(読解、想像、解釈)を翻訳という言葉にまで拡大する。アリスが最初にうさぎの穴に飛び込んだのは一体誰の想像の中でなのか。その人の想像の世界ではアリスはどのような女の子だったのか。テニエル以前。執筆以前。原作はキャロルが語り聞かせた即興の物語を種にしている。それを聞いていた午後の舟遊びの相手はアリス・リデルといった。

 

 再演の話に戻る。翻訳作品内で登場するアカウントは、アリスという少女のアカウントであるため、再演時には語り手アリス自身が実際にフォロワーのタイムライン上に登場することになる。しかし再演以外の時間には窪田アリサが顔を出す。ここでかく乱したいのは、つぶやきに読者各自が与える声だ。本作を読む際に頭の中で聞こえてくる声と、それをタイムライン上で目撃した時の声は違う声なのか。テキストは意味と同様に、だれの声も担保していない。ある種の現代語訳を試みたテキストにはおそらく日本人の若い女の子の声が選択されると思われるが、その声質がアリス・リデルの聞いた声と本質的に異なるとだれに言えるだろう。我々が読書をする際に頭の中に響くあの声をかく乱したい。アリサさんには再演時の「アリス」というテキストを「アリサ」と言い換えることを許可した。「アリス」の物語はアリスを名指すところから始まる。それは声に対する名指しである。よって再演テキストの「アリサ」は「アリス」と読んでも(聞いても)いいのだが、ここでどちらの声を選択するかという疑問が浮かんだのなら、再演はひとまず成功している。

星隆弘