日本が誇る世界的特殊作家、三浦俊彦さんの連載小説『偏態パズル』(第75回)をアップしましたぁ。偏態危機一髪!のフラグメンツも今回で一区切りのやうです。そりにしても容赦のない自己批判ですなぁ(爆)。あ、石川、覗きを容認しているわけぢゃないんですが、やっぱ主人公に感情移入しちゃうものです。小説は奇妙な芸術でありまふ。

 

 「聞いてただけ」って言い方のほうが断然正しいって。なんとなれば――、てホレ、意外と学者肌な君が将来この発覚体験温めて振り返って満を持して世に問うことになるかもしれんからな。その研究成果の、本文最後の一文になりそうな文句をホレ、あらかじめ隠用かつ引用しといてやるかナ。

 「……なんとなれば、本書で多角的に見尽くしてきたように、〈覗き〉とは反転と転移を纏い尽くした象徴行為であり、したがって文字通りの言い方からズラした象徴的間接表現によって申告するのが最も似合っている行為だからである」。

 

最後のフラグメンツは三浦センセの評論『のぞき学原論』の引用でふ。ん~『偏態パズル』、マルキ・ド・サドのやうな総合的著作になりつつあるやうです。覗きといふのは本質的に、見えすぎている人の認識の隠蔽手法なのかもしれないなぁ。露骨に描写説明すればポルノになっちゃいますものね(爆)。また『覗き〉とは反転と転移を纏い尽くした象徴行為』であれば、露見といふのもどこかで触れなければならなひ要素であり、そりはまた別の〝象徴〟を生んでゆくのでしたぁ。

 

 

三浦俊彦 連載小説 『偏態パズル』(第75回) pdf版 ■

 

三浦俊彦 連載小説 『偏態パズル』(第75回) テキスト版 ■