ラモーナ・ツァラヌさんの『青い目で観る日本伝統芸能』『No.027 三島由紀夫に勝つには―現代能楽集VIII『道玄坂綺譚』』をアップしましたぁ。11月10日に世田谷パブリックシアターで上演された公演を取り上げておられます。ラモーナさんはこの公演について、『2003年から続く演劇公演シリーズであり、(中略)『道玄坂綺譚』はその第8弾に当たる。能演目を拠り所とする現代演劇作品の連続上演だが、毎回違う演出家がこの実験的企画に挑んでおり、演出家ごとに能に対する姿勢も古典の扱い方も変わる。結果としてこのシリーズの目的は、能の現代化というより、現代演劇による能の世界との対話の試みになっている』と書いておられます。

 

今回の公演は三島由紀夫『近代能楽集』所収の『卒塔婆小町』と『熊野』を、マキノノゾミさんが自由に結合しリライトした台本を元に上演されました。三島は古典能の『卒塔婆小町』と『熊野』を題材にしたわけですが、マキノさんの台本は三島本を元にした二次創作的作品です。三島は古典能を現代化したわけですが、マキノさんによってさらにそれが現在化されたと言えるでしょうね。

 

ラモーナさんは三島戯曲について、『三島は、日本の古典芸能の様式に対して強い憧れを抱いていた。戦後の日本演劇に欠けていたその様式がもたらす秩序を演劇に導入したいという発想から、「近代能楽」として知られる戯曲群が生まれたのである。具体的に言えば、三島は能を自由に翻案し、もともとの物語の骨組みの中に現代人の情念を注入するという実験を試みた』と書いておられます。自決という最後を迎えたように、三島は現実の日本(文化)に絶望していたところがあります。しかしマキノさんはそれを、なんとか希望に変えようとなさったようです。

 

その試みについてラモーナさんは、『三島由紀夫は現実に絶望していたが、演劇の可能性に対しては大きな期待を抱いていた。しかし『現代能楽集VIII』「道玄坂綺譚」を裏付ける演劇観は、演劇の可能性の限界を知り、演劇に絶望しているように思われる。その一方で夢が大きな原動力となれば、我々の現実には希望があると信じているようである。この公演を鑑賞した我々観客もそう信じたいのだが、渦のような虚構の罠に落ちる前に、明晰すぎる三島の警鐘を鳴らす声が聞こえてくるような気もする』と批評しておられます。じっくりお楽しみください。

 

 

ラモーナ・ツァラヌ 『青い目で観る日本伝統芸能』『No.027 三島由紀夫に勝つには―現代能楽集VIII『道玄坂綺譚』』 ■