大野露井さんの第1回 辻原登奨励小説賞受賞作『故郷-エル・ポアル-』(第05回)をアップしましたぁ。今回から「第二部 十三年前までから十三年後」が始まります。大人になった主人公が再び父の故郷を訪ねるんですね。母親と離婚した後、父親は亡くなり祖父も亡くなっていて、スペインにいる身近な親族はカルメン叔母と祖母だけになっています。主人公は留学先のロンドンでカルメン叔母の手紙を受け取り、スペインに向かいます。父の遺産を受け取るためです。
「父に遺産がある、というのは俄に信じられることではなかった。父はすかんぴんだったはずだ。でも父は祖父の長男だから、祖父が亡くなったときに何がしかのものを受け継いだ可能性はある。そして僕は父の長男だ。信じられないような事実だったが、スペインの農村に似つかわしい家父長制度に則って言えば、僕は家長なのである。成人した僕の名前の頭には、公式にはドンという敬称がつくのだ」と大野さんは書いておられます。当たり前と言えば当たり前ですが、どの国にも古い制度や伝統が息づいているわけです。
小説であれ自由詩であれ、自伝的作品はけっこう書きにくいものです。自分とあまりにも近しい題材なので、書く際の距離の取り方が難しいんですね。私小説的にどっぷり漬かって書くか、うんとクールに客体化して書くか、どっちかしか方法がなひようなところがあります。大野さんの場合は後者でせうね。「車はエル・ポアルまで行かずに、モデルサという町の入り組んだ路地をかいくぐった。・・・この中途半端に拓けた町には背の低い建物が密集していて、いつでも空に手の届くエル・ポアルよりずっと息苦しい印象を与えていた」とあるやうに、主人公は傍観者のやうなふりをしながら、息苦しい故郷に舞い戻ってきたわけです。
■ 大野露井 連載小説『故郷-エル・ポアル-』(第05回) pdf版 ■
■ 大野露井 連載小説『故郷-エル・ポアル-』(第05回) テキスト版 ■