ラモーナ・ツァラヌさんの連載エセー『交差する物語』『No.022 松浦(上)』をアップしましたぁ。ラモーナさんは1年ほど前から世阿弥作の『松浦之能』を研究しておられます。『〈松浦〉は松浦佐用姫の物語を題材にしている。伝説では佐用姫は夫の大伴狭手彦と離別した際に、彼から形見として鏡を与えられた。・・・世阿弥の能では、佐用姫は悲しみのあまり狭手彦にもらった鏡を抱いて入水してしまったと語られている』とラモーナさんは書いておられます。

 

この能を研究するために、ラモーナさんはその舞台である佐賀県唐津市にまで行かれたやうです。連載でラモーナさんは、高校時代に新聞記者のアルバイトのやうなことをしておられたと書いておられましたが、フットワークが軽いなぁ。白州正子さんみたひです。でもこういった腰の軽さは研究者はもちろん、文学者にも必要でせうね。現地に行けば行っただけの収穫があるものです。取材が調べ物には直接役立たなくても、その体験が後々血肉になってゆくこともあります。

 

んでラモーナさんは『そもそも狭手彦が佐用姫にあげた鏡は、いったいどのような鏡だったのだろうか?まさか銅鏡ではなかっただろう。古代の人は日常的にどのような鏡を使っていたのか』と書いておられます。確かに謎ですねぇ。大伴狭手彦(おおとものさてひこ)は西暦550年頃の人で、日本は大和王権確立期である古墳時代後期であります。古墳から銅鏡が出土していることからわかるように、当時、銅鏡はとても貴重でした。

 

狭手彦のやうな位の高い人なら、中国渡来の鏡か日本で作った踏み返し鏡を持っていた可能性はあります。でもかなり小さい銅鏡だったでせうね。庶民が銅鏡を持てるはずもない時代ですが、鏡的なものを使っていなかったとは考えにくひ。やっぱ水に姿を写していたのかなぁ。ラモーナさんの九州探訪は次回に続くのでしたぁ。

 

 

ラモーナ・ツァラヌ 連載エセー 『交差する物語』『No.022 松浦(上)』 ■