大岡頌司自選百句・本文

 

 

 

野の傷は野で癒ゆ麥の熟れし中  *    『遠船脚』

靑葉木莵圓き風呂板浮きたがる  *

湧くばかり泉あふるるところなし

萬綠に蔭なき車死を誘ふ

松高く高きに春の闇つくる

靑みかん見えて見えざる沖を指す  *

遠船脚母は淺蜊を掻きをらむ  *

蟻の列曲る地の果てへの曲り

 

風袋の                   『臼處』

たおごし母郷  *

ほぼろ籠

   ※

飛魚の

飛瞰の白き

なみがしら

   ※

ともしびや               『花見干潟』

おびが驚く  *

おびのはば

   ※

桶水よ退け

ふるさとに  *

船の樹はなし

   ※

ふなくぎあとの

いはぬへのへの  *

いはぬへのへの

   ※

現は夢のけむりぐさ

すてた山椒に    *

乳母ら捨てらる

   ※

今は花なき花いちじくの

日は龍宮の

杖のつりざを

   ※

寸烏賊は

寸の墨置く  *

西から來て

   ※

冬のをはりの              『抱艫長女』

丈餘の樹々の  *

けむりかな

   ※

少し動く

春の甍の  *

動きかな

   ※

杉の素板の

假面痛しや  *

蝌蚪の水

   ※

桶は水馴れて

妹の脛打つ

鳳仙花

   ※

笑はずば

道に非ずか  *

北向鮒

   ※

山姥に

また水櫛の

刻きたる

   ※

しばのとを

たたきつづけて  *

われとなる

   ※

村の端を

走りて廻す  *

かざぐるま

   ※

存問や

熄まざる雨の  *

在るごとし

   ※

黃泉の厠に

人ひとり居る  *

暑さかな

   ※

寺に來て               『利根川志圖』

什器となるや

秋の風

   ※

鈴木牧之が

雪譜にいへる

蝶ならむ

   ※

川下に向つて

左側が左岸である

どのごおとんか

   ※

うつつよと

斬れば血の出る  *

竹煮草

   ※

とはにとつぎて

おほばこぐさに

かがまりぬ

   ※

しばらくは

陰に歸らむ  *

麥の秋

   ※

我名薨じて

三位となれや  *

冬の蝶

   ※

鶯のいつぽん道にまよひ込む      『寶珠花街道』

くちはてて糊もつかざる障子かな

恩澤やなつめの木には近づかず

萬年筆が喞筒の友の忌なるべし

誰も知らぬやまとやぐひに來る艫よ

春の晝も同語はんぷくかも知れぬ

この位の大きさの綠の翅のある猿を

三島手の皿一枚が冬の旅

白鞘の時間にくるふ九枚笹

この秋のくだんを檻にいれて飼ふ

記紀に云ふ御綱柏ぞすべて捨つ        『犀飜』

緣起繪卷のみどりの彩にとりつかる

出雲からくる子午線が春の猫

かの城址かすかに蓮を動かせり

行人はみな右へ行く秋の晝

仙貨紙も穴に破れて山河あり

くれなゐの翼ぞ芹をかすめゆく

一山のうさぎかぞへる方法あり

いるくつくの空は雨だ鐵屋久藏

自然薯掘りの他に麥蒔く人もなく

この鬱に蔓あらば出せ曼珠沙華

死も死んで耀くものに笊の水

鬼貫のすすきがまたも見えはじむ

君は萱の黑穗なめしや嘗めざるや

あたたかき焉馬の中の雉子の聲

夢の字も夕べはのびて蠍座へ       『稱郷遁花』

春日部の梅田牛蒡を誰も知らず

珊瑚樹にことば多くを費やせり

花の忌や粉なひく人を人麻呂に

靑饅やいつかは破風を蹴破る母

私有をゆるす有難山のほととぎす

柳行李のぢよるぢゆがぼりの船を燒く

口中の茅花を我に見するかな

動かざる入り江の鮫よ野水仙

いが餅の説明に入るながながと

玫瑰もはまゆうもなきわが沖あり

魚雷化して蜥蜴となる日失へり

