オール讀物_No.014_01

 

 

 きゃぁぁぁっ、浅田真央ちゃん復活よっ! しかもいきなりグランプリシリーズ優勝なのよっ! みなさんご覧になりましたぁ? もちろん本郷理華ちゃんや村上佳菜子ちゃんも素敵ですけど、やっぱり真央ちゃんよっ。スーパースターでございますの。アテクシ、まだ十代の真央ちゃんがテレビのインタビューで、「えっと、次はノーミスしてぇ」とおっしゃってるのを見て衝撃を受けましたの。“Next time, I’ll do no mistake.”かしら。日本語としてはちょっと変ですけど、正しい英語直訳調ですわねぇ。その子がもう二十五歳で、数々の試練を乗り越えてきたのでござーます。フィギュア選手ほど演技の出来不出来が顔に出てしまうスポーツ選手はいませんわね。中でも真央ちゃんは、失敗すると見ている方まで心が締め付けられるような表情をなさいますわ。でも演技が良かったときのお顔は、なにものにもかえがたい華やかさだわ。結果がどうだろうと、最後まで見たいと思わせる数少ないスーパースターのお一人よ。

 

 地方出の学生が一年目を暮らすような早稲田のアパートにも古い住人がいて、東京では珍しく挨拶を交わす。偶然顔を合わせたときのご愛嬌で、立ち入った話はしないことと騒音を出さないことが暗黙の礼儀であった。そういう人は一階に集住して、文江の隣人はおそらく水商売の男であった。それも一流の店ではないだろう。首から上だけが清潔な五十年輩、夜行性、独身でギャンブル好き、料理も洗濯もする。下着と靴下は上物だが、クレジットカードは持たない現金主義で、ときどき同居人ができる。文江も似たような生活と年齢で、そこに暮らしはじめて二十年近くなるが、財産らしいものは増えていない。

(『ろくに味わいもしないで』乙川優三郎)

 

 若くて華やかな真央ちゃんのお話から急転回して恐縮でござーますが、『ろくに味わいもしないで』の主人公は五十四歳のジャズシンガー・文江です。小さなクラブで歌うシンガーで、売れているとは言いがたい歌手です。でも小説の場合、こういった影のある男女が主人公の方が心に沁みますわね。お作品の書き出しも素晴らしいですわ。東京の早稲田界隈には、小説で描かれたような木造モルタルアパートがまだ残っているのでしょうね。池袋や新宿などの繁華街に近いけど、お家賃がちょっとばかりお安い場所よ。そこにセキュリティなど気にしない、というより盗まれて困るような財産など持ち合わせていない男女がひっそり暮らしています。でもさりげなく隣人たちの様子を観察していて、挨拶を交わし少し視線を走らせただけで相手の事情はわかってしまう。だけど何も言わないのです。水のように淡い交わりですが、水は淡いまま交わることもあることが示唆されています。

 

 文江は奔放な女性ではありませんが、ふとしたきっかけで知り合った男との恋愛を重ねています。小説冒頭で描かれているのは公一という男との別れです。東北のスナックバーで知り合った四十歳くらいの鮨職人で、文江が地方巡業から帰ると、冷蔵庫に「世話になったな」という置き手紙が貼ってあります。新たな連絡先は書いてありません。一緒に東京に行きたいという公一の申し出を、「文江は彼の腕前も鮨職人が海外で働く時代になっていることも知らなかったが、男らしい夢のどこかに自分も含まれるような気がして承知した」とあります。一ヶ月ほどの短い同棲生活でした。しかし文江は若い女のように取り乱したりしません。また『ろくに味わいもしないで』一人の男が去っていったのです。

 

 こういう女性はいて、こういう世界はあると感じさせる筆遣いです。乙川優三郎先生は時代小説で有名ですが、確かホテルマンなどをなさった経歴がおありだと思います。それがこの小説にはよく活かされています。どの作家先生にもツボというか、オハコのようなジャンルがあります。その業界のことをよく知っていると、現実の雰囲気が盛り上がるように文章に表れてしまうのでございます。

 

 文江には高校時代からの親友・久美子がいます。大富豪の男と結婚したのですが浮気性で、愛人に生ませた子供を家に入れたいと言いだしたことから離婚を決意します。莫大な慰謝料を手にした久美子は、高校時代からの夢だったジャズバーを開くことを決意します。メインシンガーはもちろん文江です。文江は青春を取り戻そうとしているかのような久美子を危なっかしいと思いますが、あえて何も言いません。自分もまた、そんなあやふやな夢を追ってシンガーとして生きてきたのです。ジャズバーの話は急ピッチで進んでいきます。開店してみると、隠れ家的で上品なジャズを聴かせる店は意外なほど盛況でした。

