鶴山裕司さんの荒木経惟論『【荒木経惟論 3】 荒木経惟文学論』をアップしましたぁ。鶴山さんによる荒木経惟論最終篇です。最初の『【荒木経惟論 Ⅰ】 写真そのものであること』が荒木芸術の概括的紹介、2本目の『【荒木経惟論 2】 猥褻と無』が荒木写真論、今回の最終篇が荒木文学論(文章論)といふ構成です。必要十分な内容になっていると思いますので、まだお読みになっていない方は是非目を通してみてくださいませませ。全部で80枚くらひの原稿ですが、これができるから鶴山さんは重宝なんだぁな(爆)。

 

んで鶴山さんは、二番目の写真論が一番書きにくかったさうです。一番簡単だったのが今回の文学論(文章論)らしひ。「やっぱ餅は餅屋だからね。文章のことは書きやすいよ」と言っておられました。不肖・石川は今回のコンテンツが一番むちゅかしいと感じたんですが、逆なんですな(爆)。『荒木経惟文学全集』第八巻の『書き下ろし小説』を中心に論じておられます。

 

こりは不肖・石川の素朴な感想なんですが、荒木さんの写真は怪しげだなぁ。モデルになった被写体の男女のみなさんは、その大半がとぉっても普通の方たちだと思います。でも荒木さんが写すと怪しい人たちに見えちゃうんですね(爆)。こりはなんなんでせうね。鶴山さんはちょい前にアップしたコンテンツで、ロベール・クートラスは魔術師だと書いておられましたが荒木さんも魔術師だなぁ。怪しいという点では、荒きさんの方が大魔術師かもしれません(爆)。

 

 

鶴山裕司 荒木経惟論 『【荒木経惟論 3荒木経惟文学論』 ■