田山了一さんのTVドラマ批評『No.093 東京撫子』をアップしましたぁ。テレビ東京さんで日曜日22時48分から放送されているサイレント・ドラマ(音楽と字幕付き)です。田山さんは『テレビでのサイレントというのはチャレンジングの部類に入るかもしれない。短くなければ、もとより保たないだろう。さほどテレビは空白や沈黙を怖れる』と書いておられます。

 

もちろんテレビで映像のみのサイレントドラマを放送することもできるんでしょうが、まー徹底できないでせうね。田山さんは『折衷というのはオシャレにはならない。それでも、だからこそこれを観ていると、セリフとは何か、沈黙とは何かといったことが見えてくる。セリフは役者が個性をアピールするものであり、映像の説明である。排除すれば、多様な解釈の可能性のある映像が、生のままに残るはずだ。そうならないのは、説明をセリフだけでない、別のものにも担わせているからだろう』と批評しておられます。

 

もちろんこういった番組には、新人ディレクターの腕試しとか、新人の可愛い女の子のショーケースといった役割もあるわけで、テレビならではの折衷要素が詰め込まれています。ただ折衷要素があるのはほかのジャンルも同じです。なにをやってもいいジャンルなどは存在しないわけで、好き勝手ヤレと言われたら、表現者の方がルールのようなものをあっという間に作り上げてしまうのが常です(爆)。要はジャンルの掟に沿って折衷要素を取り入れ、金脈のやうなものを見つけ出すのが表現の要でありますぅ。

 

 

田山了一 TVドラマ批評 『No.093 東京撫子』 ■