山田隆道さんの連載小説『家を看取る日』(第07回)をアップしましたぁ。東京から大阪の実家への転居問題に子供の非行問題が重なってきて、いよいよ栗山家はピンチであります。

 

 こういうときこそ新一を頼りたいのだが、『今夜も編集所に泊まり』というメールが送られてきた。まったく、電磁波を浴びまくって死ねばいいのに。

 結局、孝介を咎められないまま、一日を終えてしまった。秋穂が常にそばにいるのも厄介だった。まだ二年生の秋穂の前で、こんな話はしたくない。

 深夜、またも子供部屋に忍び込んで孝介の鞄をあさった。しかし、不審な物は出てこない。万引きしたはずの漫画も出てこない。それはそれで不審だ。

 孝介の寝顔に目をやった。なぜか目頭が熱くなる。

 

お父さんって、頼りになるようで頼りにならなひんだよなぁ(爆)。特に学校や子供問題では対応が遅れがちです。お母さんがママ友やPTA問題で深刻に悩んでいても、「なにが問題なわけぇ?」と言っているうちに、問題が深刻化することもしばしばです。んですからお父さんの役割は、いよいよこれはマズイとわかった時に、大鉈を振るえるかどうかの力です。

 

また『家を看取る日』では、現代的な大人と子供が描かれています。大人は子供が考えているほど大人ではないし、子供は大人が思っているほど子供ではない。以前からそうだったのですが、現代はその仕組みがより露わになっていると思います。

 

大人と子供は共に何かを背負っているわけですが、その質が違う。大人が背負っているのは社会的コードであり、それに対して責任があるわけですが、多少の問題ならクリアしてゆけるだけの力を持っている。子供が背負っているのは多くの場合、当人たちにとってのみ重要なしがらみです。たいていの場合、子供は問題から逃げることなんて思いつかない。また自分だけの力で問題をクリアしようとするから、かえって追い詰められてしまうわけです。

 

ちょいと前に脚本家の橋田壽賀子先生が、ホームドラマが成立しにくくなったという意味の発言をして話題になりましたが、問題の焦点はどういふ形で〝現代〟を取り入れるかでせうね。家族形態は昔から変わらないと言えば変わらないし、大きく変わったと言えば変わっている。一般性のある優れた家族モノを生み出すには、現代をどう解釈するのかがポイントになると思ふのでしたぁ。

 

山田隆道 連載小説 『家を看取る日』(第07回) pdf版 ■

 

山田隆道 連載小説 『家を看取る日』(第07回) テキスト版 ■