再開発騒ぎ_01_cover_01この町には黒ヒョウがマスターをしているバーがある。お客はシャム猫にフクロウ、アライグマ、コウモリ夫妻といった動物たちで、ヒトは僕だけだ。でも僕はこのバーになじんでいる。フクロウが言うように、僕はヒトでヒモでもあるからだろうか。僕は少しだけ人間ではないのだろうか。この町に線路を地下に潜らせる再開発話しが持ち上がる。再開発、それは何を変えるのか・・・。寅間心閑の辻原登奨励小説賞受賞作!。

by 寅間心閑

 

 

 

 

   

 

 あの夜のことはよく覚えている。

 記録的な大雨の夜。もちろん、いつもぼんやりしている僕だから、何から何まで正確に、というわけではない。幾つかの断片を繋ぐ糸をぎゅっと握りしめているから、どうにか思い出せるだけだ。

 だけど、事の始まりがあの夜だったというのは、きっと何か意味があるに違いない。いや、分かっている。そんなことを口走ろうものなら、みんなは笑うだろう。やっぱりヒトっていうのは変な生き物なんだな、と。

 あの夜も、僕はここで飲んでいた。店内はいつもの顔ぶれで、いつものようにどうでもいいことを好き勝手に喋り合っていた。ずぶ濡れのオランウータンが現れるまでは、本当に普段どおりの、ただあまりにもうるさい雨音のせいで、少しだけみんなの声が大きい夜だった。

 

 そして、今夜も僕は帰りそびれている。

 何とか気持ちに踏ん切りをつけ、残りの酒を一気に流し込んだ数秒後、「もう帰っちゃうのかい」と訊いてきたのは誰だろう。カウンターに突っ伏していたから分からない。ひょっとすると客ではなく、黒ヒョウだったのかもしれない。

 黒ヒョウはこの店のマスターだ。定位置はカウンターの中。普段はもの静かだが、内側に凶暴な炎を飼い続けている。確かめようがないからあくまでも想像だが、間違ってはいない。僕には最初からちゃんと見えていた。

 看板代わりなのか、直置きの電気スタンドが弱い灯りを放つだけのこのバーに、初めて気付いたのは四年前。店の名前なんてない。その外観の無愛想さに、僕は惹かれてしまった。中の雰囲気を伺うのももどかしく、迷わず白いドアを開けてみる。カウンターには今でこそ仲のいい常連客、つまりヒト以外の顔ぶれが揃っていて、無遠慮な視線を投げかけてきた。

 もちろん、みんなに悪気なんてない。よく分かっている。ヒトとヒト以外の生き物は、行く店が違う。それが常識で、常識に理由はない。だから僕だって、ドアを開けた瞬間はいやな汗をかいた。本当のところ、「やっちまった」と後悔した。それでも意を決し、「こんばんは」と一歩踏み出せたのは、マスターである黒ヒョウのおかげだ。彼も一度は視線を投げたが、すぐ興味なさそうに「いらっしゃい」と俯いた。そんな素っ気ない態度に救われ、僕はカウンターだけの狭い店内に入っていく。

 頼んだのはジン。思い出すまでもない。何年も前から外ではジンと決めている。理由は簡単。好きではないから飲み過ぎないし、飲み過ぎなければ酔っ払わない。もちろん現実はそう甘くないが、理屈とはそういう物だ。

 木製のカウンターに黒ヒョウは無言でボトルを並べ、僕は指で好みの銘柄を示す。どこの席に座ったかも覚えている。L字型カウンターの一番奥、他の客の顔が見渡せる席だ。そっとジンを口にふくんだ時、もう誰も僕に注意を払ってはいなかった。それが初めての夜。

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 あれから四年間、僕なりにちょっとずつ店の雰囲気に溶け込み続けてきたつもりだ。その逆もまた然りで、日々の生活において、黒ヒョウの店は重要な位置を占めている。自分を確認するための時間、なんて言うとやっぱりみんなは笑うだろう。ヒトは難しくものを考えるのが好きなんだな、と。

