山際恭子さんのTVドラマ批評『No.102 おかしの家』をアップしましたぁ。TBSさんで水曜日23時53分から放送されている深夜ドラマです。オダギリジョー、尾野真千子、八千草薫さんらが出演しておられます。原作協力は山田タロウさんの『うちのネコが訴えられました!?ー実録ネコ裁判ー』です。

 

山際さんは、『子連れで現れる昔の同級生、礼子(尾野真千子)との恋の行方、というのがペンディングの要素だが、言うまでもなく強力なものではない。三角関係らしきものもすでに勝敗は定まっている気配だし、やきもきする場面はないのだ。強いて言えば、一緒になればまた日常の、退屈な幻滅が遠からず始まるのだろう、という予感だけがリアリティを持っている。この(中略)シングル・マザーの登場とともに、当然のことだが、主人公・太郎のしょーもなさは緩和されてゆく。“ 普通のいい男 ” になってゆくのだ。(中略)そのことがこのドラマを “ 普通 ” に近づけている』と批評しておられます。石川も何回か見ましたが、なんかふにっと眺めてしまふドラマですねぇ。

 

ただこのドラマ、視聴率的には苦戦しているやうです。これも山際さんが、『作品として観るべきなら、数字は端から気にすることはない。テレビは器で単なる手段である。しかしテレビでオンエアされる以上、テレビのコンテンツとして評価されるべきだというなら、数字はすべてに近い。そしてたいていの世の評判というものはこの両方を含むか、あるいは行ったり来たりする』と書いておられる通りです。

 

杓子定規なことを言えば、創作者にとっての理想は〝正面中央突破〟です。テレビが視聴率至上主義のメディアだとわかっているなら、視聴率は取るべきです。芸術性を表現したいなら、それも付加すべしです。要求されているハードルをすべてクリアして、なおかつ自分の表現したい作品を作るのが創作者の王道だと言うことができるでせうね。

 

でも最初からそんなことができる創作者は稀ですし、ずっとそれを続けることも難しい。ですが受容者(視聴者や読者)には、作家が新しい試みをしようとしているといふことは伝わるものです。『おかしの家』は意欲的作品だと思います。深夜ドラマでこういふ試みが行われていれば、ドラマはまだまだ元気でせうね。

 

 

山際恭子 TVドラマ批評 『No.102 おかしの家』 ■