鳰の海いつしか魞の湖となる

買はざれば雄勝の硯すずしけれ

山影にかげやまのある冬の湖

犬枇杷にわが岸あれど翔べざりき       『勿來』

藥罐一度も磨かれざればかくや春

朝顔に目肥ばかりをほどこせり

早稻の香や破風のみにして城のわれ

ひとところへこみしがわが油蟬

佛足石にわからぬが薔薇一つあり

にほどりはわが吃水を見破れり

厠換も換鵞もあらぬ冬の晝

あまるめの鐵橋わたるするめ烏賊

鏑矢になれと小淵のかぶら射る

始祖鳥といへどもただの春の鳶

ななかまど幾たび見ても記憶せず

狐火や文藝われをあざむけり

柚子置いて見えざるものは見ぬつもり

げんげ田に追ひつきしかば寢轉びぬ

みな牡鹿をたばかる葛の彼方かな      『渤海液』

しらばたけばかりや除蟲菊の妣

てんこくをせねば解らぬ沙羅の花

松根油ほりたる他はみな夢なり

ときじくのかぐのこのみは棗なり

にせあかしやに變るなんぢらの夏衣

鷄頭にまじる肉鬚も四五本あり

らうそく釘貫くまではかぼちやなり

この町も姥ヶ懷なり十三夜

花蘇芳出窓は時をとどめ得ず

藤の實は顔眞卿をまなびをり

蒲刈のさくらみかげに嘔吐せむ

 

*印は『昭和俳句選集』(昭和五十二年・永田書房刊)入集句。

「『昭和俳句選集』は、高柳重信が、当時の「俳句評論」同人が各自提出した五十句より選出し、それに在籍中に物故した同人、および志を同じくした先覚者や周辺の俳人の作品を加えたもので、大岡頌司はそのなかで三十九句の入集を果している。」と、高橋龍『龍年纂』別冊資料集・一(平成十三年三月一日発行)にある。登載作品は、昭和五年より昭和五十一年までの約三〇〇〇句。登載作家一三六名。川名大「昭和俳句史」、高柳重信「あとがき」を附す。「俳句評論」創刊二十周年を記念して刊行された合同句集。

 

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『大岡頌司全句集』
浦島工作舎 平成十四年(二〇〇二年)十月三十一日
七月堂刊
編集 岩片仁次・酒卷英一郎・高橋龍・安井浩司
発行人 酒卷英一郎(代表)

 

 

 

 

『昭和俳句選集』入集句・補遺

 

 ※『昭和俳句選集』に入集した大岡頌司作品全三十九句のうち、前記「大岡頌司自選百句」で採りあげた*印付載句以外の十八句。

 

 

すかんぽや童のくれし大きな聲

 

かがまりて

竈火の母よ

狐來る

   ※

そよいでは

靜もる笹の葉に

臼處

   ※

ちやんちやこの

櫓西亞さむがる

ひもむすび

   ※

胎火事の

背戸の夕べに

蕎麥のべて

   ※

虎杖を

ひさぐは

何の標ならむ

   ※

ふりかへる

長き尾が欲し

枯野驛

   ※

夏草に

ただ置かれたる

牛の鞍

   ※

熊笹に

悶絕せしが

夢ならず

   ※

ちづをひらけば

せんとへれなは

ちいさなしま

   ※

いちじくの

葉に照らさるる

男かな

   ※

左樣航海

地圖の端より

こぼれ落つ

   ※

西も北

醤油樽こそ

たふとけれ

   ※

照尺に

螢つけしが

遁がれたり

   ※

雨畑の

硯拾ひに

消えゆかむ

   ※

由緒なき

瓦一枚

飾りけり

   ※

凧の繪の

派手も禁ずる

江戸のそら

   ※

葛の葉に

あまたの葛の

實がなれり

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大岡頌司氏近影
『大岡頌司全句集』より

 

 

 

 

 

   

 

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