 ヒトであろうがなかろうが、優しい奴は優しいし、ひねくれている奴はひねくれているし、ぼんやりしてる奴はぼんやりしている。残念ながらその程度の結論しか、ぼんやりしている僕には出てこない。何も出ては来ないくせに帰る気にはなれないから、あの大雨の夜について再び考え始める。

 「ねえ、結局あれって、どのくらい前なんだっけ?」

 ふいに尋ねてきたのはシャム猫だ。さっき聞こえた「もう帰っちゃうのかい」と同じ声。こいつだったのか。自他共に認めるマイペースの塊なので、人の都合など気にしない。だから、時々苛立ってしまう。今だってそうだ。僕は誰とも喋りたくないんだ。だから、カウンターに突っ伏したまま、わざと無愛想な声を出してみた。

 「ん? あれって何?」

 「だから、ずぶ濡れのオランウータンが飛び込んできた夜さ」

 「?」

 一瞬、心の中が読まれているのかと驚いたが、そうではない。思い出した。さっきまで店内は、あの大雨の夜の話一色だった。僕ひとり、勝手にまどろんだだけだ。やっぱりもう一杯だけ飲んでから帰ろう、と上体を起こす。

 変に捻ってしまったらしく、痛みは無いものの背骨が乾いた音をたてた。

 

 

  二

 

 兆候には気付いていた。

 電信柱や掲示板、時には飲食店の壁にもそのビラは貼られていた。「新しい道路が暮らしを便利にします!」と、少々古くさい女の子のキャラクターが微笑んでいるビラ。

 気付いた当初はあまり気にもならなかった。ただ一度、信号待ちの暇つぶしにまじまじと眺めたことがある。色々と説明書きもあったが、なにしろ字が小さすぎて頭に入ってこない。そのうち、端っこにこの区の名前を確認したので、読むのをやめてしまった。区からの広報に興味なんてない。

 ただ日を追うごとに、事情が変わってきた。理由はビラの枚数だ。今や、あのビラの数はうんざりするほど増えている。きっと、この町を包み込むつもりだ。もちろん、そんな異様な眺めが酒の肴にならないわけがない。黒ヒョウの店の客たちは、僕も含めて意外と噂好きなんだ。

 「おい、あれ知ってるかい?」

 「?」

 「ビラだよ、ビラ。最近やたらと貼ってあるだろう。あのダサい絵の」

 「ああ、道路のな」

 「そうそう。どうしてヒトっていうのは、ああいう風にねえ」

 そんな会話が始まると、ヒトである身としては居心地が悪い。ただ、そんな澱みをみんなは笑ってくれる。どうやら僕は、一般的な「ヒト像」から少しずれているようだ。あまり名誉な話ではないが、店の中で僕はヒモ呼ばわりされている。たかが一文字だが、されど一文字。「ヒト」と「ヒモ」ではずいぶんと意味が変わってしまう。言いだしっぺはフクロウさんだ。

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 一番長く生きていて、一番おしゃれで、一番頑固で、と一番づくしのフクロウさんは、ヒトについても一番詳しく、僕の暮らしぶりを知ってからというもの、「君はヒトじゃなくてヒモだろう」と愉快そうに笑うのだ。

 ヒモ、なんて呼び方を知らなかった他の客たちも、いつしかフクロウさんに倣い、僕をヒモ呼ばわりするようになってしまった。ちなみに、ヒモみたいな生き方を珍しがるのはヒトだけだ、と教えてくれたのもフクロウさんだ。

 あの夜の時点で、ビラの内容を理解していたのはマスターの黒ヒョウとフクロウさんだけだったと思う。僕も含めてみんな、何も知らなかった。そんな場合、黒ヒョウは無口なので、自然と説明役はフクロウさんになる。

 「相当、私の偏見に充ちた説明ですけどね」

 長老らしい一言から、その説明は始まった。

 

 「まず、結論から簡単に言いましょう。ここら辺一帯に道路を作るんですよ、とても大きいのをね。だから当然、この店も、私の棲み家も、この近隣の建物はいっさいがっさい立ち退かなきゃならんのです」

