池田浩さんの文芸誌時評『No.016 小説すばる2015年09月号』をアップしましたぁ。三崎亜記の新連載『メビウス・ファクトリー』を取り上げておられます。池田さんは『今回はタイトルからしても人名なども、SF色が明白だ。・・・そのカタカナの持つ一種のそらぞらしさを SFらしさと感じてしまうところが、このジャンルの難しさだろう。・・・三崎亜記の描く “ 組織 ” は、だから最もチャレンジングなものだ。それはまさに現実にもつかみどころがない。そしてそれ自体、現実を変容させる装置だ。社会性のコードを注意深く避けながら、組織というものを消化吸収すること。それが三崎亜記に課されたテーマだと思われる』と批評しておられます。

 

三崎さんは市役所職員から作家になられた方です。処女作で小説すばる新人賞を受賞した『となり町戦争』は良かったですねぇ。池田さんが書いておられるように、組織をきちんと理解しておられる作家です。組織は『現実にもつかみどころがない。そしてそれ自体、現実を変容させる装置』(池田さん)なのです。三崎さんの作品がSF的でありながら切迫感を持っているのは、彼が組織を深く的確に理解しているからだと思います。

 

小説には高い社会性が必要とされます。社会でちゃんと働いているとか、それなりの社会的ポジションを得ているといふ意味ではありません。子供から大人に至るまで、あるいは非合法組織や趣味のサークル、政治・経済・医療の業界に至るまで〝社会〟は存在します。その社会をいかに相対化して捉えるのかが小説を書く際のポイントになります。的確な社会理解に基づけば、リアルな小説であってもSF空想的小説でも成立させることができるわけです。

 

ですから作家とその卵は、中途半端な大人になってしまふことを心から怖れるべきでしょうね。歳だけは取っているけど、本当の意味で社会性を獲得していない作家は、何を見てもどこに行っても、通り一辺倒の感想や認識しか持てなくなってしまう。新しい発見ができない。同じネタを見つけても、凡庸な言葉しか出てこない作家と、新しい認識を言葉にできる作家がいるわけです。

 

 

池田浩 文芸誌時評『No.016 小説すばる2015年09月号』 ■