 

 彼女は自分を待っている暗い客席を見まわした。そこにいるすべての男が自分を見つめることを思うと、女の中の女にならずにいられないし、その視線のひとつひとつが愛おしくなる。久美子のようにわざわざ青春をやり直さなくても、そうしたときめきが日々の張り合いであった。けれども、心から抱きしめてくれる男を探してまた同じ間違いをするに違いないとも思う。誰のせいでもなく、それが自分という女の業だから仕方なかった。

 ピアニストが符丁のメロディを使って呼んでいる。ステージの照明が変わり、一流の奏者が入りはじめた。幸運な今夜の客は名演奏に酔うだろう。どこかで見たような女の哀歌にも酔うだろう。男たちに彼らが捨てたであろうものの幻影を味わってもらうために、文江は妖艶な女になりきって赤いライトの中へ歩いていった。

(同)

 

 スーパースターではありませんが、ステージの上の文江はやはりスターです。手を触れることのできないアイドルだと言ってもいいかと思います。ステージ上でスポットライトに包まれ光り輝く文江は、不可侵のアイドルとして、観客たちの心ざわめかせる歌を歌います。観客たちは文江の魅力を十分に味わっているのです。しかしステージを下りた文江は女盛りを過ぎた五十代の女です。『ろくに味わいもしないで』という小説のタイトルが、反語的に響く素晴らしいラストシーンでございます。乙川先生にはこういったタイプのお作品をもっと書いていただきたいわぁ。

 

 十年くらい前から「夢枕獏」とは違うペンネームで書きたいと思っていました。その理由は、基本的には「面白そうだから」というところに尽きますね。(中略)僕には本名があって、その本名の人間が、二十代で「夢枕獏」として小説を書き始めた。それと同様に、九星鳴は、夢枕という作家人格がデビュー後三十年たって、違うペンネームを使って書いているという感覚です。(中略)

 いろんな人にポツリポツリとこのアイディアを話して、あるときは、新しい連載を依頼してきた編集者に「新しいペンネームで書かせてもらえませんか?」と、こちらから提案してみたり。でも、みんな「駄目です」って言うんですよ。新しいペンネームで書くということは、まったくの新人という立場であるわけだから、どれくらいの読者がついてくれるか予測がつかない。編集者が躊躇するのは当たり前のことですよね。で、これはたいへんだな、と。夢枕獏に執筆の注文があったときに、それはちゃんとやった上で、「もう一ついかがですか?」と言わないといけない。十本以上の連載を抱えている現状の仕事量を維持しながらやるしかないことがわかってたんですね。

(『もう一度デビューする』夢枕獏)

 

 夢枕先生のファンの方はもうご存じかと思いますが、先生は最近になって「九星鳴」という新しいペンネームで新人作家として再デビューなさいました。その理由を先生は「基本的には「面白そうだから」というところに尽きますね」とお話しされています。しかし常に新たなチャレンジを行う作家だからわたしたちは夢枕先生のお作品から目が離せないのですわ。それにしても夢枕獏として月十本の連載をこなしながら、さらに九星鳴名義のお作品をお書きになるなんて、遊んでいるヒマなんでござーませんわね、と申し上げたいところですが、獏先生が非常に活発にお遊びになっていることは先生のファンの方はよくご存じよね。

 

 通常、作家様は一日十枚くらいお原稿を書くのが精一杯だと思います。もちろん毎日書けるとは限りませんわ。獏先生は月産三百枚くらいが一番いい原稿量だとおっしゃっていますが、恐らくもうちょっと書いておられるでしょうね。ネタを仕入れる時間がないように思ってしまうのですが、獏先生の場合は遊びがすべて原稿の内容に反映されているようなところがあります。それができるのは、獏先生に筋の通った文学のヴィジョンがあるからだと思います。遊びを含む生活すべてがお作品の糧になる作家もいらっしゃれば、何をやってもお原稿の厚みが出ない作家様もいらっしゃいます。ただ大衆作家様の場合、まず量を書いた上で質が求められます。純文学作家様とはまた違う文学のスキルでござーますわね。

佐藤知恵子

 

 

 

 

武家用心集 (集英社文庫) 霧の橋 (講談社文庫)

 

 

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