 誰も声など出していないのに、店内がざわつくのが分かる。我慢できずに口を開いたのは、唯一この土地で生まれ育ったお調子者のアライグマだ。

 「それって、もう決まったことなんですか?」

 「まあ、基本的にはね」

 「誰がそんなこと勝手に……」

 「この町、と言えばいいですかね」

 みんな押し黙ってしまったのは、決して納得したからではない。どんな言葉を発すればいいか分からなかったからだ。全員がじりじりとしたもどかしさを抱えていた。その思いが店内の空気を細かく震わせている。

 重苦しい沈黙の中、派手な雨音だけが響き、フクロウさんがゆっくりと煙草に火を点けた。手持ち無沙汰の黒ヒョウも、珍しくカウンターの中で煙草を吸い始める。この店が立ち退く可能性については知っていたらしく、動揺する気配もなく煙草をくゆらしている。

 一瞬ドアに視線を投げて「すごいな」と呟いたのは、段々と強くなる雨音に対してだろう。さすがに今夜は、看板代わりの電気スタンドを置いてはいなかった。交通機関が麻痺しているような気もするが、この店に確認する手段はない。テレビやラジオはなく、携帯電話の電波も入りはしない。

 立ち退かなきゃならん、というフクロウさんの言葉が刺さっているのは当然僕だけではなかった。信じたくないというみんなの気持ちを代弁し、そして抗うようにアライグマが再び口を開く。

 「でも、あのビラには立ち退けなんて書いてなかったですよ」

 「なんてありました?」

 「新しい道路が暮らしを便利にする、ってそれしか……」

 「そりゃそうでしょう」フクロウさんが笑う。

 「え?」

 「いきなり立ち退けなんて書いたら、反対されるだけですよ」

 また店を覆いつくしてしまった沈黙と、各々の不安をかき分けつつ、説明は再開される。

 「基本的に、と私はさっき言いましたね。すぐにでも開始する話なら、そんな前置きはいりません。この計画、そもそもが最近の話ではないんです」

 「昔の話なんですね」すっかり意気消沈したアライグマがうつむいたまま尋ねる。

 「そう。ここで生まれ育った君でさえ、知らなくても無理はないんです。なんせ、戦後間もなく決定した話ですから」

 「戦後?」

 「はい、太平洋戦争が終わってからです」

 そう言った後、フクロウさんは僕の方を見た。やけに瞳孔が大きい、光に敏感な目。一瞬だったが、勘違いではない。戦争なんか起こすのはヒトだけですよ、と諭された気がして肩身が狭い。

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 「じゃあ、七十年近くも放っておかれた話ってことですか?」

 「そうなりますね」

 「そんなのおかしいじゃないですか」

 話の不条理さが確かになるにつれ、アライグマがいつもの覇気を取り戻してくる。店内の空気もそれにつられ、段々と変化してきた。

 「なんで今、そんな昔の話が持ち上がってきたんですか?」

 突っかかったアライグマを、みんな頷いて後押しする。フクロウさんは「私が決めたわけじゃないですよ」と、笑って煙草を揉み消した。みんなも少しだけ笑い、その分空気が和む。

 「事実だけ述べましょうか……」

 そう言い終わるとまた煙草に火を点けて、見るでもなく宙を仰ぐ。どうやら頭の中で話を整理しているらしい。みんなそれを見守っている。

 「マル電、分かるね?」

 マル電は、この地域に三つある鉄道会社のうち、一番の老舗だ。

 「あそこが線路を地下に潜らせようとしているのは知っていますね?」

 みんな黙って頷く。僕もその計画は知っていた。この辺りは典型的な「開かずの踏切」なので、その話を聞いた時はいいアイデアだと思った。

 「それを実行に移そう、と動き出した瞬間、六十年放っておかれた道路の話も息を吹き返してしまうんです」

 言葉をじっくりと選んでいるからか、口調がゆったりとしてきた。これからが話の核心なのだろう。

 「え、だって線路と道路は別の話じゃないですか」逆にアライグマの声は性急だ。

 「いや、そうでもないんだよ」

 「?」

 「線路を地下に沈めるなら、近くに道路を二本用意しろ、という法律があるんです」

 ホウリツ、という単語に思わずみんな溜息をつき、ゆっくりと空気が波打った。ヒト以外の生き物にも実は法律がある、と教えてくれたのは黒ヒョウだ。またヒトの法律を尊重することが、ヒトと共存するためには必要だとも言っていた。ただ、今聞いたような、ヒト自身が納得し難いヒトの法律まで、尊重してくれるかどうかは分からない。

