ラモーナ・ツァラヌさんの連載エセー『交差する物語』『No.025 平和に暮らすこと』をアップしましたぁ。シリア問題について書いておられます。シリア問題、厳しいですねぇ。ホメイニー革命後のイランがそれなりに安定しており、アメリカの軍事介入によって新政権が誕生したイラクやアフガニスタンがいまだ不安定であることからもわかるように、中東エリアの紛争は、イスラーム教徒を中心とした現地の人々が自主的に解決を模索しなければ決して安定した状態にならないことは目に見えています。

 

ただ安定した石油利権を求める欧米諸国が、中東エリアの紛争に、引くに引けないほど深入りしてしまっているのも事実です。ISILは正統カリフ制の復活を唱えていますが、これはアラブイスラーム世界が抱える様々な問題(歪み)から生まれた発想です。その一方でISILは、サイクス・ピコ協約の完全破棄を唱えています。これは中東イスラームエリアへの、欧米諸国の長い長い介入の歴史に対する批判であります。またシリア紛争は、大量の難民の流入という形でEU諸国を揺るがしています。アメリカではトランプ氏の放言が大きな支持を集めていますが、人道主義の理念と現実に乖離があるのは当然と言えば当然のことではあります。

 

ラモーナさんは、『世界中の悲惨なことについての報道が流れる時、誰しも自分には何ができるかと自問自答する。自分の置かれた場所で精いっぱい自分の仕事をするほかは何もできないのではないか、ときっとみんな考えているだろう。ものづくりから形のないものまで、新しいものを創るのは最も人間らしい行為で、平和に暮らしているかぎり、どんどん新しいものを生み出すことに取り組むしかない。どこかで暴力と死がばらまかれるその勢いの、せめて倍くらいの意欲で別の場所で人が新しいものを創造すれば、人間が人間でいられる希望はまだあるだろう』と書いておられます。

 

文学は衣食住に切羽詰まった社会では継続的に発達しない、豊かな社会の上澄みです。文学者は『身を要なきものに思ひなして』といふことになるでせうか。さういふ意味では文学は弱い。ただ要・不要を度外視した知的な探求が、人間社会と精神を豊かにしてきたのも確かです。石川は社会に衝撃を与えるような不謹慎文学はアリだと思いますが、文学者は本質的には身を律して、真面目で真摯でなければならないだろうと思います。

 

 

ラモーナ・ツァラヌ 連載エセー 『交差する物語』『No.025 平和に暮らすこと』 ■