大野露井さんの第1回 辻原登奨励小説賞受賞作『故郷-エル・ポアル-』(第06回)をアップしましたぁ。大人になった主人公は叔母と一緒に13年ぶりに祖母に再会します。父の遺産を受け取りにスペインを再訪したわけですが、前途はなかなか多難のやうです。「僕たちの食卓は優等生の晩餐会のように静かだった。それはおそらく僕という客人がいるからではなく、祖母がいるからなのだろうと思われた。カルメンは何事につけ祖母の発言を封じようとしているようだった。祖母が何か言ったのに、それを僕には伝えてくれない、という場面も何度かあった」とあります。
大野さんは、「「ここがこんなに汚いじゃないか」父にそうどやされたとき、自身の潔癖ぶりにひそかな自信を抱いていた母は度肝を抜かれたそうだ。・・・父の育った家でも、父の幼友達の家でも、蛇口と洗面台の接合部分が汚れているなどという醜聞は許されなかった。妻を持つ一人前の男の家は、どこもかしこも磨き抜かれていなければならない」と書いておられます。スペインやイタリアでは、家の隅々まできれいに掃除して、水道の蛇口やドアノブをピカピカに磨き上げるのが良い主婦と言われているやうですね。日本人は綺麗好きと言われますが、スペイン人やイタリア人ほどではないかも(爆)。
大野さんにとってスペインは、日本と同じように親しみ深い場所ですが、同時にうんざりするような故郷でもあるのでせうね。ただそれは、多かれ少なかれ、現代人に普遍的に襲いかかっている状況だと思います。情報化社会では、もはや安易な謎や幻想は持ち得ないのです。どこまでも均質な世界が続いている。その均質さの底をどこまで掘り下げられるのかが勝負でしょうね。
不肖・石川、コンピュータやネットに親しんでいれば〝現代性〟に精通できると考えるほど呑気ぢゃありませんが、現代テクノロジーがすさまじい勢いでリアルなビジネス社会を変え始めているのはひしひしと感じます。若い世代は多かれ少なかれその影響を受けるわけで、ネットとコンピュータが30年ほど前には存在していなかったことを考えれば、この前後に大きな世代間の思想的隔絶が生じるのはほぼ確実だと思います。
■ 大野露井 連載小説『故郷-エル・ポアル-』(第06回) pdf版 ■
■ 大野露井 連載小説『故郷-エル・ポアル-』(第06回) テキスト版 ■