 「どうして、なんて訊かないで下さいよ。私が決めたわけじゃないんですから」

 今度は、みんな笑わなかった。そんな様子を見て、フクロウさんは「私の偏見に充ちた説明ですけどね」と、最初の言葉を繰り返す。「線路を地下に潜らせたいのはお上なんですよ」

 オカミ、という単語が妙に生々しく、話を重くさせる。オオカミじゃなくてね、と小さな声でつぶやいたのはナマケモノ。駄洒落を言う以外は、めったに口を開かない。

 「線路が地下に潜れば、空いた土地に道路が作れます。この計画はね、まず道路ありきなんです。線路は二の次。そう考えてください。お上はまず、道路が作りたくて作りたくてたまらないんです。だから、そのための土地と口実も、欲しくて欲しくてたまらないんです」

 何でですか、と言いかけたアライグマを笑顔で制し、フクロウさんは話を続ける。

 「厄介な話だから、かいつまみますけど、それでいいですか?」

 みんな、黙ったまま頷く。とにかく今は、答えが欲しい。

 「金が動くんです」

 フクロウさんの発する「カネ」という響きは、似合わないからこそ妙に生々しかった。

 「結局金か」

 「なんか、しらけちゃうわね」

 天井の配管にぶら下がったコウモリ夫妻の意見に、心の中で同意した。ヒトの「金が欲しい」という欲望に、ヒトの僕がケチなどつけられないので、これまでかと諦めてしまいたくなる。そんな場の気配を察したのか、「まあまあ」と微笑んだフクロウさんは、今までよりも大きな声を出した。

 「ホウリツに従って道路を作れば、この区はオカミからカネを貰えます」

 ホウリツ、カネ、オカミ。なかなか縁のない言葉が三つも集まったので、興味と集中力が吹っ飛んでしまいそうだ。コウモリ夫妻とシャム猫は、わざとらしい欠伸をしている。

 「そーれだけーじゃ、あーりませんよー」

 一瞬、羽を広げた後、やけくそ気味にフクロウさんは声を張り上げた。シャム猫が思わずびくりと身体を震わせる。当然僕も驚いた。こんなフクロウさんは初めてだ。わざと音痴に歌う雰囲気の素っ頓狂な解説は、発音こそカタコトみたいだが、不思議とすんなり耳に入ってくる。

 「もっともっとー、カネは動きまーす。線路をー作るのはー、誰ですかー? マル電がー、自分たちで作るわけじゃー、あーりませんねー。もちろんー、どこかの会社にー、頼むんでしょう。そうそうそうそう、道路だってーそうですねー。オカミからー、この区にー支払われたカネはー、道路を作る会社にもー流れていきまーす。それからー、忘れちゃーいけませーん。ヒトの世にはー、税金というものがーありまーす。ね?」

 ね、は僕に対してだ。あまりたくさん払ったことはないが、フクロウさんの変な勢いに押され「はい!」と大声を出してしまった。

 「自動車税にー、ガソリン税、その他―諸々エトセトラー。何だかー、線路よりもー道路の方がー、税金たーくさん取れそうなー気もしまーす」

 最後にもう一度羽を広げ、素っ頓狂な解説は唐突に終わった。

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 ああ疲れた、と呟きながら首を回すフクロウさんに、黒ヒョウがビールを差し出す。初めは唖然としていた店内も、今では妙な熱気に包まれている。コウモリ夫妻はバサバサと飛び回り、アライグマは興奮した表情で爪を研ぎ、ナマケモノは同じ駄洒落をぶつぶつと繰り返す。お金はおっかねえ、お金はおっかねえ、お金はおっかねえ……。カネ、と聞いて散漫になりかけた店の雰囲気を、あの素っ頓狂なカタコト演説が半ば強引に覆してしまった

