山田隆道さんの連載小説『家を看取る日』(第10回)をアップしましたぁ。『家を看取る日』は漫然と読むと普通のホームドラマに見えるところがありますが、かなりリアルな描写だと思います。

 

 「そういうこっちゃ。まあ、親の教育のあれやな。親が感謝の気持ちっちゅうもんを教えとったら、家のことを自然にあれする気になっていくもんや」

 「ああ、それはあるわ。俺なんか、小さいころから『感謝が大事や』ってよう言われてたもん。特におじいちゃんはそういう部分に厳しかったわ」

 僕はそう言って、会話をまとめた。話している途中で、今まさに嘘が入り込んだ瞬間に自分で気づいていた。本当はそんな記憶などまったくない。

 就寝前、隣の布団に入った亜由美が容赦なく訊いてきた。

 「ねえ、あれって本音?」(中略)

 「本音やって!」思わず語気が強くなった。「誰だって、多かれ少なかれ親には感謝せなあかんやろ。だから、その部分に嘘はないって」

 なんとなく、自分で自分に言い聞かせているような感覚だった。親や先祖に感謝して現在の生を享受するのは、人間として当然のことだ。だから細部にいくら嘘があったとしても、大きな問題ではないだろう。僕の中にも感謝の気持ちがあるからこそ、この築九十年以上もの古い家を継ごうと決めたのだ。

 けど、おかしい。なんだかすっきりしない。自分が自分じゃないみたいだ。

 

主人公の新一の妻・亜由美は以前、自分は主体性がないように周囲から思われているが、それは〝受動的能動性〟とでも呼ぶべきもので、自分の意志に従っているのだと呟いていました。それは新一にも当てはまるでしょうね。親の言うとおりに家を継ぐことになった新一は、どこかで自分の受動性を能動性に変えていかなければなりません。そうしないと『なんだかすっきりしない。自分が自分じゃないみたいだ』という違和感を解消できないのです。

 

高齢者介護を含む親子問題は現代では切実なテーマです。ただ多くの現代人の選択は、一度それを切り捨てた後に最低限度の修復を行うというものです。新一のように最初から全面的にそれを受け入れる人の方が珍しい。そこには弱さを含む親思いの優しい心があり、それだけは済まない現実があります。この作品は様々なことを読者に考えさせるでしょうね。

 

 

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山田隆道 連載小説 『家を看取る日』(第10回) テキスト版 ■