 もしかしたら、あのやけくそな演説はフクロウさんの特殊な技術なのではないか、と疑いながら残っていたジンを飲み干す。黒ヒョウに水を一杯貰い、喉を潤すと一気に肩の力が抜けた。無意識に力んでいたらしい。僕もまた御多分に漏れず、熱気に包まれていたようだ。と、フクロウさんが前触れもなく口を開く。もうさっきまでのカタコト演説ではなく、いつもの物静かな語り口に戻っていた。

 「あと、ひとつだけ。別に、これ以上皆さんを刺激したいわけではありませんが、言わないままというのも気持ち悪いので……」

 一斉に向けられた視線を、まんべんなく見渡しながら話す姿は、日頃見慣れたものだ。

 「線路を地下に沈めるなら、近くに道路を二本用意しろ。そういう法律があると、先ほど私は言いましたよね。実はあれ、改正されたので今は二本、いらないんです」

 不意を突かれたせいか意外にもみんな騒ぎ出すことなく、顔をしかめたり、舌打ちしたりと静かに怒りを表明した。たしかに、どう考えてもおかしな話だ。僕も大きな溜息を一回だけつく。

 「でもそれって、やっぱり変ですよね」小さな声ではあったが、アライグマがまた突っかかる。「今現在、道路を作る必要なんてないってことでしょ?」

 「ルール的にはまったくね」

 「じゃあなんで、まだ道路を作ろうとしてるんですか」

 「まあ、望んでいる連中がいるから、でしょうねえ」

 「誰なんですか、その連中っていうのは」

 答えが分かった僕は、視線を下に落とす。望んでいるのは、ヒトだ。カネもホウリツもオカミも、全部ヒトが必要なだけだ。ただフクロウさんは答えることなく、言葉を濁した。

 「この町、と言うべきか、世間と言うべきか、ちょっと上手くは言えませんがね……」ヒトですよ、と答えなかったのは、僕に気を遣ったからだろうか。「ただ……、ただですよ、改めて不思議だとは思います。こう何もない静かな水面に手を突っ込んでね、ぐるぐるとかき回すんですよ、ぐるぐると。そのうち渦ができるんです。この渦、なんだか分かりますか?」

 黙りこくった店内を見渡しながら、首をせわしなく動かすフクロウさん。長老だから当然だが、照明の加減でひどく年老いて見える瞬間がある。

 「この渦はね、金集めの渦ですよ。公共事業、発注、売上、税金、補助金。仕組みは分かっているようでいて、本当は何も分かっちゃいません。……でも金が動けば動くほど、この渦の真ん中にどんどん金が溜まっていくんです。それは事実。間違いありませんよ。最初は無理やり作った渦なんだがなあ。おかしいなあ……」

 フクロウさんの声はどんどん小さくなり、最後は独り言のようになってしまった。そして、まずそうに煙草の煙を吐いている。さっきまで素っ頓狂な声を張り上げていた分、より寂しげなその姿に店内の空気は一段と重苦しくなった。

 雨音は一向に衰える気配がない。歩いて帰るのは無理だろう。今日はここが潮時かもしれないが、何となく席を立てる雰囲気ではないし、僕自身も帰る気はない。遠慮がちに新しい酒を頼むと他の客もそれに倣い、店内の空気が少しだけ動いた。みんな、今の話と向き合っているに違いない。

 日々の生活など無視し、半ば強引に道路が作られる。その結果、この黒ヒョウの店は立ち退かなければならない。

 とりあえず、それは事実のようだ――。

 激しく降り続ける雨音と、黒ヒョウが氷を割る音に、騒がしくドアを開ける音がふいに重なった。予想外の来客に、みんなの視線が集まる。

 そこに立っていたのはずぶ濡れのオランウータンだった。

(第01回 了)

 

 

* 『再開発騒ぎ』は毎月06日